第4話 この場所で
アダンたちが到着したその場所。
そこには三つの小屋が佇んでいた。
三つのうち、一つの小屋は大きい。
そして、残りの二つの小屋は小さい。
左から、大、小、小という並びだ。
「一番左にある大きい小屋は、我々が使用する拠点だ。死にたくなかったらあの中には入らないでくれ。あの中にいる間、我々は”抑制薬”を投与していないからな」
アダンは抑制薬という単語に疑問符が上がるが、ヘリックはそのまま説明を続ける。
「真ん中にあるのがアエの研究室。そして、一番右は君たちの部屋になる」
アダンはそれを聞いて驚愕というか、少し感動していた。
「すごい・・・ちゃんと屋根がある・・・」
「驚くところはそこかよ」
「ああ、今まで屋根どころか壁すらない場所で過ごしてたんだ。素直に感動する」
「なるほど、まあなんだったら、今から馴染みのある屋根のない小屋にしてやってもいいんだぜ?」
ウィルは意地の悪い笑みを受かべて言う。
「それは困る。あれは単純に地獄だ。雨風しのげないのは命に関わる」
アダンはウィルの冗談を軽く受け流す。
「お~い! こっちに来なよ、アダン。色々と説明することがある」
アエが遠くからアダンを呼ぶ。
アダンはウィルと別れ、アエの方へと向かった。
「ここで過ごすにあたっての注意事項を説明したいんだけど、その前に君の怪我の治療とアリスの容態を確認するのが先かな、これくらいはもちろんいいだろう? ヘリック?」
「ああ、構わないよ」
「それじゃあ。こっちにおいで、アダン」
アエは真ん中にある小屋の中に入る。アダンもアリスを抱えて付いて行った。
「あんたは付いて来ないのか?」
「中に入れば分かるよ」
ヘリックの意味深な返答にどういうわけかと思ったが、気にせず小屋の中に入る。
中は独特な匂いが漂っていた。
不快な匂い、というわけではないが、アダンは馴染みのない匂いだった。
それは無理もない。
これは紙とインクの匂い。混血奴隷には接触機会がないのだ。
「ちょっと散らかってるけど、気にしないでくれよ」
「いや・・・足場の踏み場が見つからないんだが・・・」
そこは紙とそこら中に散らばっており、とても誰かが生活できるような空間とは思えなかった。
ヘリックはこのことを言っていたのかとアダンは悟る。
「気にしないでくれと言ったよ」
「はあ」
アエはアダンを強引に説き伏せる。
いや、説き伏せるという表現はここでは場違いなのだが、アエの気分的にはそんな感じだから、そうなのだ。
「(ここには強引なやつしかいないのか?)」
アダンは小屋の中で唯一、散らかっていないベッドの上へとアリスを載せる。
「そこに座って、まずは君からだ」
「いや、俺はいい。それよりもアリスを―――」
「馬車の中で様子を見ていたが、軽い栄養失調さ。今は外傷を負っている君が先だ」
アエはアダンの額の傷を観察する。
「それで注意事項についてなんだけど、これを守らなかった場合、君たちはあいつらに容赦なく殺されちゃうから、ちゃんと聞いてね」
「わかった・・・ああ、そのまえに」
アダンはおもむろに立ち上がり、アエの顔に自分の顔を近づける。
「ええ!? ちょ、なになに・・・//」
「アエの後ろ、あいつがいる。おそらく盗聴している」
アダンはアエの耳元でそれだけ囁いた。
あいつとはヘリックのことだろう。
アダンはそれだけ言って、アエの耳元から離れる。
アエはそれを聞いて、冷静になる。
「(全く・・・本当に信用がないな・・・。アダンも、私も―――)」
アエは気を取り直して、説明を続ける。
それと並行してアダンの額の傷の治療に取り掛かる。
「守らないといけない決まりは色々あるんだけど、基本は私とヘリックの言うことは絶対に聞くこと。これだけ守っておけば、だいたいいいわ」
「例えば?」
「さっきヘリックが言ってたあれ。大きい小屋には絶対に入るなって。あそこは抑制薬を投与していない彼らが使う休憩所よ」
「その抑制薬ってなんだ?」
「抑制薬は、【異族の忌避】の効果を四時間だけ抑制する薬のことね。それのおかげで、彼らは君たち混血と異族である僕と普通に話すことができる。まあまだ抑制は完璧じゃないんだけね」
そう話すアエにはウィルの姿が思い浮かぶ。
「それで、私からの要求は君たちの定期的な採血を。そして、身体の調査ね。これは命に別状ないから心配ないわ。ヘリックの場合は、まぁ腹黒いけど、ウィルみたいな、無意味で意地の悪いことは要求しないと思うわ。例えば、さっきみたいな行動範囲の制限くらいだと思うよ。ちゃんと守ってよね」
「わかった」
「具体的なことはヘリック本人から説明があると思うから・・・よし。これでいいかな」
アダンの頭に包帯を巻き終わったのか、アエはその勢いのままにアリスのもとへと向かう。
「アリスはどれくらいで良くなる?」
「十分な食事と十分な休息を与えれば、明日には良くなると思うよ。大丈夫、ここには毎週一回、食料や物資が運搬されるから」
それからアダンはその他の細々とした説明を受けた。
やがて日が沈み、アエの研究室で食事をした。
それは今まで食べてきたものの中で一番と言っていいほど美味しかった。
アエは保存食だから美味しくないと言っていたが、単純に舌が肥えているからだろう。
アダンにとっては美味しかった。
アダンは与えられた部屋の藁布団に大の字に寝転ぶ。
アリスは容態の確認のためにアエの研究室にいるため、寝床にはアダン一人だけだ。
こうも安心を感じるのはいつぶりだろうとアダンは考えた。
思い出す限り、アダンの軌跡に安心という感情を覚えた記憶はないが、確かに似たようなことはあったような気がしていた。
結局、それはいつだったか。
アダンは記憶を掘り起こすのをやめて、眠った。
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