第3話 軽薄

アエの脱走計画というのは、かなり雑だった。


アダンとアリスを麻袋に詰め込み、それを荷物というていで馬車まで運搬した。

しかし、それはいかにも怪しすぎる。


案の定、蒼種の者から麻袋の中身を検めさせろと抗議が来たが、アエと紅華の兵士はこれをすべて無視。

強引に馬車に乗り込み、そのまま逃げるようにバベルの地を後にしたのだった。


そして、今、その馬車の中では―――


「ところで、アエ。本当の目的は何だ? 紅華の人間をこれだけ使って、俺たちをあの場から連れ出した。ただの慈善行為じゃないんだろ?」

「まあ、そうだね。本当のところは―――」

「何、そう疑うことはない。


アエがこれから話す内容を遮るように、アエの隣に座る男はそう言い放った。


「下らん嘘を付くな。それに俺はお前に質問しているんじゃない。アエに質問している」


アダンは、対面にいるアエを指差す。


「これは・・・手厳しいな。まあ、確かに絶対の保証はできない。

「嘘が好きだな。少し黙っててくれ」


アダンは二度も、斜め前の男に対して嘘を看破する。


「(雰囲気最悪じゃないか、アダン・・・!)」


アエはまずいなと、思った。


「フッ・・・これはずいぶんと」

「態度がでかすぎるな、混血」


それまでずっと鳴りを潜めていた、アダンの隣に座る男が口を挟む。男は持っていたナイフをアダンの首に突きつけた。


「やめろ! ウィル!」

「ここいらで立場をわからせるだけだ。なあ、混血?」

「俺は混血としてではなく、人間としてアエの誘いに乗った。お前たちに何か裏があることは承知していた。十分な説明を受けるのは当然の義務のはずだ」

「文句を垂れるな、混血。それにオレはまだ納得していない。本来連れてくる混血は一人で良かったはずだ、アエ」

「何度も説明させないでくれよ、万が一がある。そもそもこんな方法で蒼種から混血を連れ去るのは二度も通じない。だったら今、多く連れ去るのは合理だ、違うかい?」

「合理的だが、事前に聞いた話とは違った結果がここにある。おめえは、俺達から離れて単独行動した。しまいには一人のところを二人。現場は混乱した。落とし前をつけろ」

「具体的には?」

「一人降ろせ」


しばしの沈黙。


「聞こえなかったか!? えぇ!?」

「駄目だ、二人とも連れて行く。彼らの研究をするのは結局僕だ。他の誰にもできない。その僕が必要だと言っているからそれでいいだろう?」

「平行線だなぁ、おい、お前もなんとか言えよ、混血」


男はアダンに突きつけていたナイフを首筋に当てる。ナイフに血が伝う。


「混血混血、お前の脅し文句はそれだけか? 正直聞き飽きた。蒼種の奴らと何も変わらないぞ」

「ハハハッ!!! お前のそのでけえ態度はどこから来るんだろうなあ、ヒョロガリがよぉ!」


ドガッ―――と、鈍い音が響く。

ナイフの柄でアダンの頭を殴りつけたからだ。

頭から血が滴り落ちる。

アダンはその血が、抱きかかえているアリスにかからないように注意を払う。


「もうやめろ! ウィル!!!」


アエが声を荒げるが、当のウィルは聞こえていないかのように振る舞う。


「オレはよぉ、その虫の息のガキを降ろしたほうがいいと思うんだよなぁ。お前、殴られてんのにそいつのこと随分大事そうに抱きかかえてて、笑えるわ」

「駄目だ」

「埒が明かねぇ・・・な!」


ウィルはナイフをアリスの首めがけて突き入れる。

それは電光石火のごとく―――

傍で見ているアエには、ナイフの刃先を捉えることができない。


アエはアリスの鮮血が舞うと思い、思わず目をつぶる―――が、恐る恐る目を見開くと、ウィルの腕を掴むアダンの姿があった。


「おい・・・・・・離せ。骨がきしんでる」

「ほう、お見事。まさかウィルの攻撃を止めるとはな」


アダンに嘘を看破されていた男は軽薄そうに、パチパチと称賛の拍手を送る。


「おい・・・! 聞こえなかったのか? 骨折したらどうする? 離せ」


ウィルは掴まれた手とは反対の腕でアダンに掴みかかろうとする

―――が、それもまたアダンが掴む。


「だったらこのナイフを離せ。そうしたら離してやる」

「・・・・・・なに、主導権握った気になってやがる・・・!」

「実際、お前の腕は俺の機嫌次第なんだがな・・・」


アダンはグッと握力を込める。ウィルの両腕からは青筋が浮き出る。

骨もミシミシと音を立て、今にも折れてしまいそうだ。


やがて、カランッ―――とウィルは手にしていたナイフを離し、足元で音を立てる。


「他には?」

「その下らん嘘に後悔はないな?」


アダンは更に力を込め、ウィルの腕の骨を折りにかかる―――!


「そこまでだ」


それまで見ているだけだった軽薄そうな男が剣をアダンに向ける。


「この状況なら、

「・・・・・・」

「脅しているんだ。屈してくれ。ウィルのナイフは取り上げる」


男は視線でアエに合図をする。

アエは了解したとばかりに、ウィルの懐を探り、隠し持っていたナイフを何本か取り出す。


「分かった」


アダンはウィルの両腕を解放する。


「痛ッてェえええええ!!! マジで壊死するかと思ったわぁ! こいつの力どうなってんだ!? えぇ!?」

「力には自信があるんだよ」

「そういう次元じゃねえだろ、これはよぉ」


ウィルはアダンの腕をつんつんと突く。


「こんな力があったらてめえ一人でも無理やり脱走できたんじゃねえの?」

「俺一人だけじゃ駄目だ。アリスも一緒じゃなきゃ意味がない。それに脱出したとしても他に行く当てを知らない」

「へっ、だからオレたちに着いて来ることにしたのか。なるほどなぁ、アエ、お前がこいつらを選んだ理由はなんとなくわかった」

「・・・・・・」


アエはただつまらなさそうに窓から見える景色へと視線をそむけた。


「まあいいぜ。ひとまず認めてやるよ。アエ、二人の面倒、見てみろよ。まあどっちか要らなくなったらいつでも殺してやるよ」

「そんな予定はないね」


馬車が止まる。どうやら目的地に着いたようだった。


「さあ、到着だ。ちょうど話がまとまったことだ。。僕の名前はヘリック。どうぞよろしくお願いします、だ」


ヘリックは馬車から降りるアダンに手を向ける。

アダンはその手を不本意ながらに取るのだった。

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