第2話 悪辣
「それでアエ、ここからどうするんだ? あんたがこの現状を打開できる手立てを持っているようには思えない」
「確かに私個人にそんな力はない。でも私の仲間にはそれができる」
「さっきの紅華のやつらのことか?」
「うん、そうだよ。ひとまず向こうに―――」
そう言って、アエはアダンたちを案内しようとするが、
刹那、アダンはアエをこちら側に強引に引き寄せる。
遅れて、鋭く、何かが空を切る音が聞こえてきた。その音はさっきアエが立っていた場所からだ。
アエは何事かと思い、アダンから離れようとするが、
「なぜ攻撃する? この女はお前らと同じ蒼種だ」
アダンはアエを片腕で抱えながら、そう誰かに問いかける。
アエも何が起きたんだと思い、その方を見る。
「ああ? 逃げようとした奴らを処分するのが俺の仕事なんだよ」
そこにはさっき、アダンたちを手に掛けようとした監視員が刀を片手に持ちながら立っていた。
先ほどの何かが空振る音は、男の刀によるものだろう。
地面にはアエの蒼い髪がサラリと落ちていた。
それを見てアエは、あと幾分かアダンに引き寄せられるのが遅かったら、死んでいたと思い、ヒヤリとする。
「違う。脱走しようとする俺たちを殺すのは分かる。だが、こいつは違うだろう? こいつは関係はない。同じ蒼種のはずだ。同族なら異族の忌避は発現しないはずだ」
「あ? オレの耳はもう遠くなっちまったのかなあ!? さっきその女がオメェらの脱走を手伝おうとしてただろうがよ! それは仕事上許せんからなあ・・・!」
アダンは眉をひそめる。
「下らん嘘・・・ということか。偽るということは、さては他人に言うにはやましい思いがあるな?」
アダンには子供らしく信じたくないことがあった。
それは同族間で争いごとはないということ。
争いが生まれるのは異族の忌避があるからだと。
アダンが今まで知り合った混血の人たちは優しかった。
だから、その閉じた世界の情報をもとに希望的観測を立てた。
が、それは瓦解しつつある。
「ッ! うるせえ!」
男は剣先を地面におろしつつ、刀を後ろに下げる。そしてそのままアダンたちに突撃してくる。
刀身がちょうど男の胴体に隠れるため、刀の軌道の予測は難しい。
アダンはおぶっていたアリスをアエに任せ、男と相対する。
アダンは
一瞬のうちに男の懐に入り込む。
慌てた男は、急いで刀をアダンに向けて切り上げようとするが―――遅い。
アダンは振り上げる腕を左手でつかみ、右手で男の首を握り、強く締め上げる。そしてそのまま小屋の壁へとぶつける。
「ゥグフ゛・・・・・・!」
「答えろ、どうしてあの女を攻撃した?」
「・・・異族の忌避とか関係ねえ・・・! あの女のきれいな顔面がぶっ飛んでいくのを・・・見たかったんだよ!!!」
そう気味の悪い笑みを浮かべる。
そして男は悪あがきとばかりに、アダンの脇腹めがけて蹴りを入れようとする―――が、アダンも同じようにしてそれを足で防ぐ。
「もういい。大体わかった」
右手で掴んでいた首に更に力を込め――――――首の骨を折った。
「(そうか、この世界は。いや、人間は・・・)」
アダンは男の首に掛けていた手を放す。
男は音もなく倒れた。ただ自分の喉を無意識に両手で抑え込んでいる。
「(誰とだって命を奪い合うというのか・・・?)」
それは種族関係なく、無差別に。同族同士でも。
アダンは終わったぞ、とばかりにアリスのアエの方を振り向く。
そこには
「(なんだ・・・? )」
目を見開く二人がそこにいた。それは驚きとは違う。
アエが何かを叫んでいる。
その時間はなぜかゆっくりと時間が流れているようだと、アダンはぼんやり思った。
「後ろ!」
「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
騒ぎを聞きつけて来たのか、蒼種の若い男が後ろから迫っていた。
怒号を飛ばしながら、アダンの頭めがけて刀を振り下ろしている。
「(気づくのが遅すぎた・・・!)」
切っ先がアダンの髪の毛に触れるほど近い。
アダンの脳裏には抵抗なく切り裂かれる自分の姿が、容易に浮かんだ。
だが、男が振り下ろした刀はアダンの目の前で不自然に静止する。まるでそこに見えない壁があるかのように。
「え? ガハッ―――!!!」
男は刀が突然静止したことに驚く。
アダンはこの隙を見逃さなかった。
がら空きになっていた男の横腹を蹴り飛ばし、小屋の壁に叩きつける。
「い、今のは・・・まさか・・・」
その光景を見ていたアエはまさかと思い、アダンから託されたアリスを覗き見る。
アエの腕の中にいるアリスは、アダンが無事だったことを確認し、ただ安堵した表情を浮かべていた。
「おいおい、さっきからうるせえと思ったらやっぱお前か。オレたちから離れるなっ
またも知らない声が響く。
アダンは今度は誰だとばかりに警戒するが、周りは武装した集団に囲まれていた。
「今度はなんだ?」
訝しがるアダン。先の奇襲の影響によるものか、警戒はより深まる。
「ああ、こいつは僕の仲間さ。ウィル、この二人を連れて行くよ」
「は? おい、ふざけんな、一人で十分だったはずだろ」
ウィルという人物はアダンとアリスを一瞥したあと、アエに対して文句を言う。
「何、多いに越したことはないさ。二人とも連れて行く」
アエはウィルの後ろに控えていた紅華の兵士から麻袋をふんだくる。
それをアダンとアリスに突然かぶせた。
「な、なにするんだ!?」
「それじゃあ、脱走しようか」
そう、なんとも楽しそうな声をあげるのだった。
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