48話

 扉の先の景色を見てまず最初に思ったことは、”眩しい”だった。

 床一面に敷かれた、深い赤色のカーペット。その上を歩く様々な人々に、俺は目を奪われてしまう。

 人目で分かるほど高価そうなドレスを身に纏った綺麗な女の人達と、バリッとしたタキシードを完璧に着こなす異国のイケメン達。俺とは住む世界が違うのであろうその人達が、広間と呼ばれたそこで一堂に会していた。

 みな手には細いワイングラスのようなものを持っており、どうやらここでお酒を飲んでいるらしかった。とするとこれは、なにかのパーティーとかなのだろうか? いや、俺には知識がないから断定は出来ないんだけど。

「すっご……」

 ぼそっと呟いた声は、俺たちを包む喧騒に紛れて聞こえなかっただろう。

 フィオネさんはそこをツカツカと歩いて行く。

「ついてきて」

「は、はい」

 戸惑いながらも、彼女について歩く。

 途端に、視線が一気にこちらへと集まった。

 誰だお前は? という感情が読み取れた気がしたが被害妄想かも知れない。そんな視線は一瞬俺達に向けられるが、それはすぐに過ぎ去って、俺たちの前を歩く彼女へと視線が集中する。

「フィオネ様、お帰りになられていたのですね」

 イケメンの中の一人が前に出てきたかと思えば、彼はフィオネさんに話しかけてきた。

 白いスーツに、金髪のオールバック。ファンタジー界のイケメン、という単語から想像できるイケメンそのものみたいな外見だ。

 彼は特徴的な青い目を細めると、完璧なイケメンスマイルを浮かべる。こんな顔が整っている人っているんだ……。

「教えてくだされば、迎えに行きましたのに」

「ごめんね、急用で」

 甘い言葉……と言って良いのだろうか、そんな雰囲気の言葉を超絶イケメンに真正面から言われたのにも関わらず、フィオネさんは特に気にかけていない様子で話していた。

 背の高い彼の背中に隠れているものを見るように、その後ろを首を傾けて覗き込んだフィオネさんが、大きく声を上げる。

「あ、おーい! ライオット!」

 眼の前のイケメンには目もくれずといった所だろうか。

 フィオネさんが発したライオットという単語に、思わず背筋が伸びてしまう。どうやら、奥の方に居るみたいだ。俺にはまだ、イケメンに隠れて見えていないのだけど。

「……お、フィオネじゃねえか」

 聞こえてきたのは、意外と若々しい声だった。よく通る、男らしいが爽やかな声。

 王様に用があるのだと悟ったであろうイケメンが、フィオネさんに一礼してすっと下がっていく。そうして、イケメンの後ろで椅子に座っている彼がはっきりと見ることが出来た。

 暗く深い赤色の目に、異世界然とした長めの金髪。身に纏っている赤と金色を基調とした服は綺羅びやかな装飾がなされていて、首には金のネックレスがかかっていた。

 王様といえば髭を蓄えたおじさん、みたいな凝り固まったイメージを持っていたせいか、かなり若い印象だ。20代後半くらい、多めに見積もっても30代前半くらいだろう。

 彼は驚いたようにこちらの方を見るやいなや、手に持っていたワイングラスを置いてすぐに近づいてくる。

「こないだぶりだな。……そっちは?」

 身長は、目測で180cmよりちょっと大きいくらいだろうか。

 俺の身長は173とかそこらへん。高校生の平均身長くらいだったはずだが、そんな俺よりもだいぶでかい彼が俺をじっと見つめてきて。

 正直に言えば、くっそ怖い。

 巨体かつ金髪、しかも圧強めの赤い眼の人がじっと俺を見ているのがシンプルに怖すぎる。しかもこの人がこの国において絶対的な権力を持っているのだと思えばなおさらだ。

「ん~……ま、細かいことはあなたの部屋で話さない?」

「はぁ? お前パーティーに来たんじゃないのか? そこの……お連れ様を連れて」

「違う違う。いやまあ、お連れ様ではあるんだけどさ」

 相変わらず疑惑の目を向ける王様に対して、全く緊張していない様子のフィオネさん。

 いつもと変わらない様子で、飄々とした態度で話を続ける。

「最重要なお客様だよ。あなたが直々に対応しなきゃいけないくらいには、VIPだ」

 そのセリフに怪訝そうな顔をする王様。

 こんなやつ知らんぞ? って感情が手にとるように伝わってくる。

 彼は俺と、その後ろに居る精剣達を交互に見て。それから少しすると、何を察したのか目を見開いた。

「…………いや、まさか」

「まあ、お話は後ほど。とりあえず話ができるとこに連れてってよ」

 何を感じ取ったのだろうか。

 もしかしたら、彼はこの一瞬で全てを察したのか? そんな風に思えるほどに、彼は苦虫を噛み潰したような表情で頷くと、

「そこのメイド。客人だ、客室に連れて行ってほしい」

 近くで何かしらの作業をしていたメイドさんを呼び止めた。

 彼女はすぐに作業を切り上げて、王様に対して一礼をする。

「畏まりました。それでは、こちらに」

「俺は用事を済ませてから行く。少し待っていてくれ」

「りょーかい」

 フィオネさんが頷くと、王様もこくりと首を縦に振ってどこかへと歩いていった。

 俺たちはメイドさんに連れられて、その真反対へと歩き始める。

 




 階段を一つ上り、少し歩くととある部屋にたどり着いた。

 扉には”客室”と異世界の言語で書いてある。

「こちらです」

 メイドさんは部屋の重そうな扉を開けると、振り返って俺たちに言った。

「あんがと。失礼しまーす」

「し、失礼します……」

 全くもって緊張していないフィオネさんに続いて、俺たちも部屋へと入る。

 中には、ギルドで見たような客室のアップグレード版、みたいな光景が広がっていた。高そうな机、それを挟むように2つある柔らかそうな白いソファ、その他小物などの諸々が全て高級感があるもので統一されている。

 素人目に見て、すごいなあって感じ。語彙力無さすぎるな、俺……。

 フィオネさんはツカツカと部屋を突っ切って、とても柔らかそうなソファにぼふっとお尻からダイブする。

「あー……疲れた」

「すぐにお茶をお持ちいたしますので、少々お待ち下さい」

「あいよー」

 メイドさんにも、というか王様にですらその態度なのすごいなこの人。

 まああの王様とフィオネさんの短い会話でも、二人がそこそこ親しい仲なのだということは伝わってきたけど。

 一礼して去っていくメイドさんを尻目に、フィオネさんと並んで俺もソファに座る。対面には王様が座るだろうしな。

 さすがというかなんというか、純白のソファは柔らかい感触が心地よかった。白百合が俺の隣へ座ると、その横にリオとアサツキさんも腰を下ろす。

「マサヒトくん、大丈夫?」

 ソファにだらけたまま、フィオネさんは目線だけをこちらへと向ける。

「なんとか、大丈夫そうではあります」

 嘘ではないが、全てが真実というわけではない。

 事実俺はかなり緊張している。だって目の前に王様が居るんだぞ? この国において絶対的な権力を持っている人物だぞ?

 緊張しないほうがどうかしてるだろ。精剣を持っているという点を除けば、俺はただの一般人なんだぞ。

「そっか。まあ、あんまり緊張しないようにね。白百合ちゃんは大丈夫?」

「うん」

 こくりと白百合は頷く。

 俺からみても、特に緊張とかはしてなさそうだ。強い。

「いいね。リオちゃんとアサツキさんはどう?」

「大丈夫です」

「私も、特に」

「よしよし。マスターさんがダメになったら、君たちに任せようかな?」

 フィオネさんがいたずらっぽい目で俺の方を見て笑う。

 ……それもいいな。

「いや、頑張ります」

「良い心意気だね」

 心に生まれた甘えをかき消すかのように、俺はそう宣言をした。


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