46話

 窓の外に広がる景色は、案外コンカドルトそこまで変わらない印象だった。

 が、如何せん人が多い。道も、コンカドルよりは広いだろうし、やはり王都というだけあって賑わいを感じ取れた。

 けど、正直案外そこまで変わっているという感じではないな。

「思ったより、でしょ?」

 俺の表情から察したのか、リオが俺に向けて言う。

「正直、コンカドルって街としてかなり栄えてるほうだから、あんまり見栄えは変わらないわよね」

「あ、そうだったのか」

 コンカドルが普通だと思ってたけど、栄えているほうだったらしい。

「とはいえ、やっぱり王都自体はかなり大きいわよ。コンカドルの倍以上大きいの」

「マジで? あの街の倍以上……?」

 さすが王都、って感じだな。いや、俺が王都の何を知ってるんだって感じだが。

 コンカドルも結構栄えてるイメージだけど、見た感じじゃ王都の賑わいには勝てそうもない。文字通り、人の数が全然違う。

「ええ。それに、ほら」

 リオが窓の外を見るように、指差して促してくる。

 言われた通り、俺は窓を覗き込む。

「私達が進んでる方向、見てみて」

「……見てるけど」

「その奥、大きな城壁があるでしょ」

 そこで、気づいた。

 俺たちが馬車で今進んでいるこの道をしばらく進んだその先に、どでかい壁のようなものが見える。本当にデカくて、街全体から少し浮いているような印象すら受けてしまう。

 くすんだ灰色のような見た目で、かなり遠目から見てるせいで正直はっきりと分かる訳では無いが、色合いからするとあれは石作りっぽい感じがする。

「あれ、城壁なのか?」

 城壁っていったらあれだよな、文字通り城を守る壁みたいなあれ。

 ファンタジー物ではよく見る光景だけど、実際に見たのは初めてだ。

「ええ。そして、そこからちらっと見えるのが王城よ」

 言われて、目を凝らす。

 よく見ると、城壁からはみ出ている建物の端っこのようなものがあった。真っ白な壁に、赤いとんがり帽子のような見た目の屋根がくっついている。

「なんかとんがってるな」

「簡単に言えば、王城にある高台みたいなものなの。街を見渡すためのね」

 言われてみれば確かに、高台にも見えるっちゃ見えるような? 

「へえ……詳しいんだな、リオ」

「昔行ったことがあるもの。王様に謁見したことだってあるし」

「え。……いや確かに、そりゃそうか」

 一瞬驚いたけど。

 精剣達は勇者御一行なわけだから、王様に会うことくらいしていてもなにもおかしくないだろう。いや、その知識はゲームやらなんやらで得たフィクション的な知識ではあるんだけど。

 だから、王城に詳しくても納得がいく。

 ……なんか、こういうのをさらっと納得できるあたり、俺もこの世界に馴染んできた気がするな。

「懐かしいわね、前にマスターとここに来たこと」

 アサツキさんも、窓の外を眺めながらそう話す。

「あんなに前のことなのに、つい昨日の話みたい」

 なんとなく。

 悲しそうだな、と思った。

 根拠はないんだけど。別に表情がおもっきし暗いわけでもないし。

 けど、今はもうこの世界に居ない人を思い出すのって、やっぱ悲しい気持ちにはなるだろうし。

「ほんとね」

 アサツキさんの言葉に頷いたリオ。

 俺の膝の上ですやすやと寝息を立てている白百合も、やっぱり、寂しいんだろうか。

 先代のマスター。俺の前に精剣を持って、魔王と戦った人物。見る限りじゃ精剣達からの信用も厚いような感じがする。

 一体どんな人だったんだろうか。

 そういえば、そこそこ長く彼女たちと一緒にいるのに、前のマスターの話を詳しく聞いたことは無かったな。

「…………」

 けど、聞いて良いような雰囲気か? これ。

 ちょっと躊躇してしまうな。

 それに、あと少しすれば王城につくだろう。ここで長引きそうな話を聞くのはどう考えても得策じゃない。

 喉まででかかった疑問を飲み込んで、俺はまた、暇つぶしに外を眺めた。







 王都を進んで。

 城壁を通り抜けて。

 進んでいた馬車が、ゆっくりと速度を落としていくのが分かる。

 次第に完全に馬車が停止すると、馬車の前方の方からフィオネさんの声が聞こえた。

「ついたよ~。降りてちょうだいな」

「あ、了解です!」

 フィオネさんにきちんと聞こえるように、ちょっと大きめな声で返事をする。

 ようやくついたか。馬車での移動は快適だったものの、やはり慣れない環境で若干疲れてはいる。

 ちょっと体を伸ばそうかなと思ったところで、そういや膝の上に白百合が寝ているんだった、と思い出した。

 ソファに座ったまま、俺の方に頭を倒したような姿勢で眠っている彼女の肩を、ぽんぽんと軽く叩く。

「白百合、ついたよ」

 呼びかければ、彼女はすぐに目を開けた。

 体を起こし、ソファに座ったまま少しの間ぼうっとしていた彼女だったが、何回かパチパチと目を閉じたり開いたりした後、事態を把握したようで。

「……ごめんなさい、マスター。寝てた」

 眠そうな目を擦りながらそんな事を言う白百合。

「大丈夫だよ」

 白百合、戦闘とかの時は結構シャキシャキしてるんだけど、その他は割とぼけ~っとしてたりするんだよな。

 特に寝て起きた後とかは顕著だ。目が明らかに死にかけてるし。

 ……と、そんなことを悠長に考えている場合じゃなかった。

「よいしょ……」

 ソファから立ち上がって、さっさと馬車から出ようと扉を開ける。

 段差に若干の注意を払いつつ外に出れば、目の前の光景に思わず声が漏れた。

「おお……すげえ」

 なにせ、城がある。

 真っ白い外壁と、赤い屋根。どうみても、よくゲームやらなんやらで見たような、そのまんまの見た目のそれだ。

 しかも間近で見るとありえんくらい大きい。俺の何倍あるんだよこれ。というか、この規模の城をほぼ完全に隠せてしまうほどの大きさの城壁、ヤバすぎないか?

 ……なんだろう。なんというか。

「すごい以外の言葉が出てこないな」

「ここまでの規模の城は、他には無いものね」

 いつの間にか隣に立っていたアサツキさんも、王城を眺めながらそう言う。

 俺が王城に釘付けになっているうちに、全員馬車から出てきていたようだった。フィオネさんも馬から降りたようで、こちらの方へと駆け寄ってくる。

「みんな、お疲れ様」

「いやいや、フィオネさんこそ。お疲れ様です」

「うん。ありがと」

 そう言って微笑んだ彼女は、王城へと目線を向ける。

「さて。とはいえ、本番はこれからだよ」

 そう言ってから、フィオネさんは少し悩むような素振りをみせた。

 けどそれは一瞬で終わって、彼女は元気よく話し出す。

「よし! 早速だけど、もう王様に会いに行こう!」

 王城に直行って聞いてからなんとなく予想できていたから、驚きはしないな。

 そういう決断を下したらしい彼女だったが、こちらとしては気になることがいくつか。

「あの、俺礼儀作法とか何もわからないんですけど、大丈夫なんでしょうか」

 最低限というか、普通の一般人相手の礼儀作法ならそりゃある程度はあるけど。

 王様に対してのそういうのは全くもって知らない。膝をついて頭を下げてるイメージがある、みたいな程度の知識だ。

「ああ、大丈夫大丈夫。彼結構フランクだから」

 王様に対して彼って呼び方をするのが若干気になるんですけど。

「そう、ですか」

「そ。普通にしてれば大丈夫だから、気にすること無いよ」

 フィオネさんは、精剣達にも同じように話す。

「みんなも、自然体で大丈夫だから。過度に緊張しないで――って、精剣相手じゃあっちが緊張するかな?」

「わかりました。自然体、ですね」

 アサツキさんが首を横に振りつつ答える。後の二人もフィオネさんの言葉に頷けば、彼女も満足そうに頷いた。

「それじゃ、行こうか」

 歩き出したフィオネさんに続いて、俺達も歩いていく。

 やばい、ドキドキしてきた。手汗とか大丈夫かな。今更になってめちゃくちゃ緊張するんだが!

 というか、色々展開が早すぎてな。ちょっとついていけてない部分もあるっちゃある。

 けどまあ、とりあえず、なんかヘマしないように気をつけよう。俺。

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