45話
俺たちが店先で待っていると。
しばらくして、店の隣――馬小屋のようになっていた場所からフィオネさんが現れて、その後ろから、ガラガラと音を立てながら馬車が現れた。
「おまたせ、ごめんね遅くなって」
「いや、大丈夫です」
言いながら、目の前にある馬車を眺める。
栗毛の毛並みが綺麗な馬が二匹、彼らが引くものの重さを感じさせないような軽快さで馬車を引いている。俺たちが乗る部分、客席とでも言おうか? シンプルな木造ながらもシックでおしゃれに見えるそこが結構大きくて、見た感じじゃ俺たちが乗る分にはかなりの余裕がありそうだった。
なんというか、普通にちょっとでかめの馬車って感じの見た目だ。アニメ等々で見るような。
ただ、安っぽさは感じないというか、むしろどこか高級感を感じるくらいで。客室も綺麗だし、なんか馬もめっちゃかっこいいし。これは関係ないか。
「すご……流石ギルドマスター……」
ぼそっとリオがそう呟いた。
彼女の目から見ても良い馬車なのだろう。アサツキさんを横目で見ると、彼女も似たような反応をしているように見えた。
「さあ、乗って乗って」
フィオネさんは俺たちにそう急かすと、慣れた手付きで客席の扉を開いた。軽快に開けた扉の奥には、綺麗な内装が見える。
それじゃあ、ありがたく乗らせて頂こう。なんかちょっとわくわくするな、これ……。
「行こうか」
「うん」
手を繋いだままだった白百合に声をかけて、彼女と一緒に馬車に乗り込む。
「失礼します……」
登り下りするところが小さな階段のようになっていて登りやすい。
そこに足をかけて、俺達は客席へと入っていった。
「おお……!」
内部は、思った通りそこそこ広い。めちゃくちゃ広いってわけじゃないけど、これだけあれば十分だろう。
いかにも高そうな、高級感のある茶色のソファが、入り口から見て左右に取り付けられている。奥の方には小さな棚とこれまた小さめの机があって、軽い作業くらいならできそうな作りだった。
「良い馬車。私達が以前乗っていたものとは、比べ物にならないくらい」
内装を一瞥しながら、白百合が口を開く。
「やっぱそうなんだな、良いっぽい馬車だなとは思ってたけど」
「すごく、良い」
入り口で支えているわけにもいかない。
俺が右のソファへと腰掛けると、白百合もその隣に座る。その後ろから、リオとアサツキさんも乗り込んできた。
「あら、すごく良いじゃない」
「ね」
二人は話しながら、俺たちの向かいのソファに腰掛ける。
あとはフィオネさんだけだな。
そう思って入口の方へと視線を向けると、彼女は扉を閉めようとしていた。
「あれ、フィオネさんは乗らないんですか?」
「いやいや、私は御者をしないといけないからさ」
御者。
というと、確か馬に乗って運転する人みたいな意味だよな。
「ギルドマスターさんが運転なさるんですか? 御者の方をお呼びしたりは……」
「私、馬に乗るのが好きなんだ。いつもこうして、自分の馬車に乗るときは御者をしてるの」
「あら、そうなんですね」
フィオネさんはにこりと笑って頷いた。
「楽しくない? 馬に乗って、流れる景色を見るのって」
「分かるかもしれないです。風を切って走るのは、気持ちが良さそうですし」
「そうそう! 分かってるね、アサツキさん。まあそういうわけだから、気にしないで」
アサツキさんの問いに答えると、フィオネさんは扉をしっかりと締めて施錠。
その後、少しして俺の背中側、要するに馬がいるはずの方向から声が聞こえてきた。
「それじゃ、出発するね。そこの壁のとこが窓になってるから、暇だったら景色でも見てて」
え、そうなんですか?
俺が壁を探してみると、確かにそこには窓らしきものを塞ぐ上蓋のようなものが。
そこを上方向へとずらせば、透き通ったガラスの先にいつも見る街並みが広がっていた。
……やばい。なんか中世的な要素を直に触れている気がして、流石にテンションが上がってきた。滅茶苦茶いいじゃんかこれ。
「ありがとうございます、ギルドマスターさん。お願いします」
「任せて。それじゃ、しゅっぱーつ」
片腕を高らかに上げていそうな楽しそうな声色でフィオネさんがそう言うと、それに合わせてがたりと馬車が動き出した。
車輪が回っているのが分かる。馬の蹄が地面を蹴る音が、うっすらと聞こえてくる。
「揺れないわね」
リオの言葉に、そういえばと俺は頷く。
「確かにな。なんか馬車って揺れるイメージあるんだけど」
「大方、馬車か馬、もしくはその両方に魔法をかけているんだと思う」
「あ、なるほど。そういう魔法もあるんだな」
「揺れ軽減とか強度強化とか、馬だったら体力強化とか速度強化とか? そこらの強化魔法じゃないかしら」
そんな快適な馬車の旅をサポートする専用の魔法みたいなのあるんだ……。馬にかけている魔法に関しては、人に対しても有効活用できそうな感じだけど。
窓の外を見ると、俺たちはもう街の門を抜けようとしていた。
この先は、確か俺と白百合が初めて会った、スライムが生息している草原だったはずだ。ここを進んでいくのかな。
「なんかワクワクしちゃうわ、俺」
「マスター、馬車に乗るの初めて?」
「ああ、そうだけど」
俺が頷くと、リオは人差し指をぴんとたてて。
「楽しむのもいいけど、これが普通だとは思わないでね。通常の馬車は結構ガタガタ揺れて不快だから、これが基準になっちゃうと後で死ぬわよ」
「わ、わかりました……」
高級列車が基準になればバスには乗れないみたいな、そういう感じなのかな。例えが下手くそすぎてなんとも言えんが。
まあ、今はとりあえず、この初めての馬車の旅を楽しもうじゃないか。
俺は再度深くソファに腰掛けると、窓の外を流れる草原をゆったりと眺めた。
小さな棚のところにジュースがあるとフィオネさんから聞いて、それをみんなで少しづつ分けて飲んだり。
外の景色を見ながら、なんとなく駄弁ってみたり。暇だからって言って、しりとりをやってみたりだとか。
なんだかウトウトしている白百合が、俺に寄りかかって寝始めたりしたりして。
そんなことをして、大体一、二時間くらい経っただろうか。
窓の外で過ぎ去っていく景色の流れが少しづつ遅くなってきて、馬車全体の勢いが弱まっていく。そのまま少し立つと、馬車は完全に止まってしまった。
道半ばで止まろうとしているわけでもないだろう。ということは、つまり。
「もうついたのかな」
「そうみたいね」
リオは頷くと、手を腕に上げて体全体をぐい~っと伸ばす。
それを見て、いつの間にか俺の膝の上に頭を乗せて寝てしまっている白百合を起こさないように、静かに体を伸ばす。ずっと座りっぱなしで凝り固まった体に、血液が巡っていく感覚が気持ちがいい。
「んー……はあっ。良い馬車だけど、やっぱり馬車に乗るのって疲れるわ」
それに関しては同意だな。
道中は楽しかったしある程度快適だったものの、慣れないってのもあってやっぱり疲れるな。それに、俺の場合どうしても車とか電車とかと比べてしまって快適度は落ちてしまう。
いや、快適ではあったんだけどね。便利なものに触れすぎていているというのも、もしかしたら考えものなのかもしれない。
「アサツキさんは、だいぶ余裕そうですね」
俺たちとは違って全く疲れていなさそうなアサツキさんに、俺は声をかけてみる。
「そうね。年の功かしら」
「あんたね、年の功って言っても私達別に年齢自体はそう変わらないでしょ」
リオのツッコミに、アサツキさんはそうだったかしらと笑って答えていた。
……そういや、精剣達に細かい年齢を聞いたことって無いな。何百年も生きているというのを把握しているのみで、何歳なのか正確な数字は知らない。
とはいえ、女性に対して細かい年齢を聞くのはダメだというよくあるルールは俺も知っているので、この場で聞くのはやめておくか。あとで白百合にこそっと聞いておこうかな。
「…………」
すやすやと寝ている白百合を見ながら、一人思考を巡らせる。
そもそも、何百年も生きているというのに、白百合の見た目は幼い。リオも、アサツキさんもだいぶ若いし、そこら辺はどうなってるんだろう。いや、そもそも精剣という謎の存在なわけだから人間と同じ軸で考えるのもおかしいのか?
そこらは抜きにしたとしても、実際どれくらい年齢なんだろうな。白百合はまあ、何歳くらいかな。見た目や時折見せる幼いところを見るに小学生から中学生の間くらいだろうか。でも、それにしては普段落ち着きすぎている気もするし。
リオは見た目も精神年齢的にも、なんとなく俺と近いような気がしている。アサツキさんは……あの落ち着いた感じは20代後半くらい? でも外見は滅茶苦茶若いしな。
……とかなんとか、そんな考えても答えが出ないであろうことを延々と考えていると。
「おーい、聞こえる?」
フィオネさんの声が、外から聞こえてきた。
「あ、はい!」
「このまま王都に入って王城まで直で行くから、そのつもりでいてね!」
え、マジで? ワンクッションとかなくこのまま直行なの? 心の準備とか全くもって出来てないんだけど。
いや、そんなん行きの道でしとけやって話なんだが。なんだが!
「わ、分かりました!」
断るわけにもいかないし。
やべー、なんか今になってドキドキしてきた。
そんな俺の心情をよそに、外は少し騒がしい。窓から外をちらっと見てみると、馬車の前方のほうで、なにやら鎧を身に纏った人とフィオネさんが話しているようだった。
「お疲れ様です、フィオネ様。許可証はお持ちで?」
どうやら、コンカドルにも居たような、門番のような人っぽい。
名前を知っているのは、やはりフィオネさんがギルドマスターだからなんだろうな。偉い人の名前なら、門番の人は把握しているだろうし。
「うん、これ。あと、このまま王城まで行くから」
「了解しました。仲間にも伝えておきます」
「よろしくね。それじゃあ、頑張って」
「お気持ち、痛み入ります。お気をつけて」
会話を聞いてる感じ、なんかどう考えても目上の人と部下、みたいな感じだ。
精剣や魔王の件が無ければ、本来なら喋れるような相手ではないんだろうなと実感する。いや、フィオネさんはいい人だから、あっちはそういう風には思ってないだろうけどな。
また、馬車がゆっくりと進み始めた。俺は窓の外へと視線を向ける。
石造りの、巨大な門をくぐって。
次第に街並みが見えてくる。
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