44話

「マスター、起きて」

 声と同時に、俺の体が揺れる。

 深く沈んでいた意識が、一気に現実へと引き戻された。

「…………あー」

 もう、朝か。

 頭を少しだけ動かして窓の外を見れば、朝特有の薄い日差しが差し込んできていた。

 布団の上で数秒間、何も考えずぼーっとしてしまう。あるあるだよなあこれ。

「……おはよう、白百合」

 揺すって起こしてくれたのだろう。

 ベッドの上に座って、俺の体にまだ手をかけている彼女に、俺は朝の挨拶を交わす。

「おはよう、マスター」

 手を離して、白百合は俺にそう言った。

 思えば、俺がこうして起こされるのは初めてではなかろうか。今までは俺が一番に起きて、寝てる二人を起こすのがいつものことだったんだけど。

 多分、俺が思ってたより疲れてたんだろうな。色々あったし仕方ないというもんだ。

「んー……」

 体を起こして、伸びをする。

 ……今日、俺は王都に行くんだよな。その上、フィオネさんから聞いた感じ王様にも会うっぽいし。

 昨日はその場の雰囲気でなんとなく受け入れられてたけど、今になって信じられない気分になってしまう。

 王様に会うって。

 王様だぞ。この国で一番偉い人に、俺は今から会うってことだ。

 ちょっと信じられない。流石に。

「おはよ、マスター」

 考え込んでいると、横からリオに声をかけられる。

「ああ、おはよう、リオ。アサツキさんも、おはようございます」

 アサツキさんにも、流れで言っておく。

 ベッドの上に腰掛けている彼女は、俺の方を見やるとにこりと微笑んで。

「おはよう、マスターさん」

 なんか、和服美人とはこのことなんだろうなあというか。こんな人と、いくらベッドが違うと言っても一緒の部屋で寝ているというのは、もしかしなくても約得というものなのではないのだろうか。

 というか。

 白百合は妹みたいなもんで可愛いし、リオも可愛い系美人という単語が当てはまる整った容姿であるわけで。

「……朝ごはん、行くか」

 なんか、これ以上考えるのはまずい気がして、俺はベッドから降りて立ち上がった。







 毎朝お世話になっている宿の食堂で美味しい朝ごはんを食べて、腹ごしらえが済んだ俺達はすぐにギルドへと向かった。

 王都に行く、と言っていたものの詳しいことは聞いていなかった。ので、どちらにせよ遅れたらまずいと少し早めに出ようと思っていたわけだ。

 もう何度も通り、見慣れた街並みを見ながら俺は足を進めていた。

「マスター」

「ん?」

 ふと、白百合から声をかけられた。

 彼女は立ち止まった俺の方に手を差し伸べると、俺の手を握った。小さな手から確かな力と、少しの熱を感じる。

「手を繋ぎたい」

 それ、もう繋いだ後に言っても。

 そう思いながらも、別に断る気もなかった。昨日の白百合の様子からして、結構不安っぽいてのもあってな。

「全然いいよ。行こうか」

「うん」

 こくりと頷いた白百合の手を引いて、俺はまた歩き始める。 

 朝日を浴びて輝く花壇に囲まれた大きな階段を登っていくと、これまたきれいな外観のギルドが見えてきた。躊躇なく、精剣達を連れた俺はその中へと入っていく。

 受付へと近づいてくる足音に気が付いたのか、フィオネさんは顔をあげると俺たちに向けて手を振った。

「お、来たね。おはよう」

「おはようございます」

 精剣達も、フィオネさんと軽く挨拶を交わす。

 それが終わると、腰ほどの高さにある扉を開けて外に出た。彼女はうんと背伸びをしてから、さて、と切り替える。

「それじゃ、ついてきて」

 俺たちが頷くのを確認してから、彼女は先頭を歩き出す。俺たちもそれについていって、ギルドから出た。

「いい天気だね」

 フィオネさんは空を見上げ、手のひらで太陽の日差しを遮りながら言った。

 確かに、彼女の言う通り、今日は雲ひとつない快晴である。せっかく王様に会うというめでたい……めでたい? まあ、多分めでたい日な訳だから、雨とかじゃなくて良かったなあと思ったり。

「そうですね……日差しが心地良い、良い日です」

 アサツキさんがそう言えば、フィオネさんはうんうんと頷いた。

 そのまま、フィオネさんの後に続いて歩く。俺たち一行はさっき登ってきた階段を降り、またさっき歩いた道を逆走していった。

 ……なんか、滅茶苦茶無駄なことをしてる気分なんだが。

「思えばこれ、目的地を教えといてそこ集合って伝えたほうが絶対良かったよね」

 どうやら、同タイミングでその事に気づいたらしい。

 ぼそっと呟いたフィオネさんに、同意するものなんかあれな気がして。

「い、いやあ、そんなに気にしてないんで、大丈夫ですよ」

「ごめんね……」

 まあ、果てしなく無駄なことをしているという気は滅茶苦茶してるんだけど。それを直で伝えるほど俺はバカではない。

 後ろを振り返れば、三人もなんとも言えない微妙な表情をしていた。その気持ち、分かるよ。

 ともあれ。

 俺たちは順調に、何事もなく足を進める。俺たちがいつも泊まっている宿を少し通り過ぎた先で、フィオネさんは立ち止まった。

「ここが、目的地ですか」

 目の前にはお店がある。いや、お店というかこれは……。

「馬小屋……?」

「まあ、間違いではないけど」

 何がウケたのか、フィオネさんはくすりと笑いながら俺の言葉を微妙に肯定する。

「ここはね、馬車を預けておける施設なんだ。知らなかった?」

「いや、聞いたことも無かったです」

 実は大通りを歩くたび、なんとなく馬居るなあってのは思っていたのだが。そういう施設だったんだな、ここ。

「ミシェル・ホースハウス…………気づいては居たけど、まだ続いているんですねえ」

 ふと、アサツキさんが口を開いた。

 俺とフィオネさんの視線が、彼女に集まる。続いてるって、それはつまり。

「そういえばここ、相当昔から続いてる老舗だったような」

 アサツキさんは頷いて、話を続ける。

「ええ、そうですよ。私達が魔王討伐へと向かう際、馬車を最後に預けたのがこの店でしたから」

「あ、そういやそうだったわね」

 アサツキさんの説明に、思い出したようにリオも話し出した。

「うわあ、懐かし……白百合も覚えてる?」

「うん。マスターが持ってたお金じゃ足りなくて、勇者だからって言って好意で無料にしてくれたところ」

「そんなこともあったっけねえ」

 ここでいうマスターってのは俺じゃなくて、前のマスターってことだよな。前マスターさん、若干ズボラなところがあるのかもしれん。

 とまあ、そんなエピソードがある程度には、彼女たちはこのお店のことを知っているらしかった。

「そんなことがあったんだね、勇者でもお金が足りないなんてことあるんだ」

「ドジなとこがありましたから、あの人」

 どこか楽しそうな様子のアサツキさんは、そう言って笑う。

「ま、とりあえず馬車を引き取ってくるから、ちょっと待っててよ」

「……ってことはつまり、王都までは馬車で行くってことですか?」

 俺が聞くと、彼女はわざとらしく指をぱちんと鳴らす。

「その通り」

 まじか。

 馬車。馬車かあ。なるほど。

 馬車といえば、ファンタジーの代名詞というのは言いすぎだろうか。でも結構な人は、一度は馬車に乗って旅をしてみたいと思ったことがあるだろう。

 街中でちょくちょく馬車を見かけることはあったけれども、俺が乗ることになるとはなあ。なんかちょっとワクワクしてきた。

「マサヒトくん、乗るの初めて?」

「あ、はい。分かりました?」

「なんかそわそわしてるからさ」

 やべ、バレてた。ちょっと恥ずかしい。

 まあでも、この状況になったらちょっとそわしわしてしまう気持ちは分かってくれるだろう。

「スペースとかは大丈夫でしょうか? 私達が剣になっておけば、だいぶ空きますけど」

 アサツキさん少し心配しているらしく、そんな風な提案をする。

 確かに、馬車といえばそこまで広いというイメージはない。俺たちは全員で五人だから、まあ狭いってレベルじゃないにしろ、ちょっと窮屈になる可能性はあるな。

 と、そんな心配を他所に。

「なーに言ってるの、アサツキさん」

 フィオネさんはまたもやわざとらしく人差し指を立てて、ちっちっちと横に振って見せる。

 なんかこの人、ちょっとテンション高くない?

「私、ギルドマスターだよ? 自分で言うのも何だけど、そこそこ偉い人を運ぶ馬車だからね。五人くらいは余裕余裕」

 マジで、自分で言うのも何だけどってやつだな……。

 彼女はお店の扉へと手をかける。

「ま、期待しててよ」

 そんな捨て台詞を残して。

 店の扉を開き、店内へと入ってく彼女の背中を見送ってから、俺たちはしばしの時間を過ごした。

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