41話

「これが一番重要なんですけど」

 俺の言葉に、フィオネさんも表情を固くする。

 おおよそ、これから俺が何を言うのかが分かっているのだろう。

「なんで、魔王が現れたんですかね」

 フィオネさんは困ったように肩をすくめて、お手上げだと言わんばかりに手を広げて見せる。

「さあね。正直、分かんないことだらけだ」

 まず、とフィオネさんは人差し指を立てる。

「逆に私から聞きたいんだけど、あれって本当に魔王なの? 私、正直なところ信じきれてないんだよね。彼自身は魔王だって言ってたし、まあ、そう言うくらいの強さはあったけど」

 彼女の言葉に、内心で同意してしまう自分が居た。

 俺も未だに信じきれていない節はある。現実味がないというか。一回倒された……というか、前マスターと相打ちになったというのが聞いた話だったから。

 けど、白百合達はあいつのことを魔王だと言った。実際に対面し戦った彼女たちが、だ。

 きっと、白百合やリオ、アサツキさんも、信じられないという気持ちは一緒だろう。なんなら、俺とフィオネさんよりも強くそう思っているかもしれない。

「白百合達は、魔王だって言ってます。俺も信じられないですけど」

「そっか。まあ、魔王と戦った精剣ご本人が言うのならそうなんだろうねえ……」

 彼女は自嘲気味に薄く笑うと、額に手を当てる。

 どうすればいいんだ、という彼女の感情がひしひしと伝わってきた。

「精剣さん達も、原因は分からない感じ?」

 間髪入れずに、俺の頭の中にリオの声が響く。

『全くもって分からないわね』

 白百合とアサツキさんは無言だが、それはリオと同意見だということだろう。

「分かんないみたいです」

「そう。迷宮入りだね、こりゃ」

 フィオネさんは、ため息をついてから話し出す。

「はあ……正直なところ、私にも全く分からないんだよね」

「やっぱり、そうですか」

「これは私だけの意見だから、国に……というか王に聞けば何か分かるかもしれないけど」

 王様に聞く、か。

 確かに、一個人では知り得ないようなことを国を統治するような強大な存在が知っているというのは、すごくわかりやすい話だ。

「ただ、ついさっき目を覚ましたとは言ってました」

「お、貴重なヒントだね」

 フィオネさんはそう言うと、いかにも考えていますといった感じで顎に手を当てる。

「目を覚ました……まさか、文字通り寝ていたってわけじゃないだろうし。思い当たるのは、そうだなあ……」

『私達と同じ感じになっていたんじゃないかしら』

 俺たちの会話を聞いていたリオが、少しの沈黙のあとにそう言った。

 リオ達と同じ感じ……要するに、なんらかの魔法が作用して、数百年の間動けなくなっていたんじゃないかってことか。

「なんか、精剣と同じ感じで動けなくなっていた、とか」

 精剣達の声は、今はフィオネさんに聞こえない。から、俺がそっくりそのままその言葉を伝えた。

 すると、フィオネさんはこくりと頷いて。

「数百年の間、精剣は見つかっていなかった。それが最近になって二本も見つかったかと思えば、魔王まで復活して……」

 彼女はため息をつく。

「なにかの因果関係があることは間違い無さそうだ」

 俺には、はっきりとは分からないが。

 ギルドマスターという立場に居る以上、この件に関しても何かと面倒があるのだろう。彼女の出で立ちからはなんとなくそういうのが理解できた。

「実はですね」

 だからこそ、そんな彼女にこんなことを言うのは追撃をするようで申し訳ないのだけれど。

「魔王が使ってたあの剣も、精剣らしいんですよ」

「……え、それほんと?」

 俺の言葉に、フィオネさんは目を丸くする。

「あれ、精剣なの?」

「はい。黒百合っていうらしいんですけど。なので、最近になって見つかった精剣は計三本になりますね」

「そっか、なんか変な感じがするなとは思ってたけど、あれ精剣だったか……」

 少し違和感を感じていたらしい彼女は、そう言うとまた一つため息を付いた。

 恐らく、今この時この場所が、全世界のため息の総生産量の大半を担っていることだろう。

 俺も一緒にため息を零してしまいそうになりながら、話を続ける。

「精剣を無理やり従わせる、みたいなことを言ってたんで、多分文字通り無理やり使ってるんだと思います」

「そっか」

 フィオネさんは軽くそう返事をすると、考え込むように黙ってしまう。

『精剣は、持ち主をマスターだって認めないとまともな力は発揮できないわ。恐らく、魔王が何かしらの魔法を使って、黒百合を強制的に従わせているんでしょう』

 その言葉を一語一句丁寧にフィオネさんに伝えれば、彼女はこくこくと無言で頷いて返答。

 ……まあ、魔王と本気で戦った相手である精剣が、敵であるはずの魔王を自分の持ち主――マスターだと認めるとは、とてもじゃないが思えないな。それこそ白百合達みたいに、因縁の相手のような感じに思っていそうだ。

「分かった。教えてくれてありがとうね」

「いや、それはこちらこそというか」

 助けてくれてありがとうございますというか。

「とりあえず、この話は追々考えとくよ。今はそれよりも大事なことがあるから」

 その言葉に、俺は首を傾げる。

「え、これよりも大事なことですか?」

「まあ、勿論魔王のことではあるんだけど。彼、最後魔法を使って消えたでしょ?」

 フィオネさんの言葉に、俺は頷く。

 魔王は、なんとかって魔法を使ったと思ったら、光に包まれて消えていった。

「彼が使ったのは、リダイブって魔法。知ってるかな」

「いや、知らないです」

 俺がそう返すと、彼女はとてもわかりやすく説明をしてくれる。

「要するに、あれは瞬間移動のようなことができる魔法なんだ。自由度がとても高くて色んなところに瞬間移動できる分、滅茶苦茶に高難易度の魔法。それに、使用する魔力もとんでもない」

 なんとなくイメージはつく。

 別の言葉に言い換えると、テレポートとか、ワープとか、そこら辺と同じ感じだろう。

「まあ、めっちゃ難しいやつって思ってくれてれば大丈夫だよ。あれ使えるのは流石魔王様って感じだね」

「なるほど。それを使って、どっかに行ったってことですね」

「うん。問題は、その行き先が全くもって分からないこと」

 彼女のその言葉に、俺ははたと気づく。

 確かにそうだ。あいつ、消えたのはいいけど一体どこに行ったんだ?

「人里離れた場所に逃げたとかならまだしも、そこが小規模な街だったりすると大変なことになるのは容易に想像がつく」

 脳裏に浮かぶのは、白百合で受け止めたあの衝撃だ。

 精剣があったからこそあれを受け止めることができたけど、普通の人間が普通の剣やら鎧やらであれを受け止めたらどうなるだろうか。

『……はあ』

 リオがため息をついた。

 彼女は、この問題に早い段階で気づいていたのだろうか。

「これも、今考えても仕方ないことだけどね」

「予想とか、そういうのはできないんですか?」

「少なくとも現時点では全く。精剣さん達も無理な感じ?」

 彼女の問いに、明らかに肩を落としていそうなリオの声が聞こえてくる。

『できないわ。というかあれ、初めてみたし』

「できないっぽい上に、初めて見たらしいです」

「まじかい」

 とは言え、とフィオネさんは続ける。

「リダイブって魔法はかなりの魔力を喰うから、いくら魔王でも連発はできないと思う」

「あれ使ってヒットアンドアウェイ戦法みたいなのは無さそうってことですね」

 と、疑問をもったらしいリオが。

『マスター、使用魔力量を聞いてくれないかしら』

 聞いたことのない単語だな。おおよその意味はなんとなく予想できる範疇ではあるけども。

「すいません、使用魔力量……? ってどれくらいなんですか、ってうちの精剣が聞いてるんですけど」

「ああ、魔法に詳しい子が居たらこっちで言ったほうが分かりやすいか。大体96万8000だよ」

 なんかでかそうな数字が返ってきた。

『う、うへぇ……少なくとも私には使えない規模ね……』

 数字の大きさ的には、なんかすごそう。素人並感。

『魔王の魔力量はかなりのものだろうけど、まあ、そのレベルの魔法じゃ一回が限度でしょうね』

 リオもフィオネさんの意見と同じように思っているらしい。

 魔法についての知識が浅すぎる……というかゼロに等しい俺からすりゃ何言ってるのかわからないが、まあ、魔法が得意なリオもそう言うのだから間違いないだろう。

「ま、そんな感じ。魔王の行き先についてはこっちでも探してはみるけど、マサヒトくんも気をつけてね」

「あ、はい。勿論です」

「正確な居場所が分かってしまえば、突然目の前に……なんてのも、考えにくいけどあるかもだから。使用魔力量の関係上それしちゃうと詰む可能性もあるから、無いと考えていいだろうけどね」

 こっっっっわ。

 思わず身震いしそうになる。あれが突然出てきてしまえば、俺なんか対処のしようがないだろう。

 より一層、精剣と一緒に居ないとな。男としてこれでいいのかという感じはするが、彼女たちに守ってもらえなければ俺なんてただのクソザコ一般人なんだから。

 ……まあ。

 ともあれ。現時点では全くもって謎だらけだし、心配は積み重なっていくばかり。

 どうすりゃええねんこの状況。俺の中のエセ関西人も思わずツッコんでしまっている。

「「はあ…………」」

 俺とフィオネさんのため息が、偶々同時に重なった。

 思わず彼女と目を合わせてしまって、お互いに少し笑ってしまう。

「あーあ、なんか辛気臭いね。気晴らしに紅茶でも入れてくるからさ、待っててよ」

 そう言って立ち上がる彼女に、俺の心には遠慮する気が起きなかった。

 今は一旦、温かいものでも飲んで落ち着きたい。

「マサヒトくんの分だけでいい?」

 精剣達は飲まないか、と聞いているのだろう。

 彼女の問いに対する返事は、俺の頭の中に出力されてくる。

『私は大丈夫。二人は?』

『私、飲みたい』

 と、リオの言葉とは反対に、白百合は紅茶を飲みたいらしい。

 喉が渇いたのか、或いは単純に紅茶を飲みたかったのか。ともかく、白百合は乗り気だ。

『それじゃあ、私も貰おうかしら』

『アサツキも飲むの? ……なら、ついでに私も』

 と、アサツキさんにつられてリオもそう言う。リオ以外全員、ってのもなんか違う気がするのは俺もそうだ。

「すいません、追加で三人分お願いします」

「おっけー。精剣様に直々に入れる紅茶だ、気合い入れて作らないとね!」

 彼女はわざとらしくガッツポーズを作ってから、鼻歌を歌いつつ隣の部屋へと消えていった。

 それを見送って、俺はソファにもたれかかる。一人になれた開放感と同時にのしかかってくる謎の重圧が、俺の身体を幾ばくか重くしているはずだ。ソファめっちゃ沈むし。良いやつだからかな。そうだろうな。

「ほんと……はあ……」

 俺はなんとなくおでこをぐりぐりと押してみて、そしてため息をつくのだった。

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