40話

 誇張無く、ガチで死ぬかと思った。

 かがみ込んだまま、俺が息を整えていると。

「久しぶりだね、マサヒトくん」

 少し遠目に居たフィオネさんがこちらへと近づいてくる。

「それに精剣の皆さん達も」

 フィオネさんの言葉に反応したかのように、精剣達は一瞬光を発した後人状態へと戻る。白百合とリオ、そしてアサツキさんが俺の隣に現れた。

 俺も、いつまでもこうしては居られないと立ち上がる。

「お久しぶりです」

 本当に久しぶりだ。

 フィオネさんと最後にあったのはいつだっただろうか。記憶を辿った感じじゃ、多分リオと出会った辺りから会っていないような気がする。

 考える俺の横で、白百合達も軽く頭を下げた。

 フィオネさんは軽く手を振ると、三人の内の一人、アサツキさんに視線を注ぐ。

「あなたは……まあ、おおよそ予想はつくけど。新しい精剣の方かな」

 最後にあったのがそこそこ前だから、勿論アサツキさんを知っているわけもない。まあ、目の前で剣に変わった訳だから、精剣だってことくらいは簡単に分かったはずだけど。

 フィオネさんにそう聞かれて、アサツキさんは綺麗な姿勢でお辞儀をする。

「はじめまして、アサツキと申します」

「はじめまして。私はフィオネ、コンカドルでギルドマスターをやらせてもらってるよ」

 どこか合点がいったような表情で、アサツキさんは頷いた。

「それで、マスターさん達とお知り合いだったんですね」

「そういうことだね。まあ、なにかあったら是非是非私を頼ってよ」

 挨拶も程々に。

 そういった様子で、フィオネさんは俺へと視線を移す。

「色々あったけど、とりあえずお疲れ様。あと、サポートもありがとうね」

「いや、それはこちらこそ……というか、なんでこんなところにフィオネさんがいるんですか?」

 それも、こんなにタイミング良く助けに来てくれて。

 流石に何か理由があるのだろうと思うのだが。

「まあ、色々危惧はしてたんだよね」

 フィオネさんはそう言うと、困ったように笑う。

 その表情にはどこか苦労が滲んでいるような気がして、何かあったのだろうかと俺の中により強い疑問が湧いた。

「かつて勇者が使っていた伝説の武器。それを持って使いこなす人物が現れたってのは、まあ、なにか起こってもおかしくはないと思っていてね。だから、ちょいと王都の方へ戻って、申し訳ないんだけど然るべき場所に君たちのことを報告していたんだよ」

 彼女はそう言うと、軽く手を合わせて謝罪の意を示していた。

 王都へ戻って然るべき場所に報告、か。聞き慣れない言葉に内心で少し驚きつつも、話の流れ自体はなんとなく理解はできる。

 それが原因でしばらくギルドに居なかったんだな。まあ、報告をされていたのと言うのは、なんというか少しだけビビるというかなんというか。

「それで、報告が終わってようやく帰ってきたら、魔王城に明らかに異常な魔力を感じてさ。もう悪い予感しかしなくて駆けつけたら、案の定大変な状況で困ったよ」

 たはは、とフィオネさんは笑った。

「マサヒトくん、滅茶苦茶ピンチだったし。あとちょっとでも私が気づくのが遅れてたら……大変どころの騒ぎじゃなかったから、ほんとよかったよ」

「いやもう、ほんとありがとうございます」

 まさに命の恩人だ、この人は。タイミングが良かったのはたまたまっぽいが、いやもう、ほんとに助かった。

「こっちもありがとうね。最後の方は助かったよ」

 最後の方というと、アサツキさんの一撃のことだろう。あれがあったから魔王が体制を崩したというのは確かにそうなんだけど。

 フィオネさんはそんな風に言うが、俺的には助けた気が全くしていない。

「結構余裕そうだったじゃないですか、フィオネさん」

「いやいや、全くもってそんなことはないよ。実は魔力も結構ギリギリでね、魔王は私と同じレベルの魔法をバンバン使ってたけど、まだ魔力的には余裕そうだったから。あそこで切り上げられてほんと良かったよ」

 そうなのか。

 見てる感じは全然まだまだ戦えそうな雰囲気だったけど、案外そんなこと無かったんだな。いや、まあ十分すぎるほどの強さだったけども。

「でも、ありがとうございました。助かりました」

 俺はしっかりと頭を下げてから、彼女に対して再度疑問をぶつける。

「その、いくつか聞きたいことがあって」

「うん、全然構わないよ。ただ……」

 彼女はあたりを見回してから。

「こんなとこじゃあれだし、一旦ギルドに戻ってからにしようか」

「……確かに、それもそうですね」

 よくよく考えればここは魔王城。さっきまで魔王が居て俺たちと戦っていたところだ。

 そんなところで話をするというのは落ち着くものも落ち着かない。

「それじゃ、一旦街に戻ろうか。一応警戒しながら帰るから、お話は戻ってからね」

 話しながら帰れるほどの余裕は俺にもない。

 一応ダメージを負ったようにして引き下がった魔王だからまたすぐに襲ってくるってことはないだろうけど、最大限警戒しつつ戻るのに越したことはないよな。異論は全くもってなかった。

「わかりました。申し訳ないんだけど、もう一回精剣に戻ってくれないかな」

 俺が言うと、白百合たちは頷いてくれる。

 流れ作業のようにぽんぽんと三人を精剣に戻すと、白百合だけ手に持った状態で、他は腰に下げた。攻撃が必要になれば、その時にリオかアサツキさんを抜けばいいだろう。

 とは言え、白百合の防御も魔王相手には完璧に通用するものでも無かったので、不安は残る。

「じゃ、行こうか」

 そう言うと、フィオネさんは足早に歩き始める。

 ここに長居はしたくないのは俺も同じだ。俺も彼女に続いて、魔王城を後にした。














 何事もなく、無事街へ戻ることができ。俺は安心しつつ、白百合を手放して腰に下げた。

 その足で、フィオネさんに連れられてギルドへと向かう。案内されるままに、彼女の後に続いて階段を登った。

 パーティメンバーを集めるための集会所となっている二階を抜けて、もう一階上へと階段を進んでいく。

 三階につけば、そこはどうやらいくつかの応接間がある場所になっているようで。

「どうぞ、入って」

 明らかに客人とかを通すのだろう、高級そうなソファと赤と金で装飾されたクロスがかけられたテーブルが置いてある、いかにもな部屋へと通された。

 赤く座り心地の良さそうなソファに、フィオネさんは座るように促してくる。少しためらいながらも腰を下ろせば、心地の良い柔らかさが俺の身体を受け止めてくれた。

 白百合達も、と口に出そうとした瞬間、リオの声が頭の中に響いてくる。

『私たちはいいわ。剣状態のほうが色々と話せるし』

 この状態では声が周りに漏れることはない。

 確かに、リオ達の意見を聞くには、剣状態のままでいるほうが都合がいいよな。人状態に戻れば、気を使って発言しなきゃいけなくなるし。

「疲れたぁー……」

 フィオネさんはそう言うと、俺たちの向かい側にある同じようなソファに、ぼふっと音を立てて勢いよく全身を預けた。

 俺とテーブルを挟んで、フィオネさんが向かい合う形になる。

「それじゃ、ちょっと質問タイムかな」

 彼女の言葉に頷きつつ、俺は口を開いた。

「フィオネさんが助けに来てくれるまでの流れは、なんとなく分かったんですけど。その中で出てきた話についてもちょっと聞きたいなって」

「うん、構わないよ。というかもともと、君には話すつもりだったからね」

「もともと話すつもりだった……?」

 話を聞く前にまた一つ、新しい疑問が湧いてくる。

 まあ、とりあえずそれは置いておこう。順々に疑問を解決していかねば、新しい疑問が一方的に増えるだけになるような気がした。

「まず、ですね。王都に戻って然るべき場所に報告をした、って言ってたじゃないですか」

 俺の言葉に、フィオネさんはこくりと頷く。

「初歩的なとこからで申し訳ないんですけど、そもそも王都っていうのは一体……?」

 学校で歴史やらを学んだ時、或いはファンタジー系の創作物なんかではよく見るから、なんとなく予想はつくものの。

 やはり、この世界での王都という存在は知らないので、概要だけでも簡単に知っておきたい。

「ああ、王都っていうのは、なんというか読んで字の如くっていうか。普通に王都、王が住む都だよ」

「なるほど」

「我が国随一と言って良いほど栄えた大きな街で、街のド真ん中に王城が立ってるのが一番の特徴かな」

 まあ、大方俺の持ってるイメージとそう変わらないっぽいな。

「それなら、その然るべき場所っていうのは」

「ああ、簡潔に言うと王だね。王様」

 さらっと言ってのけるフィオネさんに、それを聞いた俺の思考が一瞬固まる。

 王。って、王だよな。普通に。

「この国を治めていらっしゃる……?」

「うん。明らかになにか起こりそうだったから、もう直接話しを通したほうが早いかなと思ってね」

「ええ……」

 現実味のない話になんとも微妙な反応しかできない。

 まあ、フィオネさんがそう言うのだからそうなんだろう。それに、勇者が使っていた精剣が絡んでいる案件なら、王様に話しを通すってのはなんとなく理解はできるし。

『ギルドマスターくらいの地位があれば、王に謁見できるのも不思議ではないわね』

 よくよく考えりゃ、王様に謁見ができてしまうほどの人物だってことだ、フィオネさんは。

 内心ですげーとか思っていると、それを知ってか知らずかフィオネさんが話し出す。

「まあ、ギルドマスターって立場に立ってる以上、君たちのことをほったらかしにはできなくてね。申し訳ないと思ってるよ」

 そう言って、フィオネさんは軽く頭を下げた。

 悪いとは思っているが、必要なことだった。そんな雰囲気を感じる。

「いや、そこに関してはそんなに引っかかってないんで、全然大丈夫なんですけど」

 結局のところ、こうして魔王が現れてしまった。

 何かが起こりそうだったというその予感は、見事に的中してるわけだしな。

「参考までに、どういう風に報告したのかとか聞いておきたいんですけど……」

「ああ、簡単にどういう人かとか、精剣の外見上の特徴とかかな。リオさんが見つかったときとかはその時の状況とかの話もしたけど……。あんまり突っ込んだ話自体はそもそも知らないから、簡単にね」

 なるほど。まあそれくらいなら、他人に知られようがどうってことはないよな。

 それに、王様に知られているというのは、捉えようによっちゃ普通に名誉みたいなとこあるし。俺はそうでもないけれども。

 ともあれ、聞きたいことは他にもある。こんなところで引っかかってても仕方ないしと切り替えてから、俺は再度口を開いた。

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