39話

「てめェ……ッ!!」

 こちらに注意を向けそこねていた魔王は、体制を崩すと舌を鳴らして俺たちを睨む。

 フィオネさんばかりに意識を向けていたのか、あるいは俺達に……いや、俺に対して注意を向ける必要はないと判断していたのか。

「《イリミネイトライト》」

 その隙を逃さずに、フィオネさんはまた魔法を放つ。

 防御がままならない状態の魔王に対して、喉元に食らいつくような一撃。迫る光線を見やると、魔王は表情を歪めた。

 その頬には、汗が伝っている。

「ちくしょうがァッッ!!!!」

 彼が叫ぶと、その手に持った黒百合がより黒いオーラを纏いつける。

 二度、三度と影が濃く重なっていく。今までに無いほどの漆黒が刀身に纏えば、魔王はそれを横薙ぎに振るった。

 その軌道に、俺も入っている。白百合が反応するまでもなくそれが分かった俺は、その場から勢いよく飛び退いた。

「あっぶね!」

 俺が居た場所を、空気すらも切り裂くほどの勢いで駆け抜けていった黒百合の刀身が、フィオネさんが放った魔法と接触した。

 轟音が響く。

 常に目の前が爆発しているような、そんな感覚に陥った。耳をつんざくほどの衝突音に、俺はまた一歩後ろへと下がる。

「ガアアアアァッッ!!!!」

 魔王が叫ぶと同時に剣を押し込むと、光線を横へと弾き飛ばした。そこにあったものを吹き飛ばし地面を抉りながら、魔法が消え去っていく。

 俺、魔王、フィオネさんがそれぞれ三角形の頂点にいるような位置取りで、魔王は俺たちに注視されている。

 肩で息をしながら、魔王は呟いた。

「油断したなァ……この精剣が無けりゃあ、てめェの攻撃なんざ受け止めるまでもないと思っていたがよォ」

 この精剣、ってのは黒百合のことだろう。

 確かに、リオの攻撃は通りそうになかったが。アサツキさんでの一撃は、相手に隙を作れるくらいには強力だった。これは俺には知り得なかったことだったが、魔王も同じだったのだろうか。

「そういや、そんなヤツもいた。寝起きでなまってんのかねェ……」

 完全な油断だったってことか。

 癪だが、仕方ないことだ。事実、アサツキさんが居なけりゃ終わりみたいなもんだったし。

 魔王を見たまま、刀を垂直に構える。またあの一撃を打ち込んでやれば、次こそはやれるかもしれない。

 そういう風に考えた俺だったが。

『マスター、もう一発は無理よ』

 アサツキさんの声が脳内に響く。

『使い勝手が悪い体質で申し訳ないのだけど、一回能力を使った後はしばらくクールダウンが必要なの』

 そう言われて、刀に目線を移す。

 見ると、アサツキさんの刀身は赤く燃え上がったようになっていて。見るだけで何かがおかしいということがはっきりと分かる。

「これは……」

『二回連続で使うと、折れるわ。つまり、私が死ぬってことね』

 ……まじかよ。

 それは、たしかに無理だ。アサツキさんに死んでくれとは言えるわけがない。

 いや、だけど魔王に対して攻撃はしなければいけないのに。これじゃあどうすれば……。

「がハッ……!?」

 突然、魔王が悲鳴を上げる。

 うつむき加減で、口からボタボタとおびただしい量の血を垂流していた。思わず目を疑うような光景だったが、白百合の言葉でその疑問は氷解する。

『黒百合の、代償。いくら魔王といえど、あれだけ使えばただではすまない』

 そうか。

 あれが、自身を傷つけるという黒百合の代償なのか。

「はッ」

 自嘲気味に、魔王は笑った。

 頬についた血を身にまとったコートで拭うと、魔王は唱えた。

「《リダイブ》」

 途端に、魔王の頭上と足元に2つの魔法が展開される。

 魔王は口の端を吊り上げながら、吐いて捨てるかのように言葉を発した。

「一時休戦としてやろうじゃねェか」

 フィオネさんは、なおも余裕そうな態度で話しかける。

「逃げるのかい?」

 そうは言うが、フィオネさんも魔法を使う様子はない。

 魔王はフィオネさんを睨みつけると、そのまま俺の方へと視線を移してくる。

「次は殺してやるよ。てめェと、ついでにそこの女もな」

 そう言った瞬間、魔法陣から光が発せられた。魔法陣同士を光が繋ぐようにして魔王の姿を覆い隠すと、すぐに光が収まっていく。

 次の瞬間にはもう、そこに魔王は居なかった。

「……助かったのか、俺」

 嵐のように過ぎ去っていった現実にまだ追いつけていない。

 俺が呟けば、リオも。

『みたいね』

 安堵。その二文字がありありと実感できるほどの声色で、リオもそう言う。

 そうか。

 魔王は、去ったのか。とりあえず今のところは。

「っ……はあああああ………………」

 思わず、全身の力が抜けてしまった。

 目の前に迫る死から逃げ切ることができたのだ。死んだと思った状況から、白百合やリオ、アサツキさんにフィオネさんのお陰で。

 俺は大きく息を吐く。同時に、少し遠くに佇む人へと目を向けた。

「助かったね」

 フィオネさんはこちらを向くと、疲れたように笑ってそう言った。

 口調は軽いが、彼女の声色からも明らかに安堵や安心といった感情を感じ取ることができる。

 ……彼女に聞きたい話は、山ほどあるけれども。

「マジで、助かった…………」

 とりあえず、俺はその場に座り込んだ。

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