42話

 精剣達が各々人状態に戻り、俺と並んでソファに座って待つこと数分。

 ドアが開いて、フィオネさんが部屋へと戻ってくる。

 そちらへと目線を移した俺は、思わず変な声を上げてしまった。

「うおお……」

 だって、紅茶が入った西洋風のカップが、フィオネさんの周りにふわふわと漂って浮いているのだ。

「魔法、ですよね」

 俺が聞くと、彼女は普通そうにうんと頷いた。

「そうだね。便利なんだよねえ、この魔法」

 そう言ってから、くいくいと指をテーブルの方に動かす。

 指示に従うように、空中に漂っていたカップ達は行儀よく並んでテーブルへと向かって流れ、俺たちの前に一つずつカップが置かれた。

「ありがとうございます」

「あ、すいません……ありがとうございます」

 お礼を言いつつ、カップの中を覗き込んでみる。

 中に入っている紅茶の水面は、全くと言っていいほど波が立っていなかった。

「それじゃ、いただきまーす……」

 カップを配り終わったフィオネさんはソファに座ると、カップに手をかけて紅茶を飲み始める。

 俺も、紅茶に口をつけた。

「おお、美味しい……」

 さっぱりとした甘みと、茶葉の良い香り。

 俺は紅茶に詳しい人間じゃないから評論とかは全くできないけど、素人意見としては、めっちゃくちゃ美味かった。今まで飲んできたジュースとか、或いは自分で入れてみた紅茶なんかとはレベルが違う味だ。素人でも分かるくらいの。

「美味しいです」

「うん、とても、美味しい」

 隣で同じように紅茶を飲んでいる精剣達にも、どうやら好評のようだった。

 フィオネさんは満足げにうんうんと頷いて、にこりと頬を緩める。

「そりゃあ良かった」

 ポカポカと芯から身体が暖まっていく感覚が心地良い。

 数口、また紅茶を飲んでから、俺はカップを置いた。

「そういえばフィオネさん、魔王と結構互角に戦ってましたよね」

「そう言って貰えるのはありがたいけど、残念ながらそうでもないんだよね」

 否定するように手を振って、フィオネさんはテーブルの上にカップを置く。

 コツリと小気味よい音が鳴った。

「ちょっと前にも言ったけど、私の魔力はだいぶ限界に近かったんだ。魔法の練度だけで言えば互角だろうけど、魔力の量に圧倒的な差があるね」

「……つまり、魔法を撃ち合える回数が、フィオネさんのほうが少ないってことですか」

「そういうこと。だから、互角じゃない」

 と、その会話を聞いていたリオが口を挟んでくる。

「でも、練度だけでも魔王と互角なのは凄いですよ。それに、魔力量だってかなり多い方なはずです」

「へえ、そうなのか」

「少なくとも、あの規模の魔法をぱんぱん連続で放てる時点でね。魔王が化け物なだけだと思うわ」

 魔法が得意だと自負するリオが言うことだ、本当にそうなんだろう。

 事実、フィオネさんも特に否定する気はないっぽい。

「私であれだから、魔王に魔法で対抗するのは無理だろうね」

「数百年前、私達が魔王と戦っていたときも、同じような結論に至りましたよ」

「そっかあ……割りと自信あったんだけどなあ」

 フィオネさんは残念と諦めが混ざったような複雑な表情でそう言うと、また一口、紅茶を飲んだ。

「というか、フィオネさんってそんなに強かったんですね」

 俺がそう言うと、フィオネさんは笑って。

「まあ、ギルドマスターですから」

「……マスター、ギルドマスターってね、本当に凄いのよ」

 リオは呆れたような表情で俺をみる。ジト目が俺を刺してきて若干痛い。

「ギルドってね、色々な都市にあって、その都市の冒険者を担う重要な場所なの。そこの一番お偉いさんなのよ?」

「いや、凄いのは分かってたけど」

「多分、国内随一の実力者なはずよ。……ですよね?」

「いやあ、自分で言うのは憚られるでしょ」

 けど否定しないってことは、そういうことだろう。

 まあ確かに、ギルドマスターって、あのクソでかい建物の長であるわけだ。そこには数々の冒険者が日夜訪れるわけで、そこのトップが訪れる冒険者より弱かったら示しがつかないしな。

 それに、王様と普通に話せてしまう間柄の人間が、実力者じゃないはずがない。という、若干ファンタジックな偏見もありつつ。

「ま、私のことは置いといて」

 フィオネさんはそう言って、場の空気を仕切り直す。

「これからどうするか、なんだけど」

「これから、ですか」

 俺がオウム返しにそう言うと、フィオネさんは頷いて。

「魔王が生きていた。そして、アイツは去り際に次は殺してやると吐き捨てていった……」

 確かに、魔王はそういう風に言っていたはずだ。

「次は殺す。ということはつまり、次が確実に来るということ。対策を考えなきゃならないよね」

「……けど、対策しようがない」

 と、紅茶を堪能していた白百合がカップを置いて口を開いた。

 彼女はどうとも言えない無表情で、フィオネさんの目を真っ直ぐと見つめる。

「以前魔王と戦ったとき、魔王は魔王城に居た。辺り一体が、魔王の領地だったから」

「分かるよ、白百合ちゃんが言いたいことは」

 フィオネさんはこくこくと頷いて、白百合に同意をしているようだった。

「昔は魔王城に行けば魔王と戦えたから、ある意味分かりやすかった。けど今は違って、こっち側は魔王がどこにいるのかも分からない」

「襲ってくるかもしれないし、かといって放置するわけにもいかない。じゃあ探す方法はと言われても、そんなの簡単には見つからないと……」

 アサツキさんまで深いため息をつくと、額を抑えながら。

「はあ……どうすればいいのか分からないわ」

 完全にお通夜ムード。

 場の空気は冷えきっている。いくら暖かい紅茶でも、この空気を癒やすのは荷が重いというものだ。

 俺は紅茶をまた一口口に入れる。相変わらず美味しいけど、少し冷め始めていた。

「とは言え、そうも言ってられない。何も行動を起こさないのが一番の失策だからね」

 その口ぶりから、どうやら何かあるらしいことに気がついた俺は、思わずすぐに質問を返す。

「なにか、策とかがあるんですか?」

「いや、まあ無いわけじゃないけど。とりあえず諸々含めて、君たちには一旦王都に行ってもらおうと思ってる」

 さらりとそんなことを言ったフィオネさんに、俺はまたオウム返しをしてしまう。

「王都ですか……?」

「もともと話すつもりだったって言ったでしょ、そういうこと。始めっから王都に行こうって提案するつもりだったから、それに至るまでの諸々は全部説明するつもりだったんだ」

 確かに話の最初の方にそういう風なことを言ってたな。

 あれ、そういう意味だったのか。今になって納得できた。

「少なからず大事になるだろうから、そこら辺の対応も含めて王に報告をしなきゃいけないし」

 それに、とフィオネさんは続ける。

「王都に行けば、私も知らない何かを教えてくれるかもしれないしね。あと、重要人物である君たちは、王に顔を見せたほうがいいだろうし」

「なるほど……」

 確かに、納得はできる行動ではある。

 魔王が復活したのだということは国のお偉いさんは知っておくべき事柄なのだろうし、その中心には俺たちが少なからず関わっているからな。

 魔王復活なんて単語、真面目に考えることになるとは思ってもいなかったけど。そうなった以上、そういう風に行動を起こすのは間違いでは無いと思う。

「とりあえず出発は明日。できるだけ早いほうが良いからね」

「……そうですね。分かりました」

 反論する余地も特に無い俺はそう返事をする。

 隣を見ても、精剣達は特に反論する様子もなさそうだった。

「うん。予定とか無かった? 大丈夫?」

「いや、特に無かったので大丈夫です。というか、あったとしても流石に魔王を優先しますよ」

 冗談交じりに笑いながら俺がそう言うと、フィオネさんもくすりと笑みをこぼす。

「ま、そりゃそっか」

 彼女はそう言うと、コップを持ち上げてゆっくりと傾けた。

 俺のカップの中にも、もう少し紅茶が残っている。そろそろ冷え切ってしまいそうな液体を、俺は勢いよく飲み干した。

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