35話
朝目が覚めると、窓から差し込む日差しが目に入った。
外には青々とした空が見えて、俺は体を起こす。
「いて……」
地面で寝ていたからか、少し体が痛い。次からはベッドが3つほどある部屋を借りないとなと思っている次第なのだが、如何せんそんな部屋があるのかというのは疑問が残るな。
「んー……」
「おはよう、マスターさん」
痛みを吹き飛ばそうと全力で伸びをしていると、ベッドの方から声がかけられる。
アサツキさんの声だ。振り向くと、彼女はベッドに座った状態で俺の方を見ていた。
もう起きていたのか。俺も、同じように返事を返す。
「おはようございます」
彼女の服装は、昨日見たものと同じ着物。精剣は謎パワーにより全く外見が乱れないっぽいが、例に漏れず彼女も見た目はとても綺麗なままだった。
着物がよれている様子もなく、髪はサラサラとマットレスに流れている。着物美人とはこの人のことなのだろう。
「…………」
なんか、不思議な感じだ。
白百合やリオ、それにアサツキさん。何の関わりもなかった人達と、こうして一つの部屋の中で眠っていたという事実は、よくよく考えると少々役得なのではないかという気がしてくる。
いや、別に邪な目で見ているとかではなくてね。単に俺みたいなのが、綺麗な女性の方々と同じ屋根の下で寝ていたというのはちょっとあれだなっていう……。
「朝ごはん、食べに行きましょうか」
一人で考え事をして一人で勝手に追い詰められた俺は、脳内でしていた思考を一瞬で消し去る。
アサツキさんに声をかけると、彼女は頷いて。
「そうね。二人も起こさなきゃ」
時刻は朝の9時ほどだろうか。
差し込む朝日を身に受けて、俺は重い腰を上げる。
「おーい、朝だぞー」
二人に軽く声をかければ、リオはベッドの上で唸り声を上げる。
「うう……ん」
「もうそろそろ九時……八時? 九時か八時くらいだぞ」
「朝からもやもやするわね……」
リオは体をぐぐっと大きく伸ばすと、ぱちりと目を開けて上体を起こした。
ベッドの上で座るリオと目があう。彼女は口に手を当てて。
「ふわ……おはよう、マスター」
「ああ、おはよう」
あくびをした後、口をなんだかむにゃむにゃとさせながら、彼女はベッドから降りた。
「アサツキもおはよー……早いわね、あなた」
「おはよう、リオ」
挨拶を交わす二人を尻目に。
一人、ベッドに残された白百合に俺は近づいて、優しく肩を揺すってみる。
白百合の寝起きが悪いのはいつものことだ。リオはぱっと起きてくれるが、白百合はちゃんと起こそうとしないと起きてくれない。
「白百合、朝だぞ」
小さく体が揺れる白百合は、ようやっと小さく声を上げた。
「うぅん……」
「おはよう、白百合」
「…………おはよう、マスター」
寝ぼけ眼ながら白百合も起きたところで、俺は白百合の手を引きつつ全員を連れて宿屋の一階に降りる。
そのまま食堂について、ご飯を受け取ると全員でテーブルを囲んだ。
今日の朝ごはんは味噌汁と白ごはん、謎の魚の焼き魚である。どう考えても日本食でしか無いんだが、異世界にもこういう食文化があるというのは中々嬉しいものがある。
実家のような安心感とともに、俺はぱちんと手を鳴らす。
「いただきます」
続いて、三人も同じように手を合わせて。
「「「いただきます」」」
箸を持って、味噌汁をすする。
うん。美味しい。しっかり味噌汁だ。なぜしっかりした味噌汁が異世界に存在するのかという疑問はさておいて、俺はこの味を噛みしめる。
こういうご飯を食べるのは、実は初めてではない。まあ、何日も何日もこの宿に泊まっているわけだから、いずれメニューが被ることは必然というものだろう。
とは言え。
何回食ってもうまいもんはうまい。これは心理である。
「美味しいわねえ」
「ここのご飯は美味しいのよね」
リオとアサツキも順調に箸が進んでいる。
白百合は寝起きでぼけっとしているものの、黙々と食べ進んではいた。
「なあ」
俺も箸を動かしつつ、口を開く。
「魔王城って、別にクエストとかで行くわけじゃないだろ?」
「そうね」
「だったら、ギルドには行かなくて良いのか?」
なんだかんだ、今までクエスト目的でしか外に出たことはなかった。
こういう感じで出かけるのは初めてだから、勝手がわからない。
「ええ、いらないと思うわ」
「そっか、分かった。ありがとう」
クエスト以外で外に出かけるのって、なんか新鮮だな。
思えば、この世界に来てから観光みたいなことはほとんどしていない。この街を見て回ったりとかも全然したことないし、いずれそういうことをしてみるのも楽しいかもなあ。
「白百合、ほっぺたにご飯がついてるわよ」
「ん……」
リオが白百合に世話を焼いている光景も、もう見慣れたもんだ。
なんて思いながら箸をすすめていれば、いつの間にか目の前の皿はからっぽになっていた。
見回せば、白百合がまだ少し残っているくらいで、他はもう食べ終わっている。
「……あむ」
その小さい体に合うように少なめになっているご飯を、黙々と食べる白百合。
その光景をなんとなく全員で見守りながら少し待つ。
無事白百合が完食するのを見届けてから、俺たちは再度手を合わせた。
「さて、それじゃあ行きましょうか」
朝ごはんを食べ、英気を養ったところで俺たちは宿から出た。
「魔王城って、どこらへんにあるんだ?」
俺がリオに声をかけると、彼女は大通りの向こうへと視線を送る。
「森がある方が南、湖がある方が北、遺跡があるのが西の方で、魔王城は向かって東だったはずだけど……」
「私も、そうだったと記憶してるわ」
自信なさげなリオに、アサツキさんが同意する。
なるほど。
となると、そっちは行ったことのない方面だな。まあだからなんだって話だが。いっつも行くとこは初めてのとこばっかだったしな。今回も同じようなもんだ。
とはいえ、目的地が魔王城とかいう禍々しいところってのは流石に若干の緊張感はあるが。
「ま、とりあえず行くか」
「そうね。善は急げ、さっさと出発しましょう!」
善は急げって言葉この世界にも存在するんだ。
なんてどうでもいいことを考えながら、俺は歩き出した。
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