33話

 俺たちが、お互いに頭を上げたところで。

「おーい!」

 タイミングよく、遠くから声をかけられて、俺はそちらへと視線を向ける。

 ソラさんが壁際で大きく手を振りながら、こちらへと声を張り上げていた。

「見つかったかも、出口!」

「わかりました、すぐ行きます!」

 口元に手を添えて、俺も大きな声で返事を返す。

「それじゃ、行きましょうか」

「そうね」

 二人で頷くと、白百合もこくりと首を振る。

 正座の状態から立ち上がった。若干痺れつつある足がジンジンと痛むが、それを我慢しつつ、痛みを無視して動かす。少し歩いて、俺達はソラさん達と合流した。

 壁際に全員が集まる。俺が視線をソラさんに向けると、彼女は壁の方を指さした。

「ここに、魔力を感じるの」

「ほんとですか! 良かったです」

「ええ。ただ、私じゃこれを解除する魔法は使えない。そこで……」

 言わずとも分かる。ここで、リオの出番というわけだな。

「私が魔法を使うわ」

「ああ、頼む、リオ」

 俺が言えば、彼女は自信ありげに微笑むと、壁の方へと向き直った。

 リオは、腰に下げていた本を手に取ると、それを開いた状態で左手に持つ。空いた右手を前に突き出して壁の方へと向けると。

「《ハイアレーション》」

 そう唱えた。

 ソラさんが使っていた魔法がアレーションだったから、単純にそれの上位互換って感じがする。まあ、詳しくないからよく分かんないけど。

 俺がそんなどうでもいいことを考えていると、リオの前方へと突き出した右手の前に、金色に輝く魔法陣が現れる。

 その魔法陣が柔らかく光を放ったかと思えば、一瞬、まばゆい光が辺りを包み込んだ。

「うわっ」

「うおおっ!?」

 思わず、目を閉じる。

 すぐに光は過ぎ去っていって、俺は目を開いてみると。

「うお……すげえな」

 さっきのところだ。

 俺たちがあの謎空間に飛ばされる前に居た、ダンジョン内の空間に戻ってきていた。

「すごいですね、流石精剣です」

「ありがとうな、助けられてばっかりだぜ」

 ニコラさんとリリックさんがそんな風にリオに言えば、彼女はにこりと微笑んで。

「これくらい、任せてください」

 その姿には流石に、精剣としての貫禄を感じざるを得なかった。











 あの後、無事にダンジョンから出ることができて。

 コンカドルまで帰る道のりも特に何もなく、無事街に戻ることができ。

「無事、帰ってこれて良かったよ。みんなお疲れ様」

 ギルドに入って一息ついた俺たちに、ニコラさんは労いの言葉をかけてくれる。

「お疲れ様です」

「特にマサヒトには助けられたよ。その分驚かせられたりもしたけどな」

 がはは、とニコラさんは豪快に笑った。

「その節はすいません……」

 言いつつ、腰に下げた白百合とリオ、そして新入りのアサツキさんにちらりと目線を移す。三人を歩かせるよりも、俺が剣状態にして持ち運んだほうがお互いに疲れないからと、精剣たちは全員剣状態に戻っていた。そんときもみんなびっくりしてたな、そういや。

 ……ともあれ。

 ほんと、一波乱どころか二波乱くらいあった気がするけど、なんとかなってよかったな。

 まあ、三人にはおもっきし精剣のことバレちゃったけど。今後生きていく上でも完璧に隠し通せるのかというのは疑問ではあるので、ここでバレたのもまあ良しとしよう。いや、良くはないんだけども……。

「お二人も、ありがとうございました」

 細かいことは考えないことにして。

 俺は、ソラさんとリリックさんにもお礼を言う。

「こちらこそ、色々ありがとね」

 そう言って、ソラさんが俺の方に手を差し出した。

 断る理由もない。俺も手を伸ばしてその手を握れば、ソラさんは柔らかく微笑んで。

「また、機会があればよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 お互いに、手を離す。

 なにげに、魔法を使う人と身近な場所で共闘するというのは初めての経験だった。彼女が戦闘をするところは見れなかったのが、少し残念だ。

「私も、貴重な経験をありがとうございました」

 続いて、リリックさんもそう言ってくれて。俺も空気を読んで、お互いに握手を交わした。

 レイピアというどう見ても特殊な武器を軽々と振って戦う光景は、正直言って滅茶苦茶かっこよかったな。……そんな精剣居たりしたら、それを持って戦えるから嬉しいなあ、なんて。

「また、ご一緒しましょう」

「はい、是非お願いします」

 終始敬語で、すごく礼儀正しい人だったなあ。

 なんて思っていると、ニコラさんが空いた俺の手をがっつり握ってきて。

「ありがとうな、マサヒト! 色々面白かったぜ!」

 ちょっと力が強いけど、でも、それでもそう思ってくれるのはありがたかった。

 俺も力を込めて握り返す。

「こちらこそ、ありがとうございました」

 ニコラさんも、朗らかで優しい人だった。また一緒にダンジョンに行くことがあればいいな。

 固く大きい手を離した後。リリックさんが俺に問いかけてくる。

「そういえば、お三方にも挨拶をさせていただきたいのですが……」

 あ、そういやそうだよな。三人も一応、一緒に戦った仲間だし、というか精剣という珍しい立場なわけだし、挨拶ぐらいしときたいよな。

 とはいえ、もうここはギルドの中。人の状態に戻れば、多くの視線を集めることは避けられない。……まあ、思えばフィオネさんと会話したときは普通に精剣がどうのと話をしていたので、もしかしたら聞いていた人もいるかもしれないが。未だにそういう風に漏れているという話は聞かないので、そこは幸運だったってことにしておこう。

「そういえば、この状態でも聞こえてるんだっけ」

 ソラさんが言えば、リリックさんは思い出したと頷いて。

「そうでしたね。それでは、せいけ……こほん、皆様、ありがとうございました」

 ここで精剣という単語を出すとあれだと思ってくれたのか、彼は誤魔化しつつもお礼を述べた。

「ありがとうな」

「私からも、ありがとう」

 ニコラさんとソラさんも同じように感謝を述べれば、俺の頭の中に声が響いてくる。

『マスター、こちらこそありがとうございました、って伝えてくれる?』

 やはり、こういう体外的な交流はリオの役目なのだろうか。俺はそっくりそのまま、リオが言った言葉を口にする。

「こちらこそありがとうございました、って言ってます」

 三人は満足そうに頷いた。

 ……これでもう、別れの挨拶は済んじゃったな。

「それじゃあ、俺たちは用があるから上に戻るぜ」

 上ってのは、二階のパーティメンバーを集めるところのことだろうな。

 そういや、俺はなにか報告とかしなくて良いんだろうか?

「あの、俺ってなにか報告とかしたほうがいいですかね」

 思ったことをそのまま口に出すと、ニコラさんはすぐに答えてくれる。

「ああ、そういうのはいらないと思うぜ。あっこは基本パーティメンバーを集めるとこでしか無いからな」

 なるほど。なら、俺はこのまま、昇格クエストの達成報告に向かえばいい感じだな。

「わかりました。最後の最後まで、ありがとうございます」

「良いってことよ。なんだかんだ命の恩人だしな」

 ニコラさんは笑って、俺に手を振る。

「そんじゃ。またな」

「あ、はい! ありがとうございました!」

 軽く、リリックさんとソラさんも手を振ってくれて。

 ニコラさん達はくるりと俺たちに背を向けて、二階に繋がる階段へと向かって歩いて行く。

『良い人達だったわね』

『うん。いい人だった』

 リオ達の言葉に、心のなかでぶんぶんと縦に首を振る。

 ほんとに、いい人達だったな。今日一日を思い返しながら、俺は彼らの背中を見送った。 

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