32話
彼女たちが戻るまで、少し時間が空くだろう。
となれば、ここはやはり、アサツキさんについての話を色々と聞きたいところだ。
俺が目線を移せば、アサツキさんも察しがついたようで。
「とりあえず、座りましょうか」
そう言って、彼女は地面に座り込む。
正座で、背筋をぴんと伸ばした綺麗な姿に、今更緊張感が湧いてくる。初対面の年上っぽい女性にマスターって呼ばれんの、普通にやばくない?
俺も続いて地面に、なんとなくつられて正座で座る。大理石のような地面は、ひんやりとしていて冷たかった。
「マスター、隣、いい?」
「ああ、勿論」
白百合の問いに頷き返せば、白百合は俺の横にくっついてぺたりと座り込んだ。通称女の子座りとかいうあれだな。
と、その光景を見ていたニコラさんが口を開く。
「なんか話するんだろ? 俺たちは邪魔だろうし、暇だからあっちに行ってくるよ」
そう言って、親指を立ててくいくいと、リオとソラさんが居る方向を指した。
「どうせ聞いても分かんねえだろうしよ、なんかみつかるまでゆっくり話してな」
「ほんとですか。……すいません、ありがとうございます」
正直、滅茶苦茶ありがたい気遣いではある。関係のない人に込み入った話を聞かれるっていうのは、状況的に仕方ないとは言えどやっぱり嫌だしな。
お礼を言って頭を下げる。良いんだよ、とニコラさんは言い残して、リリックさんと一緒にリオ達の方まで歩いて行った。
ほんとありがたい。心の中でありがとうございますと唱えつつ、俺は改めてアサツキさんへと向き直る。
……なんかあれだな。改めて見ると、綺麗な着物を着たアサツキさんを地べたに座らせるというのは、中々業が深い気がするというかなんというか。
彼女だけ、この空間で浮いているような気がする。悪い意味でなくいい意味で、服装含めた雰囲気があまりに違いすぎた。唯一白百合は、白い綺麗なワンピースを着てるから、その点並んでもそこまで違和感はないけど。
とかなんとかどうでもいいことは置いといて。
「それで、なんであんなところに居たんですか?」
あんなところ、というのは言わずもがな宝箱のことだ。
ダンジョンの宝箱の中なんていう意味のわからんところにいる理由が皆目検討もつかない。リオは魔王によって吹き飛ばされてあの森に落ちてきたって言ってたけど、その理論じゃどう考えても辿り着かない場所だし。
なんで、宝箱に入ってたんだろう。という、素朴な疑問。
俺の問いに、彼女はなんとも微妙な表情を浮かべて。
「それが、私にもわからないのよ」
「分からない、ですか」
「ええ。魔王との戦いの話とかは、二人から聞いた?」
俺は首を縦に振る。
魔王との戦いで、前のマスターと精剣達は相打ちになった。その時に魔王が魔法を使って、精剣たちは離れ離れになり世界中に散らばったとかなんとか。それによってリオは吹き飛ばされて山に突き刺さったし、白百合は……。
「……ん?」
そういえば、白百合はどうなったんだろうか。
俺は白百合を、死神と自称したあのイケオジから貰った。精剣は世界中に散らばったはずなのに、それをなんであのイケオジが持っていたんだろう。イケオジが居るあの謎空間まで、白百合が吹き飛んでいったとか?
そんなことあるかな。まあ、神パワー的なのを使えば、こっちの世界から取り寄せる、みたいな芸当もできたりするのかもしれない。
「どうかした?」
アサツキさんの声が聞こえて、はっと我に返る。
考え事をしてしまっていた。今は彼女の話を聞かねば。
「いや、すいません。大丈夫です」
「そう? 体調が悪いとかならすぐ言うのよ?」
お気遣いありがとうございますの意でぺこりと頭を下げると、彼女も話を続けてくれる。
「……それでね、まあ、彼――前のマスターと魔王が相打ちになって、私たちが離れ離れになってから、気がつくと真っ暗な空間にいたの」
「真っ暗な空間、ですか」
というと、やはり。
「まあ、案の定あの宝箱よね。理由はわからないけど、私は魔法かなにかが影響したのかそこに入っちゃったみたい」
どういう原理なのかはほんとに一切分からないが、本人が言ってるんだしそうなんだろうな。
事実、宝箱からアサツキさんが出てきた訳だし。
「初めの方は、意識が飛んじゃっててね。意識が戻ったのはここ最近のことよ」
確か彼女も、出会った当初、最近になって意識が一気に戻ってきたみたいな話をしてたはずだ。やっぱり、リオと同じような感じなのだろうか。
気になった俺は、質問を投げかけてみる。
「その意識を失ってたのって、数百年くらいの期間そうだったんですか?」
「数えてないから分からないけど、多分そうじゃないかしら。リオとか白百合はどうだったの?」
「リオは、数百年間はそうだったって言ってましたね」
俺に続いて白百合も口を開く。
そういや、白百合は数百年間人に会っていなかったとは聞いたけど、それ以上詳しくは聞いてないな。二人と同じような感じなんだろうか。
「私は、少しだけ意識があった。周りには誰も居ないような気がして、ずっと一人っきりだった」
白百合だけ、ちょっと意識があったのか。
辛さという概念を一概に同じ尺度で図ることはできないけど、白百合には数百年間の意識が少しでもあったのだと考えると、白百合は一段と辛かったのではないかと思ってしまう。
「…………」
思わず、白百合の手を握ってしまう。白百合は少し驚いた様子だったが、すぐに俺の手を握り返した。
こうして、精剣達と出会えることでその傷が癒えたらいいな。まあ、そう思って、こっちから精剣を探してみないかって言ったんだけど。
……考えればいまんとこ、能動的に精剣を見つけたことって無いよな。今回はたまたま偶然見つかっただけだし、リオに関してはフィオネさん情報からだし。
ま、見つかってんだしそれでいいか。
「そうなのね。白百合は別として、リオがいつくらいに意識が戻ったのか、とか知ってるかしら?」
「出会ったのが結構最近で、その時点では最近意識が戻ったみたいなことは言ってましたね」
「だとしたら、もしかしたら記憶が戻ったのは同じタイミングなのかもね」
そこまで言って、やれやれ、と彼女は首を振った。
その目には、どこか諦めの表情が見えた気がしたのは俺だけだろうか。
「意識が戻ったとはいえ、あの空間じゃ対してできることもないし。のんびりというかなんというか、ただ、誰かが来るのを待ってたのよ」
「そしたら、俺たちがたまたま来たと」
「そ。ほんとラッキーだったわね」
彼女はそう言うと、微笑んで俺を見る。
「新しいマスターさんにも出会えたし、白百合やリオとも再開できて、今日は最高の日だわ」
「自分も、見つけれて良かったです」
ほんと、たまたま罠にかかって良かったなあ。
それに。
俺としても、今日は結構――というかかなり良い日だな。
昇格クエストをクリアすれば冒険者ランクも上がるし、その過程で精剣を見つけるとかいう快挙を成し遂げたし。
「あ、そういえば」
ふと、アサツキさんが何かに気づいたのか声を上げる。
「私達、お互いに自己紹介してなかったわね」
「……あ、そういやそうですね」
まあ、俺は白百合とリオのおかげで名前は知っていたけど。
ともあれ、俺は少し姿勢を正して、アサツキさんと視線を合わせる。
「俺は、保坂雅仁っていいます」
「アサツキと申します。以後、よろしくお願いいたします」
彼女はやけに丁寧な口調でそう言った後、正座の姿勢のまま地面に手をついて、綺麗な所作で頭を下げる。
三つ指をついて、とはこのことだろう。和風な挨拶の仕方に、着ている着物。どう考えても日本でしかない光景に若干困惑してしまう。
刀状態の時の見た目も合わさって日本感マシマシなんだよなあ。まあ、日本刀っぽいものもあったわけだし、もしかしたらこの世界にも日本的な文化が存在するのかもしれない。だとしたら、一度は行ってみたいな。
とかなんとか思いつつ。俺もつられて、同じように手を地面につき、頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします……」
一度もしたことのない挨拶のフォーマットに若干どもりつつ。
まさかこの世界でこういう挨拶をするとは思わなかったと、不思議な感覚に陥るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます