3章 第三の精剣、或いは迅雷に靡く黒髪

31話

 ずっと続く沈黙にようやく状況を察したのか、彼女は手を口に当てておもしろそうに笑った。

「あら、なにかまずかったかしら、この状況」

「いや、何が面白いんですか」

 思わず突っ込めば、彼女はより一層楽しそうに笑みをこぼす。

 ほんとに何が面白いんだこの人は。ニコラさんは目を見開いたまま固まり、リリックさんは額に手を当てたまま俯いて固まり、そして俺もどうすればいいのか分からず固まっているこの状況に、面白い要素なんて一つも……。

 いや、若干面白いか。じゃねーよこれどうすんだまじで。

「いーえ、なんでも。とりあえず、色々と聞きたいことがあるんだけど……答えてもらえるかしら?」

「こっちこそ、色々聞きたいんですけど」

 そういえば、彼女はこくりと頷いた。長く綺麗な黒髪がさらさらと柔らかく揺れる。

「勿論。新しいマスターさんに私のことを知ってもらわないといけないしね」

 とりあえず、何から話すべきか。そう考え事をしていると、また、一瞬閃光が走る。

 同時に、腰にあった重みが無くなった。白百合とリオが剣から人に戻ったのだ。

「ちょっ……」

 ちょっと待てよ、と言おうとして、やめた。二人が人へと戻るところを見られれば、俺が精剣を持っているのだということは簡単にバレてしまうだろうが、この状況ではもうそんな気遣いは無用だろう。

 なにせ、そもそもその前に目の前で剣が人に変わっているんだ。もう一回や二回それが起こったところで、認識的にはそんなに変わらんだろ。

「「アサツキ!」」

 白百合とリオが同時に言って、彼女に駆け寄っていく。

 アサツキ、か。それが彼女の名前らしい。日本刀っぽい見た目に似合った和風な名前だと少し納得してしまう。

「あら、いたの!」

 やはり、同胞に会えれば嬉しいのだろう。それに二人と同じであれば、再開するのも数百年ぶりのはずだ。そりゃ嬉しいよな。

 微笑むアサツキさんに、リオの声色も相当嬉しそうだ。

「久しぶり、アサツキ。気づかなかった? ずっとマスターの腰に下がってたじゃない」

「ええ、久しぶりね、リオ。……状況が状況過ぎてね、ごめんなさいねえ」

 二人はお互いに軽い口調で会話を交わすと軽く抱き合った。

 互いに手を離すと、どちらも照れくさそうにはにかんで笑う。どうやら二人は相当仲がいいようで、なんというかこう、微笑ましい感じがした。

「アサツキにまた会えて嬉しい」

 白百合も、リオに続いて上目遣いにそう言えば、アサツキさんは白百合を柔らかく抱きしめて。

「白百合ちゃんも、久しぶり。元気だった?」

「うん。マスターと出会って、冒険者をしてる」

「そうなの。頑張ってるのね」

 母と娘みたいな会話だな。事情があり遠くへと離れてしまった娘と再会して、成長を実感する母……みたいな。そういうドラマとか漫画、どっかで見た気がする。

 アサツキさんは白百合から手を離すと、白百合も満足げな表情で彼女の胸の中から離れた。

 白百合が嬉しそうで良かった。まさかこんなところで精剣が見つかるとは思わなかったけど、まあ、白百合が喜んでるしリオも凄い嬉しそうだし、結果オーライか。

 過程はどうあれ、まあいいことだったのかもしれん。

「……いや、ちょっと待ってくれ」

 感動の再会もそこそこに。

 ニコラさんはようやくこの短時間で起きた出来事を処理し終わったようで、俺と突然現れた彼女たちを交互に見る。

「何この状況?」

「……なんとなく予想は付きますけどね、ほんとに起こってることなんですか、これ」

 リリックさんは頭が痛いとばかりに額に手を当てて、そんなことを言う。

「え、なにこれなにこれ……どういう状況? 何が起こったの……?」

 気がつけば、脱出の手口を探していたはずのソラさんも戻ってきていて、謎に増えた女性組と俺達を訝しげな表情で見ると首を傾げていた。

 三人の視線は、一番の当事者である俺に向けられて一点に収束する。

 ……さて、こっからどうしようかな。

 俺も一緒に首を傾げたい気分だった。












「……つまり、マサヒトはかの有名な勇者の武器である精剣を持っているマスターで」

「彼女たちはその精剣が人型になった姿で」

「スキル無しで冒険者をやってこれたのは精剣のお陰で、あの黒毛の魔物を倒せたのも精剣のおかげであると」

 俺が今までに説明したことをオウム返しで聞いてくる三人に対して、俺は首を縦に振る。

「そうなりますね」

「そんで、あの宝箱から出たのも精剣だって言ってんだよな」

「はい、その通りです」

「……いや、いやいやいや」

 リリックさんは信じられんとばかりに自らの顔の前でぶんぶんと手を振って。

「そんなことある?」

 いや、俺もリリックさんと同じ状況に置かれてたら全く同じ反応をしてたと思う。

 でも事実であることには変わりないので、もう一度念押しをば。

「間違いないです」

「……いやな、俺も信じるしかねえ状況に置かれてるわけだからよ、心の底では本当のことなんだろうなとは思ってるんだけどよ」

「ちょっとにわかには信じがたいわよね、これは……」

 ソラさんも、なんとも言えない苦い表情でそう言う。

 俺は、彼女たちに今までのことを軽く説明した。フィオネさんに言ったときのように、転生とかの状況は伏せつつ、その上で俺がマスターであることと彼女たちが精剣であることを伝えたのだ。

 まあ、結果は見ての通りなんだけども。

 ニコラさんとソラさんはなんとも言えない表情で頭を抱えているが、リリックさんはどこか吹っ切れた様子で。

「まさか生きているうちに伝説の武器と出会えるとは思いもしませんでしたよ」

 そう言うと、精剣たちの方へと向き直って、自らの胸に手を当てた。

「皆様と会えてとても光栄です、精剣のお嬢様方」

 白百合がさっとリオの背中に隠れた。恥ずかしいのか、怖いのか。

 精剣達を代表するような雰囲気で、リオが口を開く。

「ありがとうございます、そんな風に言っていただけて嬉しいです」

「私はリリックといいます。お名前をお伺いしても?」

「リオです。こっちの白髪の子が白百合で、後ろのがアサツキといいます。……お名前に関しては、今までの会話はすべて聞こえてましたので、全員把握していますよ」

「え、今までの話全部聞こえてたの?」

 ソラさんが目を丸くしてそう言うと。

「はい。……なんというかその、申し訳ないです」

 リオは申し訳無さそうな表情を浮かべた。

 まあ、半分盗み聞きみたいな状態だしな。そんな状況になったのは俺が原因みたいなとこあるけど。

 もしかして俺も謝るべきか、これ?

「それじゃあ、私達の自己紹介とかはいらないわね」

「俺らの話がかの精剣達に聞かれてたってのは、中々恥ずかしいけどな」

 ニコラさんが苦笑いしながら、頭をポリポリとかいた。

「ま、信じるしかねえよな。あの魔物を軽々と倒せちまうってのは、まあ精剣ってんなら納得できるしよ」

「そうね。幸運だったって思うことにするわ」

 二人も理解してくれたようだ。とりあえず、一安心。

「すみません。絶対混乱を招くと思ったので隠してたんですけど、まさかこういう形で露呈するとは思ってもなくて」

 俺が言えば、ニコラさんはがははと豪快に笑って。

「全然良いぜ、結果的に命を助けられたわけだしな」

「そうですね。……それよりも、考えなければいけないこともありますし」

 リリックさんの言葉で、そういやそうだったと思い出す。

 俺たち、こっから出る方法が分かんないっていうわりと絶体絶命の状況だった。

 ソラが調査に行ってたけどどうだったんだろう、とみんなの視線がソラさんに集中する。

「そんなに見ないで。……なんの成果もないのが、言いづらいじゃないの」

 どうやら、そういうことらしい。いや、こんなイレギュラーな状況じゃそれも仕方ないよな。魔法のこと全然知らないから一概には言えないけど。

「お前でも難しいか。どうしたもんかな、これ」

 一難去ってまた一難。

 精剣のことにぶち当たり頭を悩ませた直後、脱出の手口を探る道すら潰えてしまって完全な二重苦だ。

 ……いや、ちょっとまてよ。そういやリオが、表に出られれば色々試せるかも、みたいなこと言ってなかったか?

「なあ、リオ」

 俺が視線を向ければ、リオは言わなくても分かるとばかりに頷いて。

「もしかしたら、私がどうにかできるかもしれないです」

「お、マジか!?」

 ニコラさんが前のめりに反応する。

 ソラさんがダメだとすると、マジでリオしか希望がないんだよな。

「申し訳ないんだけど、ちょっとお願いできるかしら」

「私からも、お願いします」

「ああ、すまんが頼みたい」

 三人が頭を下げると、リオはこくりと頷いて。

「やれるだけやってみます」

 言うと、俺にちらりと視線を送ってくる。

「マスターは、もしもの時のために白百合とアサツキと居て。何かあったら私も戻ってくるから」

「分かった。ごめんな、頼む」

 俺が言うと、リオはなんとも自信ありげに微笑んで。

「任せて、マスター」

「お、今の精剣っぽいな」

「ニコラ、ちゃちゃ入れないの」

 かくして、リオは俺たちの希望をまるごと背負うことになってしまった。

 ほんとに頼む、このまま閉じ込められたまま出られなくて餓死とかほんとに最悪すぎるから。新しい精剣と出会ってまもなく即死亡とかエグすぎるから。

「あ、私もついていくわ。なにか手伝えるかもしれないし」

「分かりました。お願いします」

 ソラさんの言葉にリオが頷く。

 二人は並んで、ここの状況からの脱却の糸口を掴むべく、壁際へと歩いていった。

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