30話
「……マジで?」
ニコラさんの声に、俺は後ろへと振り向く。
見れば、三人は動揺しているような、なんとも言えない表情で俺を見ていた。
「お前、あれを……お前……お前マジ?」
「スキルを持っていなくて、Dランクで、一人でそれですか。本当に規格外というかなんというか……」
そう言って笑うソラさんに、俺はどう言葉を返せば良いのかと頭をフル回転させて考える。
どうしよう。いやどうしようというか、別にどうしようもなにもないんだけど。
「いや……ありがとうございます。」
とりあえずそう言っておこう。このありがとうにはお褒めいただきありがとうという意味と、白百合とリオの二人に対するありがとうの2つの意味が含まれている。
「俺ら、全然動けなかったよ。マサヒトが守ってくれなきゃほんとに死んでたかもしれねえ」
「本当に、ありがとうございます。助かりました」
「いや、なんというか必死だったんで、皆さん無事でよかったです」
ちょっと対応が遅れていたら、もしかしたら大惨事になってたかもしれないしな。みんな無傷で良かった。
というか、今はそれよりも大事なことがあるよな。早くこっから脱出せねば。
俺が口に出そうとした瞬間に、ニコラさんが先に話し始める。
「っていうかよ、マサヒト」
「あ、はい」
「お前、戦う前に精剣がどうとか言ってなかったか……?」
あ。
そういや、隠す暇なくて言ってしまったんだった。思わず体が硬直する。
「そんなこと言ってたっけ?」
「精剣と言うのは確か、過去に勇者が使っていた伝説の武器、みたいなものでしたよね。私は、そのような言葉は聞いた覚えはありませんが」
ニコラさん以外は聞いてはいないようだ。まあ、あの状況で俺が戦闘中に喋ったことをしっかり聞けるかという話なので、ここは思わぬ幸運に感謝すべきだろうか。
とはいえ。絶体絶命というべきこの状況から逃げ切れているわけではない。いや、さっきの戦闘の方が絶体絶命感強かったけど。白百合で防御できない分こっちもだいぶ絶体絶命だ、どうしようこれ。
……ほんとにどうしよう、この状況。
「……いや、言ってないですね」
俺は、努めて真顔で言葉を発する。
『マスター、流石に無理ありすぎ』
うるさい、リオ。あなたは黙っていなさい。
『……マスター』
白百合も、表情は見えないけど何となく分かる、そのジト目をやめなさい。
一度隠すと決めたんだから精一杯隠すべきだ。剣から人に戻るところとか、決定的な場面を見られたわけじゃないし、言い訳の余地は無限にある。きっとある。
「ん、あれ? 言ってなかったか?」
「言ってないですね。多分、聞き間違いじゃないですか? 色々と忙しかったので」
鋼の意思。
俺が否定すれば、ニコラさんは少し不服そうだったが。
「いや、まあ聞き間違いか。冷静に考えれば、あんな状況で精剣がどうとかいうおふざけしないよな、普通」
良かった、納得してくれたみたいだ。
とにかく隠し通したい俺は、頷いてからさっさと話を逸らす。
「ですね。それで、これからどうしますか?」
話を戻そう。
大事なのは、俺たちがこっからどうやって脱出すれば良いのかという話だ。
まあ、正直どうすればいいのか全然わからないけども。壁でもぶっ壊して外に出てみるか? とか考えてみるけど、ここが相変わらず洞窟の中だった場合には意味のない行為でしか無い。
「さて、皆目見当もつきませんね」
「どうすりゃいいもんかね、これは……」
ソラさんも、額に手を当てて俯いてしまう。
……どうしたもんかな。みんなも思いつかないようで、俺も押し黙ってしまう。
白百合とリオがなにか知ってたりしないだろうか? と、思った瞬間。まるで心を読んだかのように、頭の中に声が響いてくる。
『流石に、私達もこういう状況は初めてね……』
『ごめんなさい、マスター。私じゃ力になれない』
いやいいんだよ白百合。と声に出したい気持ちは山々だが、ぐっと堪えて口を閉じた。
リオの声が頭に響いて、話が続いていく。
『でも、なにか突破口があるなら、魔法じゃないかしら。ここに来たのも魔法が発端だし、出口も同じように魔法で隠されているかも』
なるほど。確かに、一理あるような気がする。
『私もそこそこ魔法が得意だし、表に出れれば色々試せるかもしれないけど。この状況じゃちょっと躊躇しちゃうわね』
思い返すのはリオと出会った最初の方。
彼女は確か、自分が魔法は得意だという風に言っていた。実際あの炎を収めたりする魔法や、炎を放つ魔法を間近で見た身としては、その発言は信用できる。
ここは素直に、彼女の言っていることをそっくりそのまま伝えてみる。
「……あの」
これこれこういう風に思うんですけど、とリオの言葉を丸パクリして言う。
ソラさんは少し考えた素振りを見せた後、自らの杖をちらりと見て。
「そうね。やる価値はあるかも」
「まあ現状考えられるのはそれくらいか。とりあえず、ソラは魔法で探ってみてくれ」
ニコラさんの言葉に頷いたソラさんは、一帯をぐるりと見回した。
何かを探しているような動きだったが。
「とりあえず、パッと見た感じは特に何もないから、壁とかを細かく見てみるわ」
「了解。頼んだぜ、ソラ」
任せて、と言ったソラさんは、壁へと歩こうとしてふと立ち止まる。
彼女は俺の後ろの方を指さして。
「そういえば、あれ、宝箱落としてるわよ。時間が空くだろうし、見ておいたら?」
え。マジ?
俺が振り向くと、そこにはたしかに宝箱があった。
粒子になって消えていったあの黒毛の魔物が落としたものだろう。不幸中の幸いって感じだな。
「お、マジじゃね―か。しかも……」
しかも。
宝箱全体が赤と金色で装飾されているのを見るに、これは。
「一番レアなやつですね」
やっぱそうだよな。
如何にもレアな宝箱です! って感じの見た目に、こんな状況ながら若干テンションが上ってしまっている自分がいる。
『こんな感じの見た目なのね。結構綺麗じゃない』
『すごく、良いものが出そう』
白百合とリオも結構気になっているようで、二人の声が脳内に聞こえてきた。
ニコラさんも、驚いた様子で声を上げる。
「すっげ。初めてみたぜ、俺達。見れて銀だったのに」
うおお。何度もここを探索しているであろうニコラさん達でも中々お目にかかれないものなのか。その言葉で余計にレア度が増すな。
早く開けたいな、ワクワクしてきた。
「それじゃ、私ちょっと見てくるわね」
「おうよ。俺らはあれ開けようぜ」
ソラさんが壁の方へと歩いていく。それを尻目に、俺たちは宝箱の方へと歩いた。
近くに来ると、中々の大きさだ。だいぶデカ目じゃないか? これ。身近なもので言えば、今俺が腰に下げている白百合やリオの二倍ほどはあるような気がする。あの魔物の巨体に見合うデカさだな。
見た目も重厚だし、これはさぞかしレアなやつが出るんだろう。
「約束通り、これはマサヒトのもんだな」
そういやそうだよな。そういう話になってた。
まさか一番レアなやつが手に入るとは。まあ、あんなバカでかい強そうな魔物から一番低レアなやつがでてきたら、それはそれで興ざめというかなんというか。
「ありがとうございます。ありがたく頂きます」
「おうよ。こっちこそありがとうな、命の恩人さん」
「私からも、ありがとうございます。本当に助かりました」
……こういう風にお礼を言われると、なんだかむず痒い。
まあ、その感謝の気持も、ありがたく受け取っておこう。俺は軽く頭を下げつつ、宝箱の元へと歩いて跪く。
こういうときは思い切りが大事。
特に前置きなんかもおかず、宝箱へと手をかけて、ぐいっと思い切り開いた。
「よいしょ……っ」
結構重たい感触。
ぎぎぎと音を立てて口を開けた宝箱。中には赤く高級感を漂わせるクッションと、中心には……。
「剣、ですよね、これ」
「どう見てもそうだな」
艶が綺麗に光る黒い鞘に、金色に輝く美しい鍔。柄には糸のようなものが幾重にも巻かれていて、等間隔にダイヤのような模様が並んでいる。
……いや、剣というかこれ、日本刀じゃね? じゃねというかどう見ても日本刀なんだけど。教科書からアニメまで、幅広いところで目にしたかっこいい見た目のあれなんですけど。
白百合たちよりも1.5倍ほど大きいだろうか、かなりの重圧感だ。
「見たこと無い剣だな」
日本刀ですこれ。絶対そうです。
なんでこの世界に日本刀があるんだ? 目をこすってみても目の前の光景は変わらず、これは確かな光景らしい。
「ふむ、珍しい形ですが、私は見たことがありますね」
と、リリックさんはどうやら日本刀を知っているようだった。
「え、ほんとですか?」
「ええ。一部地域では剣の主流として使われているようですが、中々扱いが難しいと聞きます」
マジか。存在するんか。
だとしたらこれ、呼び方はどうなってんだろ? 日本って国は流石に無いはずだし、その地域の名前が使われてるのかな?
「確か名前は……刀というものだったでしょうか」
カタナのみか。
なるほど。そう来たか。確かにそれだけでも全然意味も通るしな。
自分でもよくわからないところに納得しつつ、俺はその刀を手にとってみる。
存外、白百合たちよりは軽かった。鞘の冷えた感覚が心地良く感じる。柄を握ってみると、太くもなく細くもなく、絶妙に手にフィットして握りやすい。
……とは言え。
ここで剣が出るかあ、というのは正直なところだ。もう既に白百合とリオで事足りているというのが正直なところである。
この剣はお蔵入りかな。もしくは売ってお金の足しに、というのは流石になんか勿体無い気がする。
「なあ、せっかくだし剣身を見せてくれよ」
「よろしければ、私にも見せていただけると嬉しいです」
どうやら、二人もこの刀に興味が湧いている様子。そりゃそうだ、だってあんなレアな宝箱から出た刀だ、気になるに決まってる。
勿論俺もしっかりと興味が湧きまくっている。
「俺も気になってますし、全然大丈夫ですよ」
頷いて、俺は刀へと目線を戻す。
左手で鞘を持ち、右手で柄を握った。このままスライドさせれば剣身……というか、刀身が見えるだろう。
『……マスター、その剣、今抜かないほうが良いかも』
ふと、リオがそんなことを言う。
え、なんでだ? と喉まで出かかって、俺はぐっと堪えた。ここで喋ったら変人奇人の類扱いをされてしまう。
『いや……そんな事あるかしら。でも、これは……』
なにかあったのだろうか。
思えば、白百合も反応一つせずノーコメントだな。……ほんとに何かあるのか? もしかして、これヤバい系統の呪いの剣とかだったりする? この世界に呪いの剣があるっぽいみたいな話はなんとなく前に聞いたことがあるし、もしかしなくてもそれなのだろうか。
「どうした? マサヒト、急に固まって」
ニコラさんの言葉で思考が現実へと引き戻される。
ニコラさんとリリックさんが怪訝そうな目で俺を見ていた。
「……あの、こういう宝箱って、呪いの剣みたいなやつが出てきたりすることってあるんですかね」
俺が言えば、ニコラさんは納得したような表情で。
「なるほど、それを心配してたのか。安心しろ、呪いの剣ってのは見た目で一発で分かるくらい、邪気みたいなのを放ってるからな」
「あ、そうなんですね」
「一回だけ宝箱から出たことがありましたが、あれは凄かったです。近くにいるだけで気分が悪くなりましたよ」
へえ、そういうもんなのか。それならほんとに一発で分かるだろうし、この刀はそういうもんじゃないってのもはっきり分かったな。
「だから、安心していいぜ」
ニコラさんの言葉を疑うというわけじゃないけど。
まあ、この刀を抜いた後でなんかあっても、白百合とリオがいれば大丈夫だろ。何故リオがあんなことを言ったのかは謎だが、まあ、それは後で聞けばいい。というか正直、ここに居る三人ともこの剣の中身が結構気になってるんだよな。早く見たくて仕方がない。
『流石に気のせいかしら。ごめんなさいマスター』
『でも、これは……』
何が気の所為なのかはわからないけど、謝らなくても全然大丈夫だよ。白百合も不思議そうな声を上げてはいるものの、まあ大丈夫だろ。
俺が柄を握る手に力を込めれば、するりと、鞘から刀身が解き放たれていく。
『……いや。やっぱり待ってマスター、それ……!』
発言が二転三転しているリオの叫ぶ声が脳内で響くが、既に銀色の刀身が見えてしまっていた。
もう半分くらい見えちゃってるし、ここまで来たらもう同じようなもんだろ。と、俺が鞘から刀身を引き抜けば、刀身の全体があらわになる。
銀色の綺麗な刀身に、白い波のような特徴的な模様。今までみてきた日本刀と似たような見た目に、やはりこれは日本刀なのでは? という疑念が湧き上がってくる。
「おお、こんな感じなんだな」
「美しいですね、今まで見てきた剣とはまた違う系統で」
二人からの評判も上々。確かに、これは綺麗だ。こうして刀を間近で見るのも握るのも初めてだし、結構貴重な経験だよな。
光を反射して、刀身がキラリと輝く。ほんとに綺麗だな、これ。
そう思った次の瞬間。
「うおっ!?」
光がとてつもない勢いで増幅して、閃光のように辺りを照らす。
視界が、一瞬光で塗りつぶされた。目の前の光景が全くと言っていいほど見えなくなる。思わず目を瞑ったものの、まぶたを貫通するほどの眩しさだ。
「なんだぁ!?」
「これは……っ!」
ニコラさんとリリックさんが慌てた声を上げる中、俺は一人、妙な既視感を感じていた。
まるで、何度も体験したことがあるかのような、身近なものであるような。そんな根拠のない既視感。
すぐに閃光は収まって、俺は目を開けた。強い光に晒されて思うようにピントが合わない目を擦る。
この行動自体にも、俺は強烈な既視感を覚えていた。脳裏に浮かんだのは、白百合やリオと出会った時の光景だった。
「……まさかな」
一人、俺は呟いた。
気のせいだろうか、俺の手に握られていたはずの刀が消えているような気がして、俺は強く手を握り込む。
爪が手に食い込んだ。
「なっ……」
目が馴れて、視界が、はっきりと開ける。
消えている。俺の手の中には、さっきまであった刀の重みがない。
その上、さっきまで誰も居なかったはずの目の前には、確かに人の気配がある。俺は、ゆっくりと視線を上げた。
「……マジかよ」
疑念が確信に変わる。
そういうことだったのか。リオが言っていたことが、白百合の怪訝な声の理由が、今はっきりと分かった。
彼女たちも既視感があったのだ。何度も見たであろうそれに、共に戦った仲間であっただろう刀の外見に。
『まさか、ほんとにそうだとは……』
リオが呟く。白百合が息を呑んだ音が聞こえる。
俺は、目の前に佇む、見知らぬ女性と目が合った。
濃く暗い、美しい紫色に、いくつもの鮮やかな花柄が装飾された着物。地面についてしまいそうなほど長い黒髪に、何よりその目鼻立ちの整った美人然とした顔立ち。
「こんにちは、新しいマスターさん」
彼女は、俺に優しく微笑みかける。
閃光が走り、手にあったはずの刀が消え、目の前に見知らぬ女性が現れて。
あまつさえ彼女は、俺のことをマスターと呼んだのだ。
「……ああ、こんにちは」
なんとか返事を返すも、驚きのあまり頭がショートしてしまっていて、上手く言葉が湧いてこない。
新たな精剣との出会いに、俺はしばらく、言葉を失ったままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます