29話

 しばらく、ダンジョン内を警戒しながら歩いた。

 もうこの岩肌に囲まれる感覚にも慣れてきている自分がいる。いやまあまだ全然怖いことは怖いんだけど。できるだけ早く出たいことには変わりないんだけども。

 早いところ、魔物とか宝箱とか見つかってほしいなあと思いながら、歩みを進めていると。

「あ、また魔力」

 そう言って、ソラさんは足を止めた。指差した方向は、戦闘を歩くニコラさんの前の、どうやら地面のようだった。壁じゃなくてこういうパターンもあるんだな、と俺は新たな知識を得る。

「うん、そこそこの魔力ね。もしかしたらいい宝箱が出てくるかも」

 魔力、か。俺にはなんにも感じないんだけど、やっぱわかる人には分かるんだよなあ。すげえわ魔力って。この身でそれを感じれないのが残念だけど。

 俺がなんの利にもならないことを考えているうちに、ニコラさんはさっさと動き始めていた。

「うし。お前ら、戦闘の準備はしておけよ」

 言いながら、ニコラさんは背中に背負った斧を取り出す。

「この魔力の量だと、もしかしたら罠で強めの魔物とか出てくるかも。注意しておいて」

「わかりました」

 リリックさんも並んでレイピアを抜いているのを見て、俺も慌てて剣を抜いた。

 白百合とリオを両手に構えると、ソラさんが後ろから声をかける。

「それじゃあ、いくわよ。……《アレーション》」

 さっきのように、ソラさんが詠唱を唱える。

 小さな魔法陣が地面に浮かぶと、すぐに消えていく。少しの間があって、すぐにその場に大きな魔方陣が展開された。

 さっきは、魔法陣は一個しか出てこなかったよな。なにか違いがあるのだろうかと疑問に思った瞬間。

「これ、罠だわ!」

 ソラさんが叫ぶ。

 確かに、さっきは魔法陣が再度現れたりはしなかった。

 どうやらそういうことらしい。思わず、剣を握る手に力が入る。

「お前ら構えろ!」

 ニコラさんが叫ぶのと同時に。

 魔方陣が強い光を放ったかと思えば、突然、体が宙に浮くかのような感覚に襲われる。

「なっ……」

「なんだこれっ!?」

 もがいても逃れられない違和感の塊のような浮遊感に、もはや身を任せることしかできなかった。

 そのまま、周りが一瞬光で埋め尽くされ、消えていく。それと同時に浮遊感も消え去って、俺はようやく、地に足をつけて立つことができた。

 安心しつつ、そうして顔を上げた俺は。

「……マジかよ」

 目の前に現れた光景に、ただ驚愕することしかできなかった。

 まず、俺たちがいる場所が変化している。さっきまで歩いていたある程度の広さがある洞窟のような空間ではなく、天井がかなりの高さがあって、奥行きも相当な広さがある空間。

 壁や地面の材質も、岩肌という感じではなく、綺麗に加工された大理石のような、そういう質感の透き通った蒼い石だ。壁には等間隔で松明が取り付けられていて、かなりの数があるそれが空間全体を照らしていた。

 まるで、そこがなにかのステージかのような。RPGとかで例えるなら、そう、まさに"ボス部屋"かのような作りだ。

 そして。

 何よりも、その中心。

 俺たちの目の前に、圧倒的な存在感を放つ、魔物がいた。

「おい、こんなん……俺経験ないぞ」

「みんなそうよ。これ、ヤバいかも」

 四足歩行で立つそれの体躯はかなりの大きさを誇っていて、全身を覆う黒っぽい毛が闇に溶け込むようだった。背中は孤を描いていて、そこに這うように頭まで真っ赤なタテガミが生えている。

 その手の先にある大きな爪や、頭上に生える鋭利な角、口から覗く牙を見て真っ先に頭に浮かんだのは、ライオンとかトラのような猛獣のイメージだ。見ただけで分かる、強い動物をそのまま巨大化したみたいな外見。

 ソイツは、挨拶代わりと言わんばかりに、大きく唸り声を上げた。

「――――オ゛ォオオオオオオオッッ!!!!!!」

 まるで、洞窟内が揺れているのかと勘違いするほどの重圧とプレッシャー。

 明らかに、今までこのダンジョンで出会った魔物とは格が違う。

「やばい逃げるぞ! ソラからだ、早く走れ!!!」

 直感で、勝てないと悟ったのだろう。ニコラさんは後衛のソラさんから走らせようと叫ぶ。

 だが、ソイツは赤い目を見開くと、頭を下げ、その巨体に重くのしかかる圧力とともに俺たちに突進してくる。

「オ゛オ゛オ゛ォォォッッッ!!!!」

 圧倒的な圧力。

 その巨躯での突進は単純な攻撃方法だったが、強力なのは間違いなかった。

『マスター、前に出て。私が守るから』

 突然の出来事に思わず固まってしまっていた俺は、頭の中で響いた白百合の声にはっと目を覚ます。

 先頭に立つニコラさんとリリックさんは武器を構えてはいるものの、それであの魔物の攻撃を受け止められるとは思えなかった。

 それに、あの魔物は尋常じゃない。少なくともDランク相当の、ゴブリンとかゴーレムとかと同等とは思えなかった。Cランク、あるいはそれ以上か。そんなやつの攻撃を食らって、果たして生きていられるのだろうか?

「くそっ……!」

 俺が前に出ないとヤバい。

 直感的に理解して、地面を思いっきり蹴った。

 ニコラさん達を追い越して先頭に立った俺は、白百合を構えると同時に叫ぶ。

「目覚めよ、炎の精剣――!!」

 精剣であることを隠すように、小声で言っている余裕なんかなかった。今までの努力が水泡に帰してしまったがどう考えても死人が出るよりマシだ。

 激しく音を立てて燃え上がったリオの刀身が、辺りを炎で照らした。

「オオオオッッッッ!!!」

 迫りくる黒毛の魔物に、俺は白百合を構えて迎え撃つ。

「頼む、白百合!!」

『任せて。これくらい余裕』

 俺の焦りとは真反対に、白百合は余裕そうで。

 体が操られているかのように動いて、俺は白百合の刀身で黒毛の魔物を受け止めた。衝撃波でも飛んでいそうなぶつかり合いに、剣を握る力がより一層強くなる。

「うおおっ!!?」

 とてつもない質量が、白百合と俺の体にのしかかっているのが分かる。今まで受けた中で、ゴーレムが過去最高にヤバかったけど、それを優に越してくるほどの衝撃だ。

 だが、俺はそれを受けてもビクともしていなかった。それ以上に白百合が強力だということか。

 そのまま、白百合を相手側に向かって押し返す。

「オ゛オオッッ!?」

 それだけで、あれだけの巨体が簡単に押し負けた。自らつけた勢いがそのまま自分に返ってきた黒毛の魔物は、体勢を崩し大きく引き下がる。

 守りこそ最高の攻撃なのかもしれない、と、この光景を見てつくづく思ってしまうな。完全に好機だと俺が魔物に向けて接近すれば、リオの声が脳内に響く。

『任せなさい。これくらい楽勝よ』

 火炎がバチバチと轟音を鳴らしていた。俺は、烈火を纏った刀身を、魔物に向かって全力で振り下ろす。

「グオ゛オ゛ォォッッ!!!」

 苦悶の声。その単語が分かりやすいほど当てはまる叫びに、俺は明らかな手ごたえを感じる。

 これはいける。流石にクソほどビビったけど、精剣があれば勝てない相手じゃない。

「……よし」

 状況は理解不能だ。

 罠にかかってこんな仰々しい場所に連れてこられたのだろう、ということは流石に分かるが。それ以外のことは何もわからん。

 目の前にいる魔物は何なんだとか、そもそもここはどこなんだとか。言いたいこと聞きたいことは沢山あるが、もはややるしか道はない。

「オ゛オ゛オ゛オオオオ――ッッッ!!!!」

 空間中に咆哮が響き渡って、黒毛の魔物はまた俺の方へと突進を繰り出してくる。

 巨体が滅茶苦茶な重圧と共に俺へと近づくが、今度は焦らない。

 俺は白百合を構えて迎え撃つ。

「うおおおっ!!!」

「オ゛オ゛オオオオッッッ!!!!」

 白百合は黒毛の魔物を完璧に受け止める。眼前に迫った巨大な化物は、俺を睨んだままその勢いを弱めようとはしない。

 俺は、黒毛の魔物を受け止めている白百合を、思いっきり振り抜いた。

「グオオッッ!!?」

 その強大な体躯と怒涛の如き勢いを、白百合はいとも簡単に弾き飛ばす。

 勢いを失い、その場で硬直する黒毛の魔物。そこに生まれた隙に、俺はすぐに地を蹴って。

「おおおお――ッッッ!!!!!」

 全力でリオを振り下ろした。

 火炎がより勢いを増す。

 一層、俺の周りが激しく照らされた。

 烈火の如く燃え盛る炎に包まれた精剣が、黒毛の魔物を燃やし尽くさんと火花を散らす。

「グオ゛オ゛オ゛ッッッ!!?」

 絶叫。

 確かな手応えとともにリオを振り抜けば、炎が弧を描いて軌跡を残した。

 ゴウゴウと音を立ててて燃える刀身の前に、黒毛の魔物は大きな音を立てて、力なく地面に横たわる。

「よし……っ!」

 やったな。

 俺が確信すると同時に、黒毛の魔物の体は粒子となって消え始める。

 あれだけ強大に見えた魔物だったが、精剣は遥かにそれよりも強いということか。

『まあ、任せなさいな』

 リオの声は何処となく自慢げだったような気がする。

 にしても、こんなデカくて強そうなのも一撃ってヤバい。白百合も余裕であいつの攻撃から守ってくれてたし、あまりにも心強すぎるな、精剣。

 俺は安堵と達成感と共に、白百合とリオを鞘に収めた。

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