28話
魔法で照らされたダンジョンを、俺たちは静かに歩いて行く。
『もう慣れてきたけど、ダンジョンって結構怖いわね……』
頭の中で、リオの声が響いてくる。
確かに、俺も精剣が無かったら相当心細かっただろうなと思うくらいには怖い空間だ。
そもそもが洞窟みたいな閉じた空間ってのもあるし、そこに魔物とかが湧いて出てくるってどう考えても最悪すぎる。
『白百合は怖くないの?』
『……ちょっと、だけ』
白百合も怖いらしい。いや、そりゃそうだよね。誰だってこええよここ。
声には出せないが、心の中で一人勝手に相槌を打っておく。
頭の中で聞こえている二人の声は周りには聞こえないので、俺が今ここでなんか反応すると、一人でくっちゃべってる変な人と化してしまうのだ。返事をする訳にはいかない。
『でも、マスターとリオ姉が居るから大丈夫』
『ふふ。そうね、私も白百合が守ってくれるって思うと、安心するわ』
仲睦まじい二人の会話を聞きながら、俺は黙って歩みを進め続ける。
なんというか、会話を聞いてるだけっていうのは中々物悲しい気持ちになるな……。
『あ、勿論、マスターのことも頼りにしてるわよ』
俺の気持ちを知ってか知らずか、リオは俺にそんなことを言ってくる。
まあ、二人から頼りにされているっぽいので、俺は孤独を噛み締め頑張るとしましょうか。
ここをクリアすれば、冒険者ランクも上がるし、魔王城にも行けるようになるしな。
「……ん?」
そんなこんなで、全員で歩くことしばらく。
ソラさんが声を上げた。振り返れば、彼女は俺たちの少し後ろの方で立ち止まったまま、壁の方をじーっと見つめていて。
俺たちはソラさんの方へと駆け寄る。
「どうした?」
「ここ、なにかあるかも」
ニコラさんの言葉に、ソラさんは壁を指差して答えた。
その方向へと目線を移せば、そこは何の変哲もない普通の岩壁。なにかあるのかと目を凝らしても、特に異常は見つけられない。
「ここ、って。ただの壁なような気がするんですけど、なにかあるんですか……?」
思わず、頭の中に湧いて出た疑問をそのまま口に出してしまった俺に対して、ソラさんが。
「ここから魔力を感じるの」
「魔力、ですか?」
俺の言葉にソラさんはこくりと頷く。
「ダンジョンにはね、たまーに魔法で隠された部屋とか、道とかがあるの。私みたいな魔法を使える人は、そういう魔法の残滓みたいなのを見つけることができるのよ」
「大抵は宝箱や魔物が出てくるんですが、偶に罠もあります。けど、このダンジョンのような難易度の低めなダンジョンでは、罠が脅威になり得るほど強力なパターンは殆ど無いですね」
なるほど。要するに隠し部屋みたいなイメージか。
そういう隠された部屋や道に入るとモンスターがいたり罠があったり宝箱があったりってのは、RPGとかじゃ超定番だな。なんとなくイメージは付いた。
「何が起きるか分からないので、戦える準備は整えておいてくださいね」
「分かりました」
リリックさんの注意喚起に言われるがまま、俺は腰に下げた二つの精剣に手をかける。
ニコラさんも背中の斧に手をかけて臨戦態勢。リリックさんもレイピアの持ち手を掴むと、ソラさんに向けて頷く。
ソラさんは杖を前に構えると、目を閉じて唱える。
「それじゃ、行くわよ。……《アレーション》」
壁に魔法陣が浮かんで、消える。
途端に、目の前の硬い岩壁の一部が蜃気楼かのようにゆらいで、煙のようにたち消えていってしまった。
壁が一段、そこだけが削れたように窪んでいる。そこにしまわれているかのように、宝箱がこっそりと隠されていた。外見を見る感じ、また木のやつだな。一番低レアなやつ。
「お、また宝箱か」
敵が居ないことが分かって、俺は精剣から手を離す。
「結構、ぽんぽん見つかるんですね」
「いやだいぶ運良い方だぜ。ハマったら全然見つからないって日もあったりするからな」
ニコラさんは肩をすくめる。
「いやあ、あの時はほんとにキツかった。宝箱は全然出ないし、魔物はやけに強いやつばっかなのにいいアイテムは出さないし……」
話が進むにつれどんどんと目が死んでいくニコラさんから、俺は思わず目をそらした。
見なかったことにしておこう。冒険者の闇はだいぶ深いのかもしれない。
「さて、じゃあこれが誰のものなのか、決めることにしましょうか
「あ、ああ。そういやそうだな、やるか」
ソラさんの言葉で、目に光を取り戻したニコラさん。
「それじゃ、いくわよ。じゃんけん……ぽん!」
ソラさんの掛け声に合わせて、俺たちはまた腕を振るう。
俺は、パーを出した。ニコラさんがグーで、リリックさんとソラさんがチョキ。
まあ要するに、あいこというわけだ。
「あいこで……しょっ!」
異世界なのに、掛け声は完全に日本と同じなんだなあ。なんてことを考えながら、俺はもう一度拳を突き出す。
俺とリリックさんがグー。ニコラさんとソラさんがパーで、勝者はニコラさんとソラさんだ。
「私達の勝ちね」
「よし、じゃあ俺たち二人でもう一回だな」
ニコラさんとソラさんがお互いに向き合って、もう一度じゃんけん。
「じぇんけん、ぽん!」
ニコラさんがパーで、ソラさんがグーだ。
というわけで、ニコラさんの勝ち。俺とソラさんは二連続敗北となってしまった。
くそ、これはまずい。せめて一個はなんでもいいから欲しいな、流石に。記念に一つくらいはなにか持って帰りたいし、昇格クエストの達成条件みたいなのも、ダンジョン内で出てくるアイテムを持っていくことだったし。
「それじゃ、俺のってことで。何が入ってるかな……っと」
ニコラさんは宝箱の前に屈むと、その屈強な腕で宝箱をギギギと開く。
中に入っていたのは……。
「お、魔力原石か? これ」
取り出したのは赤い宝石のようなもの。
魔力原石ってのは、前にリオから説明を受けたので覚えている。あれってダンジョンでも出てくるんだ。
「まあ、可もなく不可もなくってところか」
ニコラさんは懐から布の小包のようなものを取り出して、魔力原石をそこに放り込んだ。
「んじゃ、行くか」
小包をしまって、ニコラさんは再び先陣を切って歩きだす。俺たちもそれに続いて、ダンジョンを進み始めた。
あれから、しばらくダンジョンの探索を続けた。
その間に魔物を何体か倒して、落ちた素材を入手したりとか、宝箱を見つけたりとか。そういう風にダンジョンを歩き続けて、そこそこの時間が経っているはずだった。
……だというのにも関わらず、だ、
俺は未だにじゃんけんで敗北し続けていた。どうなってんだこのじゃんけんとかいうクソゲーは。
要するにアイテムを一つも入手できていないということである。他三人は、レアな宝箱は出なかったものの、お金や魔力原石などをそこそこ得ているのにもかかわらず、俺のポケットは未だにすっからかんだった。
どうなってんだこのじゃんけんとかいう以下略。あまりにも運が悪いような気がするが、真剣勝負の世界に対して、運という言葉で言い訳ができるわけもなかった。
と、俺が一人脳内でくっちゃべっていると。
振り返ったニコラさんが口を開いた。
「体力的にも、そろそろ帰りたいとこなんだが……」
……マジ?
俺、何の成果も得られずに帰ることになるのか?? 流石に虚無ってきた。いや、じゃんけんで勝てない俺が悪いんだけど。
こちらを向いたニコラさんと目があうと、彼は豪快に笑って。
「まあ、マサヒトが何も貰えないってのは流石にな。とりあえず次なにか出たらそれはマサヒトのものってことにして、帰ることにしようぜ」
「そうね。魔物との戦闘も頑張ってくれたのに、なにもないってのはちょっと」
「そうですね。私も異存ありません」
仏様?
一瞬三人に後光が指している気がしたのは俺だけだろうか。
「あ、ありがとうございます……!」
じゃんけん弱者にだって救われる道はあるのだ。俺は頭をしっかり下げた。
「いいってことよ。じゃんけんみたいなこっちのルールに付き合ってくれてるのはマサヒトだしな」
ニコラさんは、その大きな手で俺の肩をバシバシと叩く。優しさが痛いです。
「それじゃ、行くか。気をつけろよ」
その言葉に俺たちが頷けば、ニコラさんはまた先陣を切って歩き始める。
彼の背中を見ながら、俺は、どことなく安心感を感じるのだった。
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