26話

 少しの間、沈黙が続いた。

 岩を踏みしめる音がコツコツと響く中、戦闘を歩いていたニコラさんの足が止まる。

「あれを見ろ」

 少し離れた場所。その視線の先には影があった。

 よく目を凝らすと、それがゴブリンだということがわかる。前に洞窟で見たやつと同じ感じで、特に変わったところは見当たらない。

 ただ、それが五体もいるというのは、前と明確に違うところか。流石に数が多いな。見た感じ杖を持っているやつは居ないから、その点は少し安心だな。

「あれが、敵ですか」

 俺が言えば、ニコラさんは頷いて。

「もっとも、なんでダンジョンにモンスターが湧いて出てくるのかってのは、謎でしか無いんだがな」

 言いながら、ニコラさんは腕を背に回し、背負っていた斧を手に持って構える。

 その隣で、リリックさんも腰に下げたレイピアに手をかけていた。魔法のライトに照らされて、二人の武器がきらりと光を反射して輝く。

 そのまま走り出そうと姿勢を整えたリリックさんだったが、ふと、緊張を緩めて俺の方を振り返った。

「私達が戦うのもいいですが、ここは一つ、私としてはマサヒトさんの実力を見てみたいですね」

「お、確かにそれもそうだな」

 ニコラさんもそれに同調して、構えた斧を下ろした。

 え。これ俺が先陣切るパターン? いや、文句とかはないんだけど。流石に緊張してしまう。

「俺らがバックアップをするから、先頭は頼むぜ」

 そう言われてしまえば、特に断る理由も思いつかない。

 人と協力して戦闘するのが初めてなんで怖いです! とか言えば良かったのかもしれないが。流石にゴブリン相手には、その言葉も言う気には慣れなかった。

 一度戦って勝っている相手だ。ここは一つ、バシッと決めようじゃないか。

「……わかりました。協力プレイは初めてなので、下手くそだと思いますけど。よろしくお願いします」

 保険はかけつつ。

 俺は、白百合とリオを両手で掴んで、抜き去る。 

「綺麗な剣ね……」

 ソラさんの呟く声が背後から聞こえる。

 なんかちょっと嬉しいな。自分の持つ武器が褒められるという意味でも、一緒に戦う仲間が褒められているという意味でも。

 手に落ちる心地よい重みと、満ちる安心感に身を任せて。

 俺は駆け出した。

「――――っ」

 目標は五人いる中の、一番手前側のゴブリンだ。一番狙いやすいポジションに居る。

 ゴブリン達は俺に気づいた様子で、視線が俺に降り注いだ。とは言え、白百合が居るからビビる必要もない。

 リオを構えて、俺は詠唱を叫ぶ。

「目覚めよ、炎の……」

 そこまで言って。

 ふと、気づく。

 これ、炎の精剣とか言ったらダメじゃん! 精剣持ってるってこと隠してるのに、自分から暴露するとかできるわけない。

 えっこれどうしよう。

「ちょっ……うおおっ」

 とはいえ、走り出した体はそう簡単に止まらない。

「ギィィッ!!」

 だいぶ接近してしまったため、完全にゴブリンの射程内だ。

 振り下ろされた棍棒に対して、俺の体が白百合を反射的に振るう。白い刀身が棍棒を真っ二つに裂いたものの、窮地を脱っせてはいない。

『ちょっとマスター、何して……』

 普通に戦おうとしない俺に怪訝そうな声をあげるリオだったが、すぐに理由に気づいたようで。

『……あっ。マスター、小声で言えば大丈夫かも』

 かも。という曖昧な単語だが、それに頼るしか方法はない。

 俺は小声で詠唱を呟く。ダサい。どう考えてもこの流れはクソほどダサいが、ある程度距離が離れている彼らに、この感じが伝わっていないことを祈ることしかできないのが情けない。

「目覚めよ、炎の精剣……」

 かっこ、小声。

 詠唱に呼応して、リオの刀身が音を立てて燃え上がる。

「この……ッ!!」

 この流れを断ち切るべく、俺はゴブリンに向かってリオを振り下ろす。

 炎に包まれた剣が、ゴブリンの体を綺麗に焼ききった。

「ギィッ」

 断末魔を上げて倒れるゴブリン。体からは粒子が溢れ、宙に舞っていく。

 あっぶねー……。

 なんとか普通に倒せたな。よかった。途中はどうなることかと思ってしまったけど。

 俺はそれを確認した後、視線を他のゴブリンに移した。

「――ギィィッ!!」

 仲間が倒されたからか、大きな叫び声を上げながら、四体のゴブリンが棍棒を振り上げて襲い掛かってくる。

 一旦白百合で守ってから、その隙を突くか。

 そう考えて、俺は白百合を構えるが。

「中々やるじゃねえか、マサヒトッ!!」

 背後からニコラさんの声が聞こえたかと思えば、そのまま俺の横を走り去っていって、そのままゴブリン達へと突撃していく。

 それに続いて、リリックさんも走っていってしまった。

「おおおッ!!!!」

 雄たけびを上げて振り上げられるニコラさんの斧。それは今までの様子とは違い、光をまとっているよいうに見えた。

「なんだあれ……」

 見たことのない光景だ。武器に淡い光が纏わりついて、まるで力を与えているかのように見える。

「≪スキル:光斧両断≫……!!!」

 ニコラさんがそう叫ぶと、その光はより一層輝きを増して、ゴブリンへと振り下ろされる。

「ギィッ!?」

 大きく体を傷つけられたゴブリンは、よろめいて後方に下がろうとする。

 だが、この機会を逃すわけがなかった。ニコラさんはもう一歩接近すると、今度は横薙ぎに斧を振るう。 

「どおらッ!!」

 重い一撃を食らったゴブリンは、抵抗する余地もなくその場に倒れ込んでしまう。うめき声を上げると、そのまま動かなくなってしまった。

 すごいな。あれが、スキルか。光斧両断というのは、スキルの名前だろうか? それを口にすると、能力が向上するのだろう。

 精剣や魔法とはまた別ベクトルのファンタジーさがあって、少し興奮してしまっている自分がいる。

「はあっ!」

 それに続いて、リリックさんも腰に下げたレイピアを抜きさる。

 案の定、それも光を纏っていた。彼は姿勢を低く、そのままレイピアを一直線にゴブリンへと突き刺す。

「《スキル:閃光一筋》」

 口にしたスキルの名前の通り、その光景はまるで一筋の光がゴブリンへと襲いかかっているようだった。

 鋭い一撃を刺されたゴブリンは、呻きながら見をよじろうとする。が、それも叶わず。

「はあっ!!」

 素早い動きで、ゴブリンへと幾度も斬撃を叩き込む。

 また一人、地面へと倒れ込んだゴブリンが増えた。残りの敵は二体だ。

 俺もこうしちゃいられない、とリオを構えて片方のゴブリンへと突っ込む。

「はああッ!!!」

「ギィィッッ!!」

 棍棒を振り上げて対抗しようとするゴブリンに対して、俺はその棍棒ごとリオでたたき斬る。

 燃え盛る炎の剣が、一撃でゴブリンを葬り去った。

 準備が整えば、ゴブリンくらいなら一瞬だ。前戦った時もそうだったし、というかDランクくらいの魔物なら一撃で倒せてしまう。リオ様々だなほんと。

 粒子を散らして消えていくゴブリンを見ながら、俺はそんなことを考える。

「《スキル:光斧両断》!!どおらぁっ!!!」

「《スキル:閃光一筋》……ッ!!」

 声がして、その方向へと視線を移せば、残るところ最後の一体となったゴブリンも、二人の連携によって倒されようとしていた。

 ニコラさんが斧を振り、衝撃で姿勢を崩したゴブリンに対してリリックさんがすぐさまレイピアで突きを放つ。二人の息があった連携に、ゴブリンは抵抗する余地もなく。

「ギィィ……っ」

 力なく倒れ込んだゴブリンは、体が粒子となって消えていってしまった。

 これで最後だな。途中だいぶグダったけど、なんとかなってよかった。

 ダンジョンでの初戦を無事終えられた俺は、ほっと胸を撫で下ろした。

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