23話

 柔らかな風に揺られる水面。透き通った水が、陽の光を反射して光っている。

 草原を抜けた先にあった湖につくと、そんな光景が目に入ってきた。

「ついたな」

 言いながら、その綺麗な景色に思わず足が止まってしまう。

 俺の人生において、海に遊びに行くとか全く無かったけど。この景色を見ると、遊びたくなる気持ちがわかる気がした。

「……で、レッドタートルってどこいるんだろ」

「とりあえず、湖に沿って歩いてみましょ」

 三人で波打ち際を歩いて行く。しばらくすると、少し先になにかが見えた。

 よく目を凝らせば、それは赤い甲羅を背負っている。

「どうみてもあれだな」

 言いながら、二人の手を取って、握り込む。一瞬の閃光と共に腕に沈んでくる重量を感じながら、俺は前を向いた。

 相手はのろのろと動いている。こっから走っていってリオを一撃入れれば、簡単に倒せそうだ。

「よっ」

 俺は水に固められた砂を蹴って、勢いよくターゲットへと近づく。

「目覚めよ、炎の精剣――おらっ!」

 素早く詠唱を口にして、そのまま燃える刀身をレッドタートルへと叩き込む。

 悲鳴を上げるまもなく、レッドタートルは粒子となって消え去っていく。

「よっわ」

 思わず声を漏らす。

 今までで一番苦戦しなかったな。マジで一瞬じゃん。

 粒子の後に残されたドロップ品は、どうやらその甲羅の一部分らしかった。それを拾って、乱雑にポケットに突っ込む。

「……こんなんでいいのかな」

 なんだろう。なんか釈然としない。あまりにも早く終わりすぎて、いやこちらとしては都合がいいんだけども。

『精剣が2本もあるんだもの、これくらいが普通じゃない?』

 リオの声が頭の中に響く。

 まあ、そう言われればそうか。そうかな……?

 ともあれ、クエストが終わってしまったことには変わりない。人に戻った二人を連れて、俺は湖から離れた。










 あれから、俺たちはいくつかのクエストをこなしていった。

 Dランクの魔物は、白百合で守って、リオで攻撃するというパターンで簡単に倒せてしまった。特筆することが何もない至って普通の戦いが繰り返されていたが、まあ、早くランクがあがるというのは悪いことではないだろう。

 朝起きて、ご飯を食べて、クエストに出て、帰ってきて、報酬をもらって、ご飯を食べて、寝る。

 そんな生活を一週間ほど続けただろうか。俺たちが大体10体くらいは魔物を倒しただろうという頃に、いつものように三人でギルドへといくと。

「そろそろ、昇格クエストを発行できますよ」

「お、マジですか」

 ついにきたか。内心でガッツポーズ。

 まあ、そろそろかなとは思っていたけど。

「はい。どうされますか?」

 そう聞いてくる金髪のお姉さんに対して、勿論。

「お願いします」

 俺が頷けば、彼女は例の本を取り出してパラパラとめくる。少し悩んだ素振りを見せた後に、彼女は俺に一枚の紙を置いて。

「こちらはどうでしょう?」

 どれどれ。

 俺と白百合とリオの三人で、その紙を覗き込む。

 内容は……。

「ダンジョンの探索をパーティで行う……?」

 ダンジョンって、言わずとしれたあれだよな。謎の空間を探索すると、宝箱がどこそこに置いてあって、そこからいいアイテムとかが出てくる、あれ。

 その単語自体に触れるのは初めてではないが、それはあくまでゲームとかでの話だ。この世界でいうダンジョンって、一体どういう感じなんだろうか?

「まず、初めにいくつかの説明をしますね」

 俺が聞く前に、察して話し出してくれる有能なお姉さん。彼女の話に、俺は耳を傾ける。

「まず、ダンジョンというのはご存知でしょうか?」

「ああ……まあ、なんとなくは」

「でしたら、概要だけ。ダンジョンというのは、大まかに言えば大きな建物のようなものです。形は様々ですが、その多くは洞窟のような形を取っていますね」

 うん。なんとなく、想像がつく。

「ダンジョンでは特殊なアイテムを見つけることができます。特に有名なのは宝箱で、それを開けると中から色々なアイテムを入手することができます。といっても、アイテムの貴重さ、レア度はまちまちですが」

 これも想像がつくな。ゲームやらなんやらでよく見知ったものだ。

 宝箱からアイテムが出てくる、か。ゲームとかで入手した宝箱に、小さい頃はワクワクしたものだ。ああ、懐かしいな。叶うならもう一度くらいはゲームをやりたいもんだ。

「どうでしょう、なんとなく概要は掴めましたでしょうか」

「あ、はい。大丈夫です、なんとなくわかりました」

 俺が頷けば、彼女は話を進める。

「それで、パーティというものについてですが、なんとなく理解はできますか?」

「えーっと。俺が知ってるのはこう、いくつかの冒険者で集まって、チームを組んで戦うみたいなイメージなんですけど」

 まあその集まるのは冒険者だったり、はたまた狩人だったり、魔法使いだったり銃を持っていたりするわけだが。

 俺が言えば、彼女は意外にも頷いた。

「あ、大丈夫そうですね。その認識であってます」

 ……マジ?

 ということはつまり、このクエストの内容というのは。

 俺が誰かと徒党を組んで、ダンジョンに挑まねばならないと。そういうことなのか……?

「なんか難易度高いな……」

 思わず、ぼそっと呟いてしまう。

 知らない人、それも冒険者とパーティを組むとか、普通にむずくない? こう思ってしまうのは俺だけなのか……?

 思い出すのはゲームでパーティを組んだときのこと。チャットですら喋るのは難しかったのに、ボイチャなんかもう俺はほぼ死にかけていた。

 ……思い出さなきゃよかった。

 ま、まあ。ここはゲームでは無く現実だし。対面して話すのとじゃ当たり前だが感覚はだいぶ違う。頑張ってみるしか無いだろうな。

 俺の決意をよそに、彼女はどんどん話を進めていく。

「目的のダンジョンは、ミシックの洞穴という名前のダンジョンです。森を抜けた先にある、ある程度栄えた大きなダンジョンですので、パーティメンバーはすぐ見つかると思いますよ」

 ミシックの洞穴。森を抜けた先、か。そこそこ歩かないといけなさそうだな。

「わかりました。……それで、どうやってその、パーティを組めばいいんですかね」

 俺が聞けば、お姉さんは階段の方を指さして。

「あちらから二階に登っていただくと、パーティメンバーを求めている方々の集会場になっていますので、そちらをご利用ください」

 ここに初めてきたときから、やけに大きな階段とそこを出入りする人達を見て、一体どんなところなんだろうとはなんとなく気になってはいたけど。

 なるほど、そういう風になってるんだな。そういう場があるなら、割と簡単にパーティが組めそうだ。

 俺が頷くと、お姉さんはにこりと微笑んで。

「ダンジョンから取れたアイテムを一つでも持ってきていただければ、クエストは完了となりますので、お願いします」

 彼女の言葉に俺は頷きつつ。

「わかりました。ありがとうございます」

「いえいえ。お気をつけてくださいね」

 説明を聞き終えた俺達は、一旦受付から離れる。

 というのも、二人に確認しておきたいことがあったからだ。

 あまり周りに聞こえないように注意しながら、二人に話しかける。

「なあ、二人はどうする? このまま行って、戦うときに精剣になるか、それとも最初っから精剣になっといて、二人が精剣だってことを隠しとくか」

 別に、俺としては特に思うところはない。

 ただなんというか、もし俺が相手側の立場で、パーティに入ってきたやつが明らかに伝承とかで見た伝説の武器みたいなのを持ってたら、どう考えても普通の騒ぎでは済まない気がするんだよな。

 まあ隠すことでもないし、堂々としてればいいってだけの話ではあるのかもしれないけど。必要以上に騒がれたりとか注目されるのは、俺みたいなインドア派の陰キャ寄り人間にはちょっとなんか。キツイかもです。

 だから、隠しておいてもいいような感じはするんだけど。

「私は、マスターが隠したいのなら、それでいい」

 白百合は、俺を見上げながらそう話す。

「私も、マスター次第でどっちでもいいわよ。ただ、伝説的な扱いを受けてるって話を聞く限りじゃ、過剰な反応を受けるかもしれないわね」

「俺もそこが気になってるんだよな」

 やっぱそうだよなあ。二人が俺に合わせてくれるって言ってるなら、隠しておこうかな。

「じゃ、隠す方向で。それじゃあここで剣状態にしてから、上にいくか」

 ……と、言ってから気づく。

「ここで剣になったら、閃光走るよな、多分」

「あ、そうね」

 それじゃ隠すとか以前に普通に怪しまれるじゃね―か。

 結局、俺たちは一度ギルドの外に出て、気づかれないように隅の方で、お互いの手を握ったのだった。

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