20話
リオと出会った森。
その奥にある洞窟をゴブリンが占拠しているらしく、それをどうにかしてほしいとクエストが依頼されたというのは、金髪のお姉さんから聞いた話だ。
教えてもらった場所に赴けば、岩壁に大きく暗い穴を開けたそれを見つけることができた。
「これか、洞窟」
暗くて、深そうだ。正直入りたくなさすぎるんだけど。
こんなとこを占拠して、ゴブリンは一体何を得られるんだろうか。というかこれを占拠されて困る依頼元の人、こんな森の中の洞窟をそれほど大事にしている理由ってなんなんだ……?
まあ、気にしても仕方ない。それよりももっと考えなければいけないことが目の前にあるしな。
「二人を剣にして、それ持って進む感じでいいか?」
白百合とリオに、そう声をかけた。
二人は頷いて、俺へと手を差し出してくれる。
「問題ないわ」
「わかった、マスター」
こちら側に伸ばされた手のひらを握ると、もうそろそろ見慣れた閃光が一瞬走って。俺の両手に、2つの剣が握られる。
左手に白百合、右手にリオ。俺の利き手は右手なので、攻撃をしなきゃいけない剣は右手に持っておきたいなと思ったからだ。思えばゴーレムの時も、無意識にそういう風に持ってたな。
「うし、行くか……」
若干ビビりつつ、一歩を踏み出す。結構怖いし、何度も言うけどほんとに入りたくない。
洞窟とか俺の人生で入ることになるとは思わなかった。しかもこんな暗いところで戦わないといけないとか普通に無理なんですけど。
ごちゃごちゃと脳内で文句を言いながら、深い闇へと身を沈めていく。洞窟の中は案外広く、見上げるとそこそこの高さがあった。
ただ、一つ問題点が。
「暗いな」
このまま進むのは流石に無理なので。
ここは、、ゴブリンと戦うのが洞窟なのであろうと察したときから思いついていた秘策を使うことにしよう。
「目覚めよ、炎の精剣」
詠唱を紡げば、リオの刀身に真紅の炎が纏われる。そこから放たれる光が、洞窟内を明るく照らしてくれた。凸凹している岩肌がはっきりと見える。
要するに、松明代わりである。
『まさか松明代わりに使われる日が来るとは思わなかったわ……』
自分で言うのも何だけど、俺もまさか精剣という勇者が持った伝説の武器をこうして扱う日が来るとは思わなかったよ。
なんか罰当たりなことをしている気がしてきた。けど灯りとかは特に持ってきてないからしょうがない。持ってきたとしても手が足りないしな……。
俺は、さらに奥へとゆっくり足を進める。
洞窟内に、コツコツと歩く音が響く。奥にゴブリンがいるから、とできるだけ足音を立てないようにしてみるのだが、どうしても音が鳴って反響してしまう。
思わず、剣を握る手に力が入ってしまっていた。
緊張してこわばりそうになる足を、なんとか前に進めていく。
『待って、マスター』
突然、白百合が口を開いた。
言われて俺が立ち止まると、足音が途絶えてしんとした空間に。
なにやら、ガサゴソと何かを漁っているような音が聞こえる。遠くの空間によく目を凝らせば、何かがたくさん置いてあるのが見えた。その中に、影のようなものが見えた気が。
ゴブリンか、と胸の中で一人呟く。
『気をつけて進みましょ』
すり足で、ゆっくりと忍び寄る。けどこっちには灯りがあるし、ある程度の距離で気づかれるだろうな。それでも近づいたほうがいいことには変わりないが。
少しずつ、距離が縮まっていく。それと同時に高鳴っていく鼓動を、なんとか押さえつける。
そして、目測で10メートルほどの距離になったくらいだろうか。もはやその影の全貌へと光が迫っていたその時に。
くるり、と影が振り向いた。
「――――ギィ!!?」
驚いたような声を上げて、そいつは飛び上がる。
緑色の肌に、腰に布を巻いた簡素な格好。そして、その手に持つ棍棒のような武器。
想像した通りの見た目だ。
『ゴブリンね、間違いないわ』
ゴブリンが漁っていたのであろう場所も、炎に照らされて見えるようになる。
たくさん積まれた木組みの箱のようなもの、その中にはなにやら大量の宝石のようなものが見えた。
なんでこんな洞窟を占拠されて困るんだと疑問に思っていたけど、なるほど。依頼元の人はこれがあったから占拠されて困っていたのか。
……まあ、なんでこんなとこに宝石を持っておこうとしたのかは新たな疑問ではあるけれども。そんなことは今考えることじゃないな。
どうでもいいことは忘れて、俺は両手に持った剣を構え臨戦態勢を取る。
作戦はシンプル。白百合で守って、リオで叩き切る!
「かかってこい……っ!」
俺の呟いた言葉。それを合図かのように、ゴブリンはこちらへと駆け出してくる。
「ギィィッ!!」
受けて立とう、というわけじゃないが、俺もそれに乗じて走り出す。相手の攻撃を弾いて、すれ違いざまに一撃入れてやろう。
お互いに走ったせいであっという間に近距離へと近づいたゴブリンは、俺に対してその手に持った棍棒を振り下ろしてくる。
だが、こっちには白百合がいる。
『任せて』
白百合が言うのと同時に、俺の体は高速で動き出す。振り下ろされる棍棒に対して、白百合の刀身を、左下から対角線上に振り上げた。
白い軌跡を描いて、白百合は棍棒の上半分を吹き飛ばしてしまった。
チャンスだ! 俺は一歩を踏み込み、その隙だらけの体に向かってリオを振りおろして。
「――――は!?」
突然、視界の外から強烈な熱を感じた。思わず目線をゴブリンから逸してそっちの方向へと移す。
見えたのは、炎だった。
「ちょっ……」
俺が動揺しているまもなく、白百合のオートガードが発動する。
『させない』
加速が乗った俺の体は、その場で華麗にくるりと一回転する。軸を無理やり炎が現れた方向へと合わせたかと思えば、その勢いのまま、炎を反射して淡く輝く白い刀身が炎を切り払ってしまった。
淡い熱が身を包む。
あまりに突然訪れた出来事に、必死に脳の処理を追いつかせる。
炎が飛んできた方向へ目をやれば、そこにはもう一体のゴブリンがいた。
「なんだあいつ……?」
見た目はほとんど同じだが、唯一違う点が一つ。
手に持っているのが棍棒ではない。いや、棍棒みたいなんだけど、長さが明らかに違う気が。
『気づかなかったわ、あそこにもいたのね……』
リオの声色には若干の驚きが滲んでいた。精剣といえど、突然の攻撃には流石にびっくりするらしい。
『多分、ゴブリンシャーマンね。魔法を使うゴブリンよ』
「うええそんな奴いんの!?」
そういえば、ゴブリンといえばのイメージが強すぎて忘れてたけど。種類によっては、RPGとかにも魔法使えちゃう系ゴブリンとか居たような気がするわ。
「完全に盲点だった……」
だが、弱音を吐いているわけにもいかない。俺は急いで体制を立て直して、近くにいるゴブリンから一旦離れた。
二人のゴブリンからある程度距離を取ったところで立ち止まって。視線を感じつつ、落ち着いて考える。
敵は二人か。初めての対集団戦だな……。
「さっきの炎は魔法だったってことか?」
『ええ、そうだと思う。私が前に使っていたものと同じような、炎の魔法ね。といっても低レベルなもので、私が使うような強力なものとはまた違うけど』
俺が聞けば、リオは肯定する。なるほどな、魔法的なレベルが違うとはいえ、リオが森で使っていた、ああいうのを俺に放たれたってことか。
さっきの光景を思い出す。光と熱を同時に感じた瞬間はマジで死んだかと思った。今の一瞬でだいぶ寿命縮んだだろ俺。
「てことは、魔法も白百合で防げると」
さっきのが魔法だとしたら。それを防げていた白百合は、魔法ですら防げてしまうのだろうか?
俺が聞けば、白百合はいつもと変わらぬペースで答えてくれる。
『任せて。マスターには傷一つつけさせない』
マジで頼りがいあるな白百合。この言葉だけで、熱された俺の頭が一気に冷めていく。
冷静にやれば勝てる。白百合が全部守ってくれるんだ、どんといけばいい。俺はもう一度剣を構えて、ゴブリンシャーマンへと目線を向ける。
「よし……っ!」
普通のゴブリンと戦っていてもただ横槍を入れられるだけだろう。
まずは、ゴブリンシャーマンから倒す!
両手に持った剣を強く握り直して、俺は地面を蹴った。
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