18話

「というか……」

 戦闘が終わって冷静になると、見えてこなかったものが見えてくる。

「俺、全然疲れてないんだけど。前はフェンリルと戦った後ですら息が上がってたのに」

 明らかに、前と違って疲れていない。ゴーレムと戦ったときも、一旦戦場から離れてからは少し休憩を取らないと動くのがきつかった。

 まさか俺、戦いの中で成長したのか……!?

『それ、多分私の能力ね』

 なわけなかったわ。

 自らに芽生えた希望を粉々に破壊された俺は、特にうなだれたりはしない。何となくわかってたよ、精剣のおかげなんだろうなあって。

『というか、基本精剣持つだけで疲れにくくなるし、相当動けるようになるわよ』

「え、マジで?」

『ええ』

「白百合のときはそうはならなかったんだけど」

『さっき言ったでしょ、白百合は特例よ。白百合の場合は守りに特化してるから、守ってる間は相当疲れにくくなってると思うわ』

 そう言われて、今までの戦闘を思い返す。

 確かに、俺が白百合に操られて防御をしているようなときは、特に支障とか無く体を動かせてた気がする。そもそも常人離れした守り方ができていたのも、そういうバフのようなものが俺にかかっていたからなのだろう。

 単に白百合が守りに強いだけじゃなくて、そういうのが裏で起こっていたのか。

「なるほどなあ……」

 ちょっとは精剣に詳しくなってきたような気がしていたけど、どうやらまだまだらしい。

『普通の精剣は、持つと単純に疲れにくくなるわ。攻撃も、防御もね。どっちも白百合ほどの効果は持たないけど』

 白百合は攻撃の分も防御に寄せてるから、防御したときは疲れにくい。

 逆にそれ以外の精剣は、全体的にまんべんなく疲れにくい。突き抜けているものはないオールラウンダー型みたいなもんか。まあどちらにせよ相当効果は強いんだろうし、そんなに考えなくてもいいだろう。

 とかなんとか、俺が一人で考え込んでいると。

『それよりも、早くドロップ品を回収しましょ』

「あ、そうだった」

 言われて思い出して、ゴーレムが居た場所へと向かう。

 彼が粒子と鳴って消えていった場所には、レンガのブロックのようなものが残されていた。

「これがゴーレムの素材か」

 そのまま持とうと手を伸ばそうとして、そういや俺は両手に剣を持っているのだったと思い出す。

 どうしよ、どっちかに人状態に戻ってもらうか?

 俺が悩んでいれば、白百合はそれを察したようで。

『マスター、剣を腰に当てて』

「え? こ、こうか?」

 言われた通りに、俺は白百合を腰へと当ててみる。

 そうすれば、途端に白百合の周りに光の粒子が集まっていく。それが一瞬で鞘の形を作ったかと思えば、いつの間にか俺の腰へと白百合が鞘に収まった状態でくっついていた。

 最初に白百合と合う前、刀身を抜いて以来見ていなかった鞘に、謎の懐かしさを覚えてしまう。全体的な白に金色の装飾が施された、簡素ながら美しい見た目だ。

「うおお、すっげ」

 どういう原理なんだこれ。ベルトとかにくっついているわけでもなく、完全に謎パワーでドッキングしている。

『ごめんなさいマスター、言うのを忘れてた』

 白百合の申し訳無さそうな声色に、俺はいやいやと首を振る。

「全然大丈夫だよ、これが必要な状況になってなかったし。むしろありがとうな、白百合」

 お礼を言いつつも、内心では結構驚いている。こんな事できたんだ、白百合。

 と、リオが口を挟む。

『ちなみにだけどそれ、精剣ならできるわよ』

「マジで……?」

 言われてからすぐ、同じようにリオを腰に当てる。するとさっきと同じように光の粒子が形を作って、リオも鞘に収まった状態で腰に引っ付いてしまった。

 リオの鞘は、白百合と同じような感じで金色の装飾が施されている。違う部分といえば、やはり鞘まで燃えるような赤に染め上げられているところだろう。これはこれで綺麗だった。

 てか、マジじゃん。超便利じゃない? これ。剣状態で持ち運べないのって翌々考えたら結構不便な場面とか出てきそうだし、これ革命な気がする。

「これ、この状態だとさっき話してた疲れにくいみたいなのってどうなるんだ?」

 ふと湧き出てきた疑問に、リオが答えてくれる。

『私達が剣のままだから、継続してると思うわ』

 実質ドーピングみたいなもんじゃん。違うか? 違うか。

 どことなく感動を覚えつつ、俺は本題へと移る。ゴーレムのドロップ品だ。

 持ってみると、その見た目に違わず普通に重い。普通にレンガって感じの、ずっしりとした重みが腕にのしかかってくる。

 これを持って帰るってなったら結構疲れそうだが、俺には精剣のバフがあるから全然余裕だな。

「うし。それじゃ、これ持って帰るか」

『ええ。そうしましょ』

『お疲れ様、マスター』

 俺が言えば、リオが同意して、白百合が労ってくれる。

 一人増えただけだけど、ずいぶん賑やかになった気がするなあなんて思いながら。俺は帰途へと歩き出した。









 ギルドについて、フィオネさんへと声をかける。

「お、おかえり。どうだった?」

「いや、凄かったです。流石精剣って感じで」

 話しながら、手に持っていたゴーレムのドロップ品を、受付の上に置く。

「倒せたみたいだね、良かった良かった……」

 そう言っている彼女の目に、魔法陣が浮かんでいるのが見えた。

 この前金髪のお姉さんがやっているのを見たけど、あれと同じ感じだ。検査は怠らないよってことか。

『あんなに上手く行ったのは、相手が低ランクの魔物だったからよ。上位になってくるとそうはいかないわ』

 リオが注釈を入れてくる。

 とはいえ、とてつもない威力だったのには変わりないからなあ。そう心のなかで思っていると、それを察したのかリオが。

『ある程度の敵になってくると、過信は禁物よ。覚えておいて、マスター』

 本人が言ってるのだから、気をつけるべきなのだろう。しっかりと心に留めておかねば。

 ……と、いうか。

 こうやって今、リオの声が聞こえているわけだが、この声は周りの人には聞こえないんだろうか?

 目の前に居るフィオネさんの反応を見る限りでは、どうやら聞こえていないみたいだ。たしかに、俺自身も聞こえているというか、脳に直接声をかけられているような不思議な感覚なので、なんとなく合点はいく。

 脳内での声に、心のなかで一人疑問を解消していると。。

 フィオネさんがうん、と頷いて口を開いた。

「おっけー。じゃあこれで、マサヒトくんは冒険者ランクDだ。ランクアップおめでとう」

 ぱちぱち、と拍手を打つフィオネさん。

 なんか、ちょっと嬉しい。けど冷静に考えれば、この結果はほぼ精剣によるものである。

 ……まあ、それでも上がれたことは事実だし、ここは素直に喜んでもバチはあたらないか。俺もフェンリルくらいなら倒せる程度には成長してるしな!

「ありがとうございます」

「これからも期待してるよ。私からすれば、精剣を持った新人なんて期待のルーキーだからねえ」

 なかなか重い期待だな……。

「ところでさ」

 と、フィオネさんが急角度で話を変えてくる。

「白百合ちゃんとリオちゃんは? 二人だけ帰っちゃったの?」

 言われて、そういや腰に下げっぱなしだったと思い出す。

「いや、これはですね――」

 俺も今日知ったんですけど、と前置きした状態で説明をする。

 フィオネさんはいかにも興味深いといった顔をして、俺の話に耳を傾けてくれた。

「そっか、さっきから気になっては居たけど、腰のそれが……」

 なるほどねえ、と白百合とリオを交互に見る彼女に、俺は頷く。

「です。なんかタイミング無かったんで、このままなんですけど……」

「これも貴重な体験だから、このままでいいよ。私の声も聞こえてるんでしょ?」

「あ、聞こえてると思いますよ」

 と、フィオネさんが俺の腰元へ手を振る。

「また明日ねー」

『マスター、また明日、って言ってるって伝えてくれない?』

『私も、お願い』

 やはり、この状態では、二人が話す声は俺にしか聞こえないみたいだ。俺が伝言を頼まれるという時点でそういうことだろう。

「二人共、また明日って言ってます」

「……え、君は会話ができるの?」

「ああ、えっと会話と言うかなんというか……俺からの返事は口頭でしかできないんですけど、あっちからの声はこう、脳に直接聞こえてくる感じです」

「へええ……やっぱり精剣ってすごいねえ」

 感心したような口ぶりで、フィオネさんはそう呟く。

「ま、ここで長話しててもなんだしさ。君も疲れただろうし、今日はもう休みなよ。外も暗くなってきたしね」

 言われて、外を見る。

 俺がギルドについた時点で日が沈んできていた。今はもう、夜の暗さが目立ってきている。

 それに、フィオネさんが言ったように、なんだかんだ俺も疲れている。

 なんだろう、身体的な疲労は精剣の能力のおかげなのかあんまりない気がするけど、精神的な疲労というのだろうか?

 とにかく、疲れた。なんとなくもう寝たい気分なのだ。

「ですね。すいません、ありがとうございます」

「うん。ゆっくり休むんだよ」

 お疲れ様です、と俺はフィオネさんに頭を下げて、ギルドから出る。

 程よく冷たくて心地いい夜風に吹かれながら、腰に下げた精剣が揺れる音とともに宿へと歩いた。

 宿で、今度はしっかりとベッドが2つある部屋を借りる。お金には結構余裕があったし、この宿は意味わからんくらい安いので金銭面的な心配は特になかった。

 部屋に入って、俺がベッドに腰掛ける。と、一瞬閃光が走った。

「お疲れ様、マスター」

 人状態に戻った白百合が俺の横へと腰掛けて、見上げる。

「白百合もお疲れ様。助かったよ」

 お約束と言わんばかりに頭へと手を乗せれば、白百合は目を細めてそれを受け入れてくれる。

「リオもお疲れ様。リオが居なかったらどうなってたことやら」

 人状態に戻ったリオは、反対側のベッドに座って。

 フードを脱ぐと、赤いツインテールが揺れる。

「ありがとう。マスターの役に立てたみたいで嬉しいわ」

 リオは胸に手を当ててにこりと微笑む。

 ……なんか、改めてだけど。こうして同じ部屋に、つい最近出会った人、それも女の子が居るってのは、なんか不思議な感じがするな。

 そろそろ慣れるべきなのだろうか。この感覚は一生慣れない気もしないでもない。

 この感じから逃れるべく、俺は話を展開する。同時に白百合の頭から手を離す。透き通った白髪が揺れて、白百合は目を開けた。

「これから、どうしようかなって思ってるんだけど」

 目標はある。

 精剣を探したい。これは、まず第一。そのためにはなんだかんだお金が必要になるかもしれないから、クエストも受けたい。

 けど、なんか精剣を探す道標みたいなのがほしい。

「精剣がどこに居る、みたいなのはわかんないんだよな?」

 前に白百合にも聞いたけど、わかんないって言ってたよな。

「そうね」

 短く、肯定するリオ。

 まあそうだよなあ。そうは上手くいかんよなあ。

 そもそもこうやってリオを見つけられたことも、かなり運が良かったんだから。そう幸運が続くはずもなく。

「マスターが精剣を探したいって思ってくれているのは、私としても嬉しいわ」

 でも、とリオは話を続ける。

「正直、みんながどこに散らばってしまったのかは全く検討がつかない。私がたまたまここの近くに落ちてきたってだけで、もしかしたらもっと遠くに居るのかもしれない」

「でもそれって、例えば国を一つずつ回ってみるとか、そういうので探すことってできないか?」

 元々、どこそこ飛び回ればどっかで見つかるだろと思っていたんだけども。

 俺が話すと、リオは丁寧に説明をしてくれる。

「例えばだけど。私は、数百年もの間たまたま森の中から発見されなかったわ。だから、ああやってマスターと白百合にサインを送ることができた。けどもしかしたら、他の精剣達は誰かに持ち去られているかもしれない」

 ……あ。

 確かに、その可能性もあるのか。リオみたいに数百年も意識を保つのが難しい状態だったのなら、どこかに持ち去られてる可能性は普通にある。それがどっかの家の倉庫とかだったらもはやお手上げだ、見つけられる要素なし。

「そういや、この前白百合から聞いた話だけど、精剣って誰かに抜かれれば人状態になれるんだろ? なら、こっちから色々知らせを送る手段を考えて、こっちに来てもらえれば……」

「それ白百合、大事なとこ省いてるわね」

 え。一体何なんでしょうか。

「それ、誰でもいいってわけじゃないの。マスターみたいに、精剣の持ち主に相応しい人じゃないと」

 いかにも「あ、言うの忘れてた……ごめんなさい」みたいな顔をしている白百合がなんか可哀想可愛いので、大丈夫だよと頭をなでておく。……なんか、俺って白百合に対して相当甘い気がしてきた。この先大丈夫かな。大丈夫か。精剣二人もいるし。

「精剣の持ち主に相応しい? ……なんとなく理解はできるけど、それって俺は精剣の持ち主に相応しいって判断されたってことか? どういう基準なんだ?」

 前半部分は理解できる。けど、後半部分に関してはなんでだ? と思わず首を傾げてしまう。俺にそんな要素あったか? 色々と探してみるがそんな要素どこにもないように思える。

「それは……わからない。でも私達には何となく、この人だなって分かるの。それにそれは早々現れるものじゃない。それこそ、私や白百合が過ごした年月の間に、もし私達が見つかっていたとしても、果たしてマスターに相応しい人が居たかはわからないわ」

 理論は不明、か。まあ、精剣という不思議存在において、そのくらいあってもおかしくないんだろうか。それに、そんなに珍しい存在に俺を選んでくれたというのはそこそこ、というかかなり嬉しさを感じている節もあるし。

 まあその感情は置いといて。

 ……なるほどなあ。俺が考えた策はとりあえず全滅。

「先は険しいな……」

「でも、マスターは私を見つけたわ。だからこそゆっくりやっていきましょう」

 リオは優しい声色で話す。

「急いだって、危ない結果になりかねない」

「……たしかに、私もマスターを失うのはいや」

 白百合もこくりと頷く。

「わかった。二人がそう言ってくれるのなら」

 特に、白百合。

 彼女が可哀想だな、なんて思ったのが精剣を探そうと思ったきっかけだったりするので。

 白百合がそう言うのであれば、特に従わない理由もない。

「まあ、俺もそんなに急ぐつもりはなかったからな。ゆっくりやっていこうとは白百合とも話したから」

 ギルドマスターの目の前で保険をかけまくったのを思い出す。今思い出すと結構ダサいな。あれ。

「じゃ、それで決まりね。それでなんだけど」

 俺の発言に頷いたリオだったが、まだなにか話したいことがあるようで。

「なんか策とかあるのか?」

「いや、そういうわけじゃないの。ただ……」

 ちょっと迷う素振りを見せた後、リオは口を開く。

「魔王城に行ってみたいなって思ってるの」

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