17話

 窓から明るい光が差し込んできて、俺は目を覚ます。

 眠気眼を擦りながら立ち上がって、窓の外を見る。時間的にはまだ全然朝くらいって感じだろうか。

 ベッドには、白百合とリオが、二人で仲良く並んで眠っていた。柔らかいベッドの上で、気持ちよさそうな表情を浮かべている。二人共がお互いの手を繋いだままだったりするところを見ていると、、仲の良さを推し量ることができた。

 ……俺は結局、あの後備え付けの毛布一枚を地面に敷いて眠りについた。流石に全員で川の字というのは無理があろうというものだ。白百合と二人だったときは、多少はという感じだったけど、流石にリオとはちょっと。完全によくない。

 おかげで体が少々痛む気がするが、まあ、仕方のない犠牲である。

「おーい、朝だぞ」

 俺は肩を回しながら、二人を呼び起こした。









「おはよ、マサヒトくん」

「おはようございます、フィオネさん」

 ギルドに行けば、フィオネさんと昨日ぶりの再開。

「二人も、おはよう」

「おはようございます」

「おはよう、ギルドマスター」

 白百合とリオとも会話を交わして、フィオネさんは俺に向き直る。

「さあ、今日は前回のリベンジかな?」

「あ、はい。そのつもりです」

 前回のリベンジ、というのは勿論ゴーレムのことだ。

 この前戦ったときには、攻撃が通用しなくて普通に負けてしまった。けど今回はリオがいるから、簡単に負けるということはないだろう。

 少しくらい手応えはあっていいはずだ。

 この件に関しては、前もって昨日、宿で話をしておいた。ちらりとリオを見れば、頷いて返答を返してくれる。

 炎の精剣であり攻撃系、という白百合が教えてくれた情報には間違いはないらしく、俺は一安心と一息ついたのを思い出す。まあ、あの森でみた光景からして、炎の精剣という部分にはあらかた間違いはないのだろうとは思っていたけど。攻撃系というのは非常に大事である。

 何しろゴーレムには俺の攻撃は通らなかった。精剣の助けを借りられなければ、この前の二の舞いになることは目に見えている。

「りょーかい。じゃ、クエストを発行するから、気をつけていってらっしゃい」

「ありがとうございます。行ってきます」

 軽く頭を下げて、ギルドの出口へと歩く。

 炎の精剣で、攻撃系。

 それは確定だったが、能力の詳細については、まだ教えてもらっていなかった。

 リオ曰く、実践で覚えたほうが早いとのこと。

 心配もある程度ありつつも、俺の心の大半は、ワクワクと楽しみで満たされていた。








 二度目の来訪。

 遺跡は相変わらず静かで、物悲しい雰囲気を漂わせていた。石造りの建物だったのであろう残骸郡は苔むしており、風に吹かれたまま立ちすくんでいる。

「じゃ、私を剣にしなさい」

 遺跡に着くとすぐ、リオは俺にそう指示を出して、俺の方へと手を差し出す。

「わかった」

 ここはゴーレムの生息地。いつ出会ってもおかしくないのだから、前もって剣を持っておくに越したことはないだろう。

俺は頷いて、差し出された右手に右手を伸ばした。

 強く握る。

 柔らかい感触。若干の気まずさとドキドキが混在したような心情をなんとか押さえつける。

 見慣れた一瞬の光の後、俺の右手には、赤色の剣が握られていた。

「おお……こうして間近で見るとやっぱ綺麗だな」

 燃えるような赤と、豪華絢爛な金色の装飾。刀身が陽の光を反射して輝いているのが綺麗で、思わず声に出してしまっていた。

『それはどうも』

 脳内にリオの声が響く。この感覚にももう慣れたもんだな。

 そんなことを思いつつ、適当に剣を構えたり振ったりしてみる。大きさは白百合と同じくらいで、いい感じに扱いやすそうだ。

 ……まあ素人の感想でしか無いが。きっと勝手にやってくれるんだろう、白百合と同じで。

「マスター」

 と、今度は脳内からではなく、しっかりと外から話しかけられた。

 白百合は首をこくりと傾げて、俺を見上げる。

「私は、どうすればいい?」

「……あ、そうだよな」

 言われて気づく。リオのことばっかりで完全に忘却していた。

 白百合が居なければ、防御面が死んでしまう。まだスライムとかならどうにかなるかもしれないが、ゴーレムの攻撃を自力で受け止めるのは流石に無理だろう。

 俺には白百合が必要だ。けど、右手はもう埋まってしまっている。白百合も装備しなきゃ、流石に守りがやばい気がするんだけど……。

「あ。これって、2本同時に装備とかできないのか?」

 ふと思いついてそう聞けば、白百合は頷いて、リオは言葉で肯定を返す。

『ええ。できるわよ』

 できるのか。できちゃうのか。

 なんか勝手に、脳内でこういうのは2本持ちできないシステムみたいなので考えてたけど、そうでもないんだな。

 できるのならやるだけだ。俺は左手で、白百合の手を取る。

「白百合も、頼む」

 言えば、白百合は俺をじいっと見つめて。

「任せて。マスター」

 また、一瞬の閃光。左手には白く透き通った剣が握られている。もう見慣れた剣だが、やはりこれがあるだけで安心感が段違いだ。

「準備は万端だな」

 右手にはリオ、左手には白百合。

 攻撃の精剣と、防御の精剣。

 うん。なんかいける気がしてきた。

 足を踏み出す。しばらく歩みを進めながら、俺は右手の剣へと質問を投げかけた。

「それで、結局リオってどういう能力を持ってるんだ? 白百合みたいな感じで、勝手に攻撃をやってくれるのか?」

『白百合は特例よ。基本的には、精剣は攻撃の補助をするのが普通なの』

「え、そうなのか?」

 白百合が特例? マジ?

 まあ確かに、勝手に攻撃までやってくれたらなんというか、なんかあれな気がするのは確かではある。

『そ。だから、白百合と他の精剣は別物として考えなさい。基本精剣は攻撃の補助。いい?』

「あ、はい。了解です」

 頷けば、リオはよろしいと話を続ける。

『それで、私の能力だけど。昨日言った通り、実際に体験したほうが早いと思うの』

「……いやそれは十分わかっているんですけれども、流石に事前情報くらいは教えてほしいなって」

『ほら、前の建物』

「え?」

 言われて、目の前の建物に注意を向ける。

 他のものと同じ、崩れかけた残骸。所々が崩れていたりと崩壊しかけのそれをよく注視すると。

 その後ろに、何かが見える。

「うお……見えにくくて気づかないところだった」

 その巨体は、悠々と立ち上がる。重い音を立て、土煙を起こしながら、俺の前へと歩いてきた。

 思わずこわばりそうになる体をなんとかなだめて、俺は両手に握る剣を前方に構える。

「今度は倒すぞ、ゴーレム……!」

 ゴーレムに向けて言い放つ。

 ゴーレムの顔にある暗い窪み。その奥にある赤い目が、俺を捉えた。

「オオオ……ッ」

 大岩のような巨体から発せられた低い唸り声が、辺りの空気を震わせる。どこかから、建物が崩れるようなガラガラとした音が聞こえてきて、思わず足がすくんでしまいそうになる。

「それで、どうすれば?」

 不安をかき消すように、俺はリオに声をかける。

『簡単よ。ただ、詠唱をするだけ』

「詠唱?」

『ええ。と言っても、短い単語のようなものだけど』

 詠唱。

 詠唱と言えば、魔法を唱えるときに言うようなあれか? ラノベやアニメとかで見たことがあるし、なんならリオがそんなことをやっていたはずだ。

『私の後に続いて唱えて』

「あ、ああ」

 俺が頷けば、リオは熱がこもったような声色で、言葉を紡いでく。

『目覚めよ、炎の精剣』

 それが、詠唱というものらしい。確かに短い単語だな。

 リオと白百合の持ち手をしっかりと握りしめて、俺は口を開く。

「目覚めよ、炎の精剣」

 直後。

 炎が舞い上がった。



――――ゴウッ!!!!



「うおっ!?」

 突然、視界の中に音を立てて現れた豪炎に、何事かと目を向ける。

 リオの炎のような赤い刀身が、比喩ではなく本当に燃えていた。

 真紅の炎を身にまとったそれは、メラメラと音を立てて刀身全体を覆っている。周りの空気が歪んで見えるほどの高温に、俺は思わず手を離してしまいそうになった。

『落ち着いて、マスター。マスターには影響はないわ』

 言われて、冷静さを取り戻す。

「いや、わかってる……すごいなこれ」

 炎は、確かに目の前で燃えている。にも関わらず、俺自身には特に影響は無さそうだった。離さずとも普通になんともない。熱く感じることは感じるのだが……。

 これも精剣の力というやつか。森で見た炎を、なんとなく思い出す。

「これがリオの能力か」

 事前に聞いていた炎の精剣というイメージ。それに、攻撃系の精剣であるという情報。その2つと、目の前の光景が完璧に一致している。

『私の能力はこれだけよ。後はマスターが攻撃をするだけ』

 なるほど。リオの言葉に俺は頷いて、剣先をゴーレムへと向ける。

 攻撃の補助ってのはこういうことか。確かに、この状態の剣に攻撃されればひとたまりもなさそうだ。

『後は頼んだわよ、マスター』

 言われて、俺はあえて大口を叩く。

「任せろ!」

 やはりゴーレムと相対すると、その大きく岩壁のような体に威圧されてしまう。

 だからそれを、自分の中の不安をかき消すように。

「はあああっ!!!」

 俺は全速力でゴーレムへと駆け出す。

「――グオオオオオッッッ!!!」

 自らを刺す敵意に気づいたのだろう、ゴーレムはその巨体を震わせて大きく吠える。

 それと同時に、右腕を大きく振り上げた。

 砂塵が舞い上がる。

 一瞬、ビビって目を閉じそうになって、耐えた。足を止めずに、俺は前へと進み続ける。

『マスターには触れさせない』

 白百合がそう言い放った直後、俺の体は操られているかのように動き出す。

 左手に握られた白百合の刀身が、前方へ斜めに構えられた。

「オオオオオ……ッッ!!」

 振り下ろされる右腕に対して、白百合の刃が触れる。

「うおおっ!?」

 岩肌を削るような感触。耳をつんざくような鋭い音が辺りに響き渡る。

 それをもろともしない動きで、俺の左腕は冷静に白百合を下へと振るった。

 まるで魔法でも使ったかのように、ゴーレムの巨大な右腕を完璧にいなして地に叩きつける。

『久々に見たけどやっぱりすごいわね、白百合』

 地面に着地してしまったゴーレムの腕。この状況に、リオは声を漏らす。

 リオの言葉に、俺も同じだと相槌を打ちたい気分だ。けど今はそれどころじゃない。

 これは明らかに好機だ。相手は明らかに体制を崩している。前戦ったときもそうだったが、こいつは隙がそこそこあった。

 行くしかない!

「うおおおお――ッッッ!!!」

 全力で駆ける。必死に足を回して、ゴーレムの超至近距離まで潜り込んだ。

 そのまま、俺は右腕に力を乗せて勢いよく振り下ろす。握られたリオが炎の軌跡を描いて、ゴーレムの体へと切り込んでいった。

「グオオオオオッッッ!!?」

 ゴーレムが大きく悲鳴を上げる。

 灼熱の刃は、いとも簡単に大岩へと刃を潜り込ませていく。勢いをつけて剣を振り抜けば、燃え盛る炎は容易くゴーレムの体を切り払う。

 一撃。

 たった一振りで、俺では全く攻撃が通らなかったゴーレムの体へと大きく傷をつけてしまった。

「すっげえ……」

 敵の目の前で、思わず声を漏らしてしまう。

 すごい威力だ。これが、精剣の力。白百合とは別ベクトルでとんでもなさを感じる。

「グゥオ……オ」

「うおっ!?」

 ゴーレムが唸った。俺は急いでそこから飛び退く。

 だが、どうやらその必要はなかったようで。

「オオオ……」

 力なくその巨体は倒れ込み、粒子を散らして消えていく。一度は倒すのが不可能だと思えていたほどの敵であったゴーレムは、精剣による一太刀で完全に沈んでしまった。

「一撃かよ」

 自らの持つ精剣の威力に、自分で戦々恐々としてしまう。

 物凄く、分かりやすく強かった。これが、攻撃系の精剣。炎の精剣であるリオの力か。

『ね、実際に体験したほうが早い、って言ったでしょ?』

 脳内で響くリオの声に、俺はもはや頷くことしかできなかった。

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