14話

 俺がなにか言おうと口を開く前に、白百合が駆けて飛び出していく。

「リオ姉!」

 抱きついてきた白百合を、彼女は柔らかく抱きとめた。

「久しぶり、白百合」

 懐かしむように、お互いを抱きしめたまま。

 しばらくすると、二人は腕を解いた。

「白百合は元気だった?」

「うん。リオ姉も、元気そうで良かった」

 そっか、と赤髪の少女は微笑んでから、俺へと視線を移してくる。

「こんにちは。新しいマスターさん」

「あ、こんにちは」

 つられて、俺も言葉を返す。

 彼女は自分の胸に手を当てると。

「私はリオ・グロウリィ。さっきも言ったけど、これからよろしくね」

 自己紹介をしてから、軽く頭を下げた。ツインテールがふんわりと揺れる。

「俺は、保坂雅仁って言います。こちらこそよろしくお願いします」

 俺も、例に習って会釈を返す。

「見つけてくれてありがと。わざわざ森まで燃やしたかいがあったってもんね」

 彼女は今もなお燃え続けている樹木を見渡しながら、そんなことを話す。

「あ、やっぱ意図的にやってたんですね」

 俺が問えば、彼女は首を縦に振った。

「ええ。私が動けるようになるには、とりあえず、誰かに気づいてもらわないといけなかったから」

 白百合の言った通りらしい。

 頷きつつも、気になっていたことを質問してみる。

「リオさん……で、いいですかね。リオさんは、なんでこんな森の中に……?」

「ええ、大丈夫。それに関しては、私もよくわからないってのが本音なのよね」

 あれ。思っていたのと違う回答だ。

 てっきり、なにか意図があって森の中にいたのかと思っていた。

「リオさんの意思ではなかったってことですか?」

「そ。マスターは、前のマスターのこと知ってる?」

「多少はわかってると思います、白百合からも話を聞きましたし」

 聞かれて、俺はそう返す。

 リオさんは頷いてから、話を勧めていく。

「私たちは魔王との戦いの最後に、魔王によって散り散りされたわ」

「あ、それは聞きました。魔法でどうのこうの、みたいな」

「そうね。それで、私はこの森に吹き飛ばされてきて、さっきまで突き刺さってたとこに落ちてきたの」

 なるほど。

 俺はこくりと相づちを打つ。

「初めは、意識を保つことすらできなかった。多分、魔王の魔法が作用したんだと思うんだけど」

「しばらくはそのままだったってことですか」

「うん。多分、何百年とね。けど、それが最近になって一気に弱まったの。理由は不明だけど、私はそれに乗じてこういう行動を起こしたってわけ」

 こういう行動、というのは、この山火事のことだろう。

 それに、何百年という数字は、どうやら白百合と同じような感じらしい。

「私の状態が改善されたってことは、もしかしたら他の精剣達も同じ状況になってるかもって思ったのよ。その中には、動ける精剣が居たりするかもしれないし、もしくはマスターが直接迎えに来てくれるかもと思ったから」

 リオさんは白百合と俺を見て。

「どっちも大当たりだったわ」

「なるほど……なんか、思ったより大事でした」

 俺が言えば、リオさんも。

「ええ。とは言っても、原因はさっぱりだけどねー……」

 肩をすくめてから、リオさんは続ける。

「まあ、こうしてあなた達と合流できただけで十分かな」

「役に立てたみたいで、よかったです。それに……」

 俺たちの話を、下から見上げながら聞いている白百合。

 その表情には喜びや安堵が見える。

「白百合も、もしかしたら精剣が見つかったかもしれないって話になったとき、すごく喜んでましたし」

 俺が言えば、リオさんは白百合を抱き寄せる。

「私だって、すごく嬉しいわよ!」

 そう言って、彼女は目を細めて。

「こうやって抱きしめられるのも、数百年ぶりなんだから」

 笑顔で、嬉しそうに話した。

 むぎゅ、と腕の中に収まった白百合が、その状態のままリオさんを見上げる。

「リオ姉、くるしい……」

 そういいつつも、嫌そうな雰囲気は微塵も感じ取れない。むしろ嬉しそうだ。

 数百年ぶりの邂逅、魔王との相打ちによって散った仲間との再開。そんな、ただの一般人には想像もできそうにない現実。

 俺はそれを、暖かな気持ちで見守っていた。










 しばらく時間が立ち。

 魔王によって散り散りされた後どうしていたのか、とか。いくつかの話に花を咲かせていた二人は、どうやら一段落ついた様子だった。

「あ、そういえば」

 もともとの、成さねばならない目的を思い出す。

「俺達、この山火事をどうにかするってクエストを受けてここまできたんです」

「あ、クエストで来た感じだったのね」

「はい。それで、クエストの内容が、原因の究明と消火だったんですけど」

 原因の方に関しては解決したとして、消火はまだ完了していなかった。

 一呼吸おいて、俺は話を続ける。

「なんで、この火をどうにかしたいんですよね……」

 俺が言えば、リオさんはツインテールを揺らしつつ、こくりと首を縦に振る。

「できるわよ」

「マジですか。すいません、お願いします」

 俺が頭を下げれば、リオさんは腰にかけてある本に手をかける。

「ええ。任せて、マスター」

 リオさんにマスターと呼ばれるのにはまだ慣れないな。

 とか思いながら、何をするのだろうかと行動を見守る。

 本の表紙には、大きく、金色の魔法陣が書いてあった。リオさんはそれを手に取って、開く。

 両ページには、これまた魔法陣が書いてある。一体どういう意味が含まれているのかは分からないが、ただ、それが非常に重要な役割を持つことくらいは、俺にでもわかった。

 リオさんは器用に片手で本を持ち、空いた右手を前に突き出す。

「消えよ、我が炎」

 そう唱えた直後、リオさんの立つ地面に、大きな魔法陣が現れた。

 複雑な図形が幾重にも重なって構築されているように見えるそれが、次は金色の光を放ちだす。

 まるでスポットライトの中心にいるかのように、リオさんはまばゆい光に包まれる。光の中で、リオさんが前に突き出した右手を閉じ、握りしめた。

「うおお……」

 思わず声が漏れる。

 あんなにも燃え盛っていた炎が、いきなり勢いを弱めていったからだ。木々を燃やす炎は、まるで何事も無かったかのように消え去っていってしまう。

 炎が火へ、火が火種へ。

 気がつけばもはや周りに炎は無い。そこが燃えていたのだと語るのは、葉を落とし項垂れた木々達だけだった。

 リオさんは辺りを一瞥してからぱたりと本を閉じる。それと同時に魔法陣も消え去っていった。

「すごいですねこれ」

 俺が言えば、リオさんは自慢げに胸を張ってふふんと笑い。

「私、魔法は得意なの」

 ツインテールが、炎の残滓のように揺れていた。

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