13話
どれくらいの時間を歩いていただろうか。
道中、2体ほどフェンリルが現れたせいで、そこで体力を奪われてしまった。まあ言うて、白百合を構えているだけで弾いてくれるので楽っちゃ楽なんだけど。
ポケットには2本の白い牙が戦利品として入っているのだが、これ、どうすればいいんだろ。ギルドとかで買い取って貰えたりすんのかな? 俺クエスト受けてないから無理だったりするんだろうか。
「マスター、あれ」
流石に疲れ始めていた俺をぽんぽんと叩いて、白百合が前方を指差す。
「お、おおお……!」
その方向へと目線を移せば、そこには確かに、燃え盛っている炎が見えていた。
思わず、走って近づく。
本当に、森が燃えている。燃えているのだが、ある所からはそれ以上火が燃え広がらずに留まっている。隣り合った火と草は、そこから動く様子を見せていない。
その光景が何とも異質で、思わず声が漏れてしまっていた。
「見た感じ、確かに普通の山火事とかでは無さそうだな」
燃えている木と燃えていない木が隣り合わせに立っていて、まったく燃え移る気配すら見せない。火花が飛んで葉に当たっても、少し傾くだけで意にも介していない様子。
どういう原理なんだ? これ。
「マスター」
目の前の情景に目を奪われていると、後ろから白百合が俺の手を掴む。ひんやりとした手が少し心地いい。
「私を、剣にして。何かあった時のために」
「あ、確かにそうだよな。忘れてた」
頼む、と白百合の手を強く握れば、彼女はいつもの剣状態へと変化する。
もういい加減この感じにも慣れてきたな。なんなら、もはや手に馴染んできたまである。実家のような安心感というものだ。
『魔物が居ない保証はない。気を付けて、マスター』
「分かった」
白百合の忠告に頷いて、剣を軽く構える。白い刀身が、炎を反射して赤く染まっていた。
「じゃ、行くか」
『うん』
炎が途切れているところから、中の方に侵入する。
熱気を浴びながら、俺達は歩みを進める。
「暑いけど、耐えられないほどじゃないな」
焦げた草を踏めば、炎の音に混じってかさりと音を立てる。
この様子じゃ、フェンリルとかもいなさそうだな。もしここで戦うことになったらと一瞬思ったけど、その心配はしなくてよさそうだ。
そうすれば、思考は自ずと別の部分へと移っていく。
「……にしても、さ」
『マスター?』
「いや、なんでそのリオっていう精剣は、森を燃やすなんてことしたんだろうなって」
何の理由もなく森を燃やすなんて行動に出るとは考えづらい。しかも、わざわざ一定範囲以外は燃えないようになっているし。
『……これがリオ姉のしたことだったら、もしかしたら私たちに向けた合図なのかもしれない」
少し間があいて、白百合は俺の疑問へと返答を返す。
「合図?」
『うん。分からない、けど……』
合図。俺達に向けた合図か……。
「こういう不思議な現象を起こして、自分がここにいるってことを俺達に気付いてもらおうとしたってことか?」
『うん』
「でもさ、そんなことする必要ってあるか? 精剣って人になれるんだし、普通に俺らを探すだけでいいんじゃ……?」
歩みを進めつつ、俺は疑問をぶつけてみる。
『精剣は、持ち主に剣を抜いてもらわないと人にはなれないから、それはできない』
「え、そんなルールがあったのか」
『うん。前のマスターが死んでしまったから、また誰かに抜かれるまでは、精剣は人の状態にはなれないと思う』
なるほどな。
自分はその場から動けないから、こうしてアピールするしか方法が無いのか。
「……となると、俺としてはなんでこんな森の中に精剣があるのかって言うところも、気になってくるんだよな」
『ごめんなさいマスター。私にも、それは分からない……』
「ああいや、いいんだ。ごめんな、質問ばっかして」
それに、そういうのは本人に聞けばいい話だしな。
そんなことを考えながら、暑さに耐えつつしばらく歩く。汗が頬を伝ってきて、俺は服の袖で頬をぬぐった。
※
いくらか歩いただろうか。
マジで暑いなあとか考えていると、剣を持つ手が汗で滑りそうになって、俺は慌てて上手く持ち変える。
俺が一人で焦っていると、頭の中に白百合の声が響いてきた。
『マスター、あれ』
声につられて、俺は顔を前に向ける。
そこだけ森ではなく、草一つない地面が露出した空間。そこに、一本の剣が突き刺さって立っていた。
「あれが……?」
燃え盛る炎のように真っ赤な刀身に、豪華絢爛な金の装飾が施されており。その姿は、燃え盛る森林を背景にしているからか、明らかに浮いて見えた。
『間違いない。あれは、リオ姉』
白百合が確信を持った声色で言う。少し声のトーンが高いような気がするのは、気のせいではないだろう。
と、突然の閃光。何か言うでもなく白百合は人型に戻って、俺より先に走り出す。
「ちょ、白百合!?」
驚いて声を上げれば、走りながらもこちらを振り向いて。
「マスター、はやく!」
白百合は、焦っているような、笑っているような表情で俺を急かす。
それが精剣だったということが、本当にうれしいのだろう。
……そんなこと言われたら、やる気を出さないわけにはいかないじゃねえか。
「よおし……っ!」
若干疲れだしていた体に鞭を打ち、俺も走り出してみる。
たった数メートルの距離を、足を必死に動かして駆け抜ける。
なんか、小学校とかでやった、マラソンの最後の方を思い出すな。体力が限界で、でももう少しでゴールだから頑張らないと、っていうあの感覚。まあ、あのレベルで辛いわけではないのだが。
……ほんと辛かったなあれ。マジで嫌だった。できれば思い出したくなかったかもしれない。
「マスター!」
白百合は案外足が早いらしく、あっという間に精剣の横に立って俺の方に手を降っていた。
少し遅れて、俺も剣のもとに到着する。
ファンタジーでよく見るような、有り体に言えばめちゃくちゃかっこいい見た目のそれ。
「間近で見ると、なんかオーラがすごいな」
なんというか、只者ではないという雰囲気を感じるというか。いや、雰囲気だけなんだけど。なんとなくでしかないんだけども。
ちらりと横を見やれば、白百合が俺をじっと見つめていた。
目が、キラキラと輝いている。ような気がした。
「……うし。じゃあ、やるか」
白百合も待ちきれないのだろう。そりゃそうだ、だってこれは、何百年と離れ離れになっていた仲間との再開なのだから。
俺が声をかければ、白百合も頷いて。
「うん。マスター、お願い」
任せろ、と俺は目の前の剣へと向き直る。
俺自身も、心臓が高鳴っているのを感じていた。なんか緊張してきたな。今流れている汗も、単に暑さによるものではないのかもしれない。
震える感情を抑えつつ、俺はその剣へと手を伸ばした。
「…………」
柄の部分を握れば、存外、冷たい感触が手に馴染む。
ひんやりとしていて気持ちいいな、なんて思いながら。
「おい、しょっ……と!」
剣を、思いっきり上へと地面から引き抜いた。
――――瞬間。
『ありがと、マスター』
聞いたことのない声だ。
高く、可愛らしく、けど強い芯があるような声が、脳内に響く。
そして、一瞬、視界が閃光で塗りつぶされる。思わず目を瞑れば、ぼやけた光が徐々に収まっていくのがわかった。
「リオ姉!」
白百合の嬉しそうな声が聞こえて、すぐさま俺も目を開ける。
いつかの出会いのように。
そこには、女の子が立っていた。
腰辺りまである赤く長いツインテールが、背後で燃える炎と共に、柔い風に吹かれてゆらゆらと揺れる。
まるで魔法使いかのような黒っぽいローブを身にまとっており、腰には分厚い本がかけられている。
彼女は、そのフードを脱いで、俺の目を真正面から見つめる。
「これからよろしくね。マスターさん」
赤い瞳が、炎のように爛々と揺れていた。
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