12話

 精剣。

 確定じゃないにしろ、まさかこんなに早く情報を得られるとは……!

「私としては、すごく興味があるんだよねえ」

「……俺も、気になります。もしそれが本当なら、白百合の知り合いかもしれないし」

 言ってから、気付く。

 白百合はさっき、なにやら心当たりがあるような表情をしていた。

「白百合は、なにか知ってるか?」

 そう聞けば、ノータイムで頷いて、白百合は口を開く。

「知ってる。多分、リオ姉」

 懐かしむような声色。

 白百合は少し俯いて、何かを思い出すようにそう言った。

「リオ? それがその、精剣の名前なのか?」

「炎を扱う精剣。私が知ってる中では、リオ姉しかいなかったと思う」

 フィオネさんはその言葉にうなずく。

「ある程度の確証はあるみたいだね」

「そのリオさんって、白百合と仲が良かったのか?」

 白百合はこくりと首を縦に振る。

「前のマスターの頃、一緒に戦ってた。お姉ちゃんみたいで、優しかった」

 魔王との戦いの後精剣は散らばり、以降、白百合は誰とも会えずに一人だった。

 だからだろうか。白百合と繋いでいる手は、か弱い力ながらも少し、痛かった。

「そっか。なら、会いに行かないとな」

 チャンスがあるならやるべきだろう。というか、やらない選択肢とかそもそもないし。

 フィオネさんの目を見る。彼女は、待ってましたと言わんばかりに頬を緩ませた。

「しかもさ、その精剣次第じゃ、君の戦力アップにもなるかもでしょ?」

「……あ、確かにそうですね」

 言われて気付く。精剣が増えれば連鎖的に俺も強くなっていくのだから、より行かない理由は無くなったな。

「なあ白百合、そのリオっていう精剣は、どんな感じの精剣なんだ? ほら、白百合って守りに特化した精剣だろ? 炎って言うと攻撃系みたいな感じがするんだけど」

 聞けば、白百合はすぐに答えてくれる。

「うん。私みたいな守りの精剣じゃなくて、攻撃系の精剣だった」

「そっか。じゃあもしその精剣が手に入れば、ゴーレムとも戦いやすくなるな」

 今の俺じゃあ、ゴーレムには歯が立たない。

 どうすればいいのかと思っていたが、もしそのリオという精剣を手に入れることができたら、一気に楽になりそうだ。そういう意味でも、クエストを受ける価値は大いにあるだろう。

「よし。じゃあ、今から行ってきなよ――って言いたいところだけど。今日はもうそろそろ日が暮れるし、出発は明日かな」

 ギルドの入り口や窓から差し込む光は、弱弱しく俺達を照らしている。

 その森までの距離は分からないが、今から出発しても、着くころには辺りは暗くなっているはずだ。冒険者として初心者も初心者な俺だが、それでも夜中にクエストに行くってのが危険だってことくらいは何となくわかる。魔物と戦闘するにしても、そのリオというらしき精剣のところに行くにしても。明るい昼間に行くのに越したことは無いだろう。

 それに何より、今日はフェンリルとゴーレムとの戦闘で結構疲れてしまっている。白百合には申し訳ないが、その森までたどり着けるだけの体力がある自身が無い……。

「マスター、無理はしないで」

 俺が考えていることを察しているのか、白百合は俺を見上げてそんなことを言う。

「私は、マスターがとても大事。休息も必要」

「ああ。ありがとう、白百合」

 心配してくれる白百合を見ていると、何とも言えない感情に襲われる。

 思わず、白百合の頭に手を乗せて、撫でてしまった。

「……あっ、ごめん白百合」

 なんか、慰めたい、じゃないけど。勝手に手が動いてしまった。こういう扱いをされるのは嫌だろうと、手をどかそうと動かす。

 が、白百合は目を細めて、呟く。

「前のマスターも、リオ姉も。みんな、こうしてくれた」

 嬉しそうな彼女を見て、俺はどかそうとした手をそのままに、頭を撫でた。

 透き通るような白髪が、滑らせた掌に触れてさらさらと音を立てる。白百合は嫌がるそぶりを見せずに、ただ、嬉しそうに微笑んだ。

「まあ、今日は休みなよ。白百合ちゃんの言う通り、冒険者にとって休息はとても大事な要素だ。体が資本だからね」

「はい、そうさせてもらいます。いろいろ、教えてもらってありがとうございました」

 頭を下げてお礼を述べる。

「良いんだよ。というか、私も精剣を見てみたいしね。昔から、勇者の話を聞くたびに思ってたんだよ。精剣を見てみたいなあって」

 フィオネさんは嬉しそうにそう話す。

「いやあ、すごいことだよこれは。もし噂が本当だったら、私にも見せてね? 勿論剣の時の状態も!」

「はい、勿論です」

 俺が頷けば、フィオネさんも満足そうに頷いて笑う。

「ありがとう。じゃ、また明日ね。白百合ちゃんも、バイバイ」

 フィオネさんが手を振る。白百合も、返すように手を振った。

「うん。ありがとう、ギルドマスター」

 それを見て、俺ももう一度軽く頭を下げる。

「ありがとうございました。また、明日」

「うん。ゆっくり休みなよー」

 白百合の手を引いてギルドから出る。冷たくなってきた空気が、頬を撫でて通り過ぎていった。

 もう沈みかかっている夕日を見ながら、俺達は宿へと歩いた。











 昨日の疲れからか、大体昼前くらいまで寝てしまっていたことに気付いたのは、寝ぼけた目を擦りながら窓の外を眺めた時だった。

 まあ、フェンリルと戦って、ゴーレムと戦って、と一日で二体の魔物と戦ったわけなのだから、疲れて当然か。別に早く起きないといけないわけでもないわけだし。

「白百合、朝だぞ」

 まあ、朝と言えるか微妙なラインだけども。

 相変わらず整ったままの綺麗な白髪を揺らして、白百合は起き上がる。

「……おはよう、ますたー」

「ああ、おはよう」

 ふらふらとベットから降り立つ彼女の手を引いて、さっさと朝飯を食べ支度をする。

 昨晩、風呂場で手洗いした服に袖を通せば、柔らかい香りが辺りに広がった。……洗濯機が無い生活がこんなに不便だとは思わなかったな。まあ、流石に汚れた服をそのままにしておくわけにはいかないし、仕方が無いことなのでこれからも手洗いするんだけど。なんか魔法とかで、一発で綺麗になったりしないんかね。

 その点、白百合は羨ましいなと思う。だって風呂入んなくても服洗わんでもめっちゃ綺麗だし。こんなことを言うのは若干気持ち悪いかもしれないが、近くにいると普通にいい匂いがする。うん。変な意味ではない。

「マスター?」

 白百合が首を傾げる。

 やばい、無意識に目線を白百合の方向に向けてしまっていた。

「いや、なんでもないよ」

 大嘘をつきつつ目線を逸らせば、不思議そうな顔をしつつもそれ以上は追及してはこなかった。

 ……変なことを考えてないで、さっさとギルドに行かねば。

「そろそろ行こうか」

 言えば、白百合も頷いて。

「うん。マスター」

 いつも通りに白百合が手を繋いでくる。俺達はそのまま宿を出て、ギルドへと歩いた。

 何となく空を見上げると、雲一つない快晴が広がっている。

 いい天気だ。せっかく新たな精剣に会いに行ける日に雨だったらどうしようかとか思ってたけど、杞憂だったな。……まあ、噂なのだからあんまり期待しすぎるのもあれな気がするが。

 そんなどうでもいいことを考えながら歩けば、時間はすぐにすぎるもので。あっという間にギルドへと到着した。受付に歩けば、俺達に気付いたフィオネさんがおはようと手を振って対応してくれる。

「調子はどう? 体調不良とかない?」

 親みたいな質問だなとか思いながら返答をする。

「はい、大丈夫です」

「そか、それは良かったよ」

 言いながら、彼女は一枚の紙を取り出した。それをのぞき込むと、昨日見たそれと同じクエスト内容が書かれたものだった。

「まあ、概要は分かってるよね? 消火と火災の原因究明。噂通りそれが精剣であるなら、どちらも一緒に解決できる」

「はい、分かってます」

「よろしい。んで、噂が大嘘で全然精剣とか関係なかったら、そのまま帰ってきちゃっていいから」

 俺が首を縦に振れば、フィオネさんは満足そうに頷いた。

「うん。じゃあ、行ってらっしゃい。隣町までの道は、こっから見て東の方に歩けばすぐわかるよ」

「分かりました。……色々ありがとうございます、ほんと」

「いやいやいいんだよ」

 分かんないことあったら何でも聞いてね、とフィオネさんは陽気に笑う。

「それじゃあ、行ってきます」

 頭を下げれば、フィオネさんも片手を振って返してくれる。

 受付へと背を向けて、白百合とギルドから出る。なんとなく、白百合に話しかけてみる。

「楽しみだな。なんか、ワクワクしてくるよ、俺」

 新しい精剣。どんな能力を持っているのだろうとか、剣の見た目はどんな感じなんだろうとか、戦闘力が向上すれば、ゴーレムとも戦いやすくなるだろうかとか。そういうのを考えると流石にテンションが上がってくる。大型アップデートの前日とか、新キャラの情報が解禁される配信の一時間前とか、その時と同じような感情になっている気がするな。

 長々と語ってしまったが要するに、クソほど楽しみってことだ。オタクにしか通じない例えだが。

 それに、精剣と言うからにはやはり人型の状態も存在するわけで。……気が合う人だといいけど。そこはちょっと心配な気もしないでもない。

「私も、楽しみ」

 白百合がそう言って、俺の方へと向き直る。

「リオ姉に、久しぶりに会えるかも」

 白百合の明るい声色に、一瞬だけ言葉に詰まる。

 あくまで噂だという話だ。本当かどうか確証がないわけだから、期待しすぎるのもよくない……んだけど。

「……ああ、そうだな」

 わざわざ言わなくても良いか。俺が言わんでも分かってるだろ。彼女は何百年も生きている、人生の大輩なわけだからな。

 まあ、正直可愛い女の子にしか見えないので、威厳とかは特にないんだけども。悪口とかではなく。

 ……ただまあ、白百合が悲しむところは、あんまり見たくないな。噂が本当だということを信じていることしか、今できることは無い。

 心の中で、いつかに出会った神のような存在に祈りつつ。

 俺と白百合は歩みを進めた。

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