11話

 俺が走り出すと、ゴーレムは体を震わせて俺へと向き直る。

「グオオ……」

 小さく、低い唸り声を漏らしたゴーレムが、その巨躯に見合う大きさの右腕をゆっくりと振り上げた。

 カラカラ、と土くれが地面に落ちて音を立てる。緊張してこわばってしまう体は、俺の意思とは無関係に、手に持った剣を水平に構えた。

『マスター、準備して』

 頷いて、できるだけ冷静にいられるようにと精神を落ち着かせる。

 本能的な恐怖が湧き立てられるほどの怒号が響いて、巨石の腕が俺へと打ち出された。

「オオオッ!!」

 風を押しつぶしているような重圧を全身に感じる。

 だが、白百合を持った俺の体は全くよろめかない。右腕が勝手に動いて、刀身を斜めに倒す。

「うお……っ!」

 石の腕と刀身がぶつかって、激しく音を立てながら横方向へと受け流す。俺の体から数センチの位置を通り過ぎた腕を横目に、俺は目の前のゴーレムへと集中する。

 殴った勢いで姿勢を崩し、すぐには動けないであろう体制だ。明らかにチャンスだとはっきり分かる。

 行くしかない。

 体を前のめりに、巨躯へと接近する。近づいてくるゴーレムの体にビビってしまうが、もはやそんなことを言っている余裕はない。

 その勢いのまま、石の体に思いっきり剣を振り下ろす。

「おらあっ!!!」

 瞬間、右腕に有り得ないほどの衝撃が襲う。

「だあああっ!? いってえ!!」

 まるで石にシャベルを叩きつけたときのような、あのジーンとする感覚……というかまさにそれだ。

 まったくと言っていいほど攻撃が通っている気がしないし、むしろ俺が反撃を受けてしまっている。

「オオオ……ッ!」

 俺がぐだぐだと手間取っている間に、ゴーレムは体勢を立て直そうとしていた。

 下方向から、アッパーのように左腕が振り上げられる。だが、眼前に迫ったそれは、右手に握られた白剣に綺麗に受け流される。

「うおおおっ!!?」

 甲高い衝撃音が鳴って、腕は俺の真横へと逸れて飛んでいく。当たればひとたまりも無かったであろうそれは、だが俺にはなんのダメージも与えられていない。

 ゴーレムはまた、攻撃によって体制を崩しているようだった。

 なるほど。こいつはどうやら、攻撃が遅めかつ後隙が大きいらしい。その代わりに威力が高い攻撃をしてきてるんだろうけど、白百合がいればなんの関係もないな。

 俺はまた、ゴーレムへと一歩踏み出す。初めはビビってしまったものの、白百合はなんの支障もなさそうだから、安心して攻撃へと転ずることができる。

 やはり白百合は異世界にて最強。

「だあっ!!」

 右上から、切り払うように振り下ろす。


 

――――ガキン!!



 だが、ゴーレムには傷一つつかない。

「くっそ、硬すぎだろ……っ」

 思わず、敵の目の前で呟いてしまう。

 こいつ、さっきの特徴に加えて、こいつは異常なくらい硬い。おおよそ剣が通るとは思えないほどガッチガチだ。

 反撃を避けるためそこから飛びのいて一旦引き下がると、ゴーレムは何も無かったかのようにその赤い目を俺へと向けた。

『マスター、大丈夫?』

 白百合の、どことなく心配そうな声が頭の中に響く。

 まあそりゃ心配もするだろう。なにせ全くと言っていいほど攻撃が通っていない。今まで戦ってきたスライムやフェンリルは、剣を当てればダメージを与えられている感覚くらいはあったものだ。

 だがこいつは明らかに違う。一切手ごたえが無いし、傷すらつかない。文字通り石を剣で切ろうとしているような感覚だ。

「これ、倒せると思うか?」

 思わずそんなことを聞いてしまう。

 白百合は少しの間無言になった後、言いずらそうに一言。

『かなり難しいと思う』

「まあ、そうだよなあ」

 まだほんの少しの時間しか対峙していないわけだが、それでも分かる。分かってしまうのだ。

 俺の攻撃はあいつには通らないし、あいつの攻撃は俺には通らない。イコール泥仕合だし時間の無駄でしかないということである。

 ランクを上げるために初めて受けるクエストがあれって、マジでか? 普通の冒険者ってあんなんを倒せてしまうのか……?

 少なくとも、今の俺の実力じゃ無理だ。

 脳裏にフラッシュバックするのは、ギルドのお姉さんが言っていた言葉。

「無理は禁物、引き返すのも手か……」

 白百合が居る以上危険に陥る気はしない、と思っていたが。実際のところそれはそうなんだが、まさか俺の攻撃が全然通らないとは思わんかった。

 技術があれば、余裕で勝てたりするんだろうか。とかそんなことを思っても、この現状がなにか変わるわけではない。

「くそ……」

 引き下がるしかない。

『マスター……?』

「いや、分かってる。……一旦引き下がろう」

 勝てる未来が全くと言っていいほど浮かばない。

 あの防御力を突破できるだけの手段が無いと、俺はあいつには勝てないだろう。今はもう、打つ手がない。

 俺はゴーレムに背を向けて、遺跡の入り口方向へと駆け出した。














 帰ってくるのにもそこそこの時間がかかる。ギルドに着くころにはもう、陽が沈みかけていた。

「あ、冒険者さん」

 人型に戻った白百合と手をつなぎつつ、受付へと足を進めれば、金髪のお姉さんが俺に気付いて声をかけてくれる。

 その横には、ギルドマスター……もといフィオネさんが立っていた。金髪のお姉さんと話していた様子で、俺に気付くと小さく手を振って。

「おお、マサヒトくんじゃん。どうだった?」

 なんともフランクな人である。

 というか、どうだった? って聞いてくるってことは、お姉さんから話を聞いていたんだろうか。

「ゴーレム強かったでしょ?」

「そうですね。全然攻撃通らなくてビビりました」

 素直にそう言うと、フィオネさんは少し笑う。

「まあだろうね。倒せた?」

「いえ、無理でした。情けないことですけど……」

「ま、数々の冒険者が最初に躓くところだからね。あの防御力をどう突破するのかには、沢山の冒険者が悩まされてることだし」

 まあ、確かにあれを突破するのは相当難しそうだったからなあ。

 俺だけじゃなかったのだと安心しつつ、やはりといった難易度にどうすればいいのかと疑念は深まるばかりである。

「マサヒトくんはどうするつもりなの?」

 聞かれて、俺は言葉に詰まってしまう。

「スキルアップに努める? 剣を学んだりしてさ」

「そう、ですね。そういうことをしないといけないんだろうなあとは思ってるんですけど」

 誰に教わればいいのかとか見当もつかない。てか、さっきも思ったことだが技術があればあの岩みたいなのをぶった切れるのか?

 冒険者ってバケモンの集まりかよ。

 と、フィオネさんはなにやら不敵な笑みを浮かべる。

「まあ、普通の人はそうだろうねえ」

 え、なに? 怖いんですけど。

 そう口に出す前に、彼女はにやりと笑って。

「君は普通じゃない。でしょ?」

 普通じゃない。というと、やはり。思い当たるのは一つだ。

「精剣ですか? でも、俺の技術じゃ白百合での攻撃は通らないんですよ」

「まあ、負けて帰ってきたってことはそういうことだろうね」

 分かっていますとも、とこくこくと頷いてから、彼女はふふふと声を漏らす。

 いや怖えよ。何だこの雰囲気は。

「ま、ちょっと都合が良すぎると思うけどね」

 そう言って、彼女は一枚の紙を俺に手渡してきた。それを受け取って、目を通してみる。

 書き込んであるのはクエストのようだ。内容は……消火活動及び森林火災の原因究明。どうやらどこかの森が燃えているらしい。

 けど、これが何だって言うんだろうか。俺にこのクエストを受けろってことか? 消火活動はまだしも、森林火災の原因を突き止めるとかできる気がしないんだが。

 それに、都合がいいってどういうことだ……? と、俺が疑問の声を上げるよりも先に、フィオネさんが口を開く。

「これ、ほんとにさっき隣の街から届いたクエストなんだけどさ。だいたい一週間くらい前だったかな、ここからその街に行くまでにある大きな森の中心部あたりで、火災が起きたらしいんだ」

 頷きつつ、フィオネさんの話に耳を傾ける。

「で、そこの街にあるギルドから冒険者を派遣して消火活動をさせたんだけど、どうも火が消えないみたいでね」

「火が消えない、ですか? 規模がやばいとか?」

「いやあ、それがね。文字通り火が消えないらしいんだよ。水魔法がまったく通用してないって感じらしくて」

 水が効かない炎ってことだよ、と彼女は続ける。

「しかもね、不思議なことに、ある一帯からは一切燃え広がらないんだって」

「え、森の中心部なのにですか?」

「うん。円形状に炎が広がってる感じなんだけど、それ以上規模が拡大する感じはしないらしいんだよ。なんか、何かがおかしいと思わない?」

 フィオネさんは、俺に問いかけるようにして首を傾ける。

「まあ、おかしいと言えばおかしいような気は。水が効かない炎も、森の中心部なのにそれ以上燃え広がらないのも、あんまり聞いたことは無いですし」

 とはいえ、ここは異世界であって、俺はこの世界に詳しいわけでもない。ファンタジー的世界観に基づくのであれば、水が効かない炎くらいあっても不思議ではないような気がする。

「で、比較的規模が大きめなうちの街に、助けてくれないかって要請が来たわけ」

 このクエストは、その要請ってことか。

 まあ経緯は分かったとはいえ、結局なんでそれを俺に見せるのかが分かっていない。

「それで、なんで俺にそれを……? 俺、消火活動くらいなら手伝えますけど、原因究明とかには使えないと思いますよ?」

「いやさ、これはあくまで噂なんだけど……」

 彼女はわざとらしくにやりと笑う。なにかがこの先にあるということがはっきりと分かって、少し身構えてしまう。

「噂ですか?」

「なんかね、その燃え盛る炎の中心部には、剣が刺さってるらしいんだよ。なんでも消火活動に当たった冒険者の中の一人が、そういうのが見えた気がするって口にしたらしい」

 フィオネさんが放ったその言葉を聞くと同時に、俺の手を握る白百合の手が、少し強くなった。

「白百合?」

 気になって白百合に目を向けると、彼女は若干、驚いているようにフィオネさんを見つめている。

「お、その様子じゃ、白百合ちゃんには心当たりがあるみたいだね」

 ……ん? ちょっと待て。なんか、違和感というか、なにかそういうものを感じるんだが。

 いくら異世界といえど普通ではないっぽい森林火災に、その炎の中心に剣があるという噂。さらに白百合のこの反応……。

 いや待て、これってまさか。

「え、ちょっと待ってください。……マジですか?」

「マサヒトくんも分かった? いや、あくまで噂だからね、確定じゃないけど」

 彼女はそう保険をかけつつ。

 フィオネさんは、どこか楽しそうに話す。

「もしその噂が本当だったらさ。私的には――――


 ――――精剣じゃないかなあ、って思うんだよね」

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