9話
肩で息をする。
荒れた息を整えながら、地面に残された牙を拾い上げた。
硬く、鋭い白い牙は、白百合で弾かれたことによる傷がいくつもついている。ズボンのポケットにそれをしまってから、俺は白百合の柄から手を離した。一瞬光が走って、白百合は少女の姿に戻り、俺を見上げて口を開く。
「マスター、大丈夫?」
「ああ、大丈夫……」
未だに荒い息を必死に押さえつけながら答えた。白百合のおかげで傷一つないが、俺の体力はガッツリと消費され尽きかけている。
なんというか、情けないというか。こんなことになるなら、前世からしっかりと体力づくりでもしておけばよかった……。
しばらく、俺は膝に手をついて休憩をとる。
「凄いな、白百合。……マジで無敵だ」
言えば、白百合は少し照れたように俯いた。
「でも、私だけじゃ倒すことはできなかった。マスターが頑張ってくれた、おかげ」
「はは……そう言ってもらえると嬉しいよ……」
自分より遥かに背丈が小さく、見た目も幼い女の子に励まされてしまう。恐らく周りから見たら相当情けない姿なのだろうなと思いつつも、いい加減休憩は終わりにしないと、と背筋を伸ばした。
とりあえず、フェンリルを倒すことには成功した。拾った牙をギルドへと届ければ、クエストは完了だろう。
「……よし。とりあえず、終わったことだし帰るか」
「うん。マスター」
俺が言えば、白百合は頷いて俺の手を取る。
その手を引きながら、俺達は森から引き返した。
ギルドハウスまで戻り受付に歩くと、金髪のお姉さんが顔を上げた。
「あ、さっきの冒険者さん」
どうやら覚えていてくれたらしい。まあ、クエストを受けた時からそこまで時間もたってないしな。
ぺこりと会釈をしてから、ポケットからフェンリルの牙を出す。
「クエスト終わったので、報告に来ました」
「かしこまりました。お預かりしますね」
お姉さんは牙を受け取ると、じいっと牙を見つめ始めた。よく見れば、彼女の瞳には薄く、魔法陣のようなものが浮かび上がっているように見えた。
多分、魔法なんだろうけど。どういう魔法なんだろうか。この牙が本当にフェンリルの牙なのかが分かるとか、そういう系統の便利魔法なのかな。
……どうでもいいことだが。こういう検査? を受けてるときって、何も悪いことをしていなくてもなんかドキドキしてしまう。なんでなんだろうな。ただ小心者でビビってるだけなんだろうか。
しばらくして、彼女は「うん」と小さく呟き頷いた。
「本物みたいですね。では、これでクエストは完了になります。こちらが報酬になります」
なんだかちょっとほっとしつつ、差し出された金貨二枚を受け取る。これで20000Gか……なんか、かなり割のいい仕事だなこれ。
そう思いつつも、命がかかっている仕事なんだし当然か。白百合が居なければ俺も死んでいたのかもしれないし。そう考えれば、妥当な金額である……どころかちょっと安い気もしないでもない。
そんな、どうでもいいことを考えていると。
「この調子なら、すぐにDランクに上がれそうですね」
お姉さんがそんなことを言ってくる。
冒険者ランクのことだろう。現状、俺はランクがEだったはずだ。
気になって、俺は口を開く。
「冒険者ランクって、クエストをしていけば上がるんですよね……?」
「そうですね」
お姉さんは頷いて、話を続ける。
「前に説明させていただいた通り、クエストをこなしていくとランクが上がります」
「それって、何個クエストを受けたら上がるとか、そういう条件ってあるんですか?」
聞けば、お姉さんは首を縦に振った。
「条件、と言いますか、ギルド側がこの人は冒険者ランクを上げても大丈夫かな、って実績を確認した際に、冒険者ランクを昇格させるための昇格クエストを発行するんです」
聞いたことのない単語に、俺は首を傾げる。
「昇格クエスト、ですか?」
「はい。こちらで指定した魔物を倒していただくクエストです。難易度はそのランクで受けられる中でも一番高くなります」
要するに。
ゲームとかでよく見るやつってことか。
「それをクリアすると、冒険者ランクが上がると」
「その通りです」
お姉さんはにこりと微笑んでそう返す。
冒険者ランク、か。これが上昇するとクエストの報酬とかが上がるって話を、冒険者になるときにお姉さんから聞いたな。
こういうのは上げといて損はないだろ。もらえるお金が増えるというものが悪いことであるはずがない。お金は宝である。
と。
お姉さんがカウンターの下の方から何やら分厚い本を取り出して、開いた。パラパラとそれをめくりながら、お姉さんは悩んでいるように声を漏らす。
「えーっと……そうですね……」
本の表紙には、異世界の言語で”冒険者の実績と冒険者ランクの折り合いの付け方大全”と書いてある。
……なんか、辞書とか参考書みたいな、そういうもんだろうか。
「冒険者さんって、確か、この前のクエストもクリアしていましたよね?」
この前のクエスト。ということは、スライムのやつか。
クエストを受けるときの受付はこのお姉さんだったけど、報告はギルドマスターだった。
「あ、はい。ギルドマスターの方に受付をしてもらったんですけど」
「ありがとうございます。さっきちらっと見えたんですけど、間違いは無いみたいですね……そうなると、ええと」
また、いくつかページをめくって、じいっとページを見つめる。
緑色の透き通った瞳が揺れていた。
「そうですね、この感じだと、昇格クエストを発行しても大丈夫かもです」
「え、マジですか?」
昇格するにはまだ早くない? 俺が冒険者になったの昨日だよ?
そんなことを内心で思いつつも、報酬が上がるのだからと嬉しい自分もいる。
「倒しているのがスライムとフェンリルなら、支障はないはずです。特にフェンリルは強めの魔物ですから」
「なるほど……」
強めの魔物を倒せば、評価も上がりやすくなるみたいだ。まあそりゃそうか。
「というわけで、昇格クエストは発行できますけど、どうされますか?」
言われて、少し考える。
昇格クエストで倒さなければいけないモンスターは、そのランクで受けられるクエストの中での最難関。ということは、フェンリルよりも強いのは間違いないだろう。
…………うーん。考えててもしょうがないか。白百合の防御があれば怪我を負うことは無いだろうし、やってみるだけやってみよう。
「じゃあ、できるのなら、お願いします。やれるだけやってみたいので」
俺がそう言えば、お姉さんはにこりと微笑んで。
「分かりました。ちょっと待ってくださいね……」
そう言って、お姉さんはまた、カウンターの下をごそごそと漁りだした。
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