2章 第二の精剣、或いは火炎のツインテール
7話
瞼を開ける。
窓から差し込んできた暖かな日差しが目に入り、眠気眼を擦って身を起こす。
ベッドに手をついて、窓の外を眺める。この部屋は二階なので、通りゆく人々の様子を上から見ていることができた。
ぼうっとしながら思い返すのは昨日のこと。白百合と宿をとり、そこで食事も済ませて、備え付けの風呂で汗を流し、その後は速攻で眠りについたわけだ。
…………白百合も、一緒に。
それも同じベッドで。
隣で丸くなっている白百合を見て、寝る前に白百合が放った言葉を思い出す。
曰く、マスターをいつでも守れるようにだとかなんとか。何となくではあるが、今までで感じた白百合の少々子供っぽい性格を考慮してみると、ただ一緒に寝たかっただけのような気もするが。
自分に対してこんなことを言いたくはないが、どことなく犯罪くささを感じてしまう。昨日知り合った少女と一緒に寝るって、冷静に考えれば普通にヤバイ。
まあ、白百合は精霊だし。武器だし。別にええやろ。大丈夫やろ。うん。
「……白百合、朝だぞ」
服なんてないから昨日着ていたままの服装で寝たわけだが。彼女の服装も昨日のままの白のワンピースである。俺が言うのもなんだが、そのまま寝るのはどうなんだろうか。見た所別によれたり皺になったりしてないから、精霊の不思議パワーでもあるのか知らないが。
呼ばれれば、白百合はううんと唸って目を覚ます。
「んん…………おはよう、マスター……」
「ああ、おはよう」
起き抜けの白百合が伸びをすると、ベッドに垂れた長い髪が揺れる。あの長さで横たわって眠ればぼさぼさになってそうなもんだが、全くそういうことがないところを見るに、やはり精霊の不思議パワーは存在するみたいだ。
「外、もう明るいし。そろそろご飯食べに行かないと」
言えば、白百合がよろよろとベッドから降りて立ち上がる。
「うん」
どうやら彼女は朝に弱いらしい。
心配だからと、俺もベッドから降りて白百合の手を取る。眠そうな彼女を連れて、俺は部屋を出た。
階段を下りて、一階へと向かう。
この宿屋には一階に食堂のような所があり、そこでご飯を食べることができた。昨日も夜ご飯をそこで食べたが、質素ながらもどことなく美味しいという絶妙な感じで。食レポなんてものをしたことはないので上手く伝えることはできないが、ともかく、悪い味ではないわけだ。
受付、と言えばいいのだろうか。そこにいるおばちゃんから木のトレーに乗った朝ごはんを白百合と受け取って、適当な席に座る。
今日の朝ご飯はベーコンと卵焼き、そして白米である。量的には割とあって、食べる前から結構満足できる気が。
「じゃ、いただきます」
俺が言って手を合わせると、白百合も同じように手を合わせる。ぱちんと小気味良い音が鳴って、俺は木のフォークを手に取った。
ベーコンを口に運んで、ゆっくり味わいつつ考える。
この宿屋は驚くほど安い。その金額、なんと驚愕の500G。泊っている間の食事代は、一日三食でなんと100Gである。
ご飯代だけ二人分なので、合計は700G。日本円換算で700円である。なにがどうなってるんだ、これ。
あまりにも安すぎる。安すぎるためかなり怪しんでいたのだがそんなことはなく、飯は普通に美味ければ部屋は清潔に整えられてるし、備え付けの風呂は原理は不明だがちゃんとお湯が出る。
……まあ、異世界は最高というわけで。思考停止。異世界にいきゃこんなこともある。知らんけど。
「ん、……もぐ」
眠気のせいか、ほとんど喋らずに隣で静かにベーコンを頬張っている白百合を見ながら、俺も口を動かす。
そもそもの話、この世界にベーコンだとか卵焼きだとか米だとかいうものがあるという事実に、今更ながら驚いている。
見た目は完全に前の世界で食べていたものと全くもって同じなのだが、原料とかも同じなんだろうか? 味も、まあどうしても塩胡椒が欲しくなるけど、それ以外は何も変わらない気がするし。米だって普通に美味い。
……まあ、異世界は最高というわけで以下略である。そんなこと考えてても仕方ない。
考えるべきは、それこそ他の精剣のことだろう。
とはいうものの。俺から自主的に動いて探すにしても、なんにせよ情報が少なすぎる。闇雲に探すとしても全くのゼロからの状態では無理があるだろう。
……そういえば、白百合が何か知ってたりとかしないだろうか? 灯台下暗し的な感じで。
「なあ、白百合」
声をかければ、白百合は食べていたものをこくりと飲み込んでから、俺を見上げる。
「なに、マスター?」
「白百合的には、他の精剣の場所とか分かったりしないのか?」
考えるそぶりをした後、白百合は首を横に振る。
「ごめんなさい、マスター」
「いやいいんだよ。ただなんか知ってればなって思っただけだから」
まあ、そう上手くいくはずもないわな。
フィオネさんが何かあったら教えてくれるって言ってたし、それを待つしかないのか? もしくは人に聞き込みをしてみるとか。
…………ううむ。
考えても答えは出ず、気が付けば俺の皿は空っぽになっていた。無意識のうちにぱくぱくと食べてしまっていたらしい。
せっかくの異世界飯なのだからもう少し味わうべきだっただろうか、なんて思いつつ。まだ食べ終わっていない白百合を待つ。
「……………………」
「あむ。……もぐ」
まあ、ここで考え込んでも仕方ないか。とりあえず一旦は日銭を稼ぎつつ、街の外に出て精剣を探すってなった時のためにお金を貯めなければ。世界に散らばったって話だったし、そういう旅費とかでお金も必要になるだろう、という浅い考えだが。お金はあっても困らないだろうし、冒険者は結構稼げるっぽいし……。
とりあえず今自分ができることを一生懸命にやろう。うん。
とかなんとか考えていると、白百合もご飯を食べ終わったようで。
「ごちそうさまでした」
行儀よくしっかりと手を合わせる白百合を見て、俺も後に続く。
「ごちそうさまでした」
ぱちんと小気味いい音が鳴って、俺達は席を立った。
ギルドハウスに入ると、賑やかな雰囲気に包まれる。
そこそこの人数がいるのを横目で見ながら、白百合の手を引きつつクエストボードへと向かう。ちらりと受付の方に目をやれば、フィオネさんの姿は見当たらなかった。
一瞬なにか精剣に関する話が……と思ってしまったものの。昨日の今日で情報が見つかるなんて、そんな旨い話はあるはずもない。
「今日もスライムでいいと思う?」
白百合に問えば、彼女はこくりと頷く。
「うん。まだ、ちょっと上に挑むには早いと思う」
ですよね。
俺、指定の数より多めに倒したりして経験を積んだ方がいいのでは? 異世界生活二日目にして、さすがにこの成長速度じゃまずい気がしないでもない。
とかなんとか思いながら、スライム討伐の張り紙を探す。
……探すのだが。どうにも見当たらない。
俺がきょろきょろしているので気付いたのか、白百合もクエストボードを眺めて。
「もしかして、無い?」
「みたいだな……」
そんなこともあるのか。いやまあ、そうか。そんなもんなのか……?
確かに、昨日解決したことなのに今日も同じクエストを貼るなんて、そんなことは無いだろって気もするような。でもクエストって、ゲーム知識でしかないけどいつも受けられるものだったから、違和感は半端ない。
理由は分からないがとにかく、今日はスライム討伐のクエストが無いようだった。
「どうしようか……」
悩む。
スライムが無いとなると、今日はもうクエストをやらないか、もしくはスライムよりは強いやつに挑まなければいけないかのどちらかだが。
……まあ。こっちには白百合がいるし。敵がありえんくらい強いってわけじゃなければ、なんとかなりそうな気もする。
「じゃあ、ちょっと上の奴に挑戦してみようかな」
俺が言えば、白百合は俺を見上げて。
「分かった。私は、マスターを守るだけだから」
「マジで、白百合が頼りになりすぎるよ」
「でもやっぱり、上に挑むにはまだ早い時期だから。倒すまでには根気がいるかも」
分かってる、と俺が頷けば、白百合はそれ以上何も言わない。
恐らく、守りに関しては大丈夫だろうとは思うんだけど。攻めに関してはなあ、俺の腕次第と言うのはどうにも難しいところがある。
スライムは弱めだったから普通に倒せたけど、次はどうなるか分からない。死ぬことは無くても倒すこともできない、なんてことに陥ってしまうのが今の俺なのだから、よく気を付けないと。
思いつつ、クエストを物色してみる。とは言っても、結局のところ俺に知識なんてものはないので、どれがどのレベルなのかははっきり言って分からない。
「スライムよりもちょっと上の奴って、この中にいる?」
分からないことはとりあえず白百合に聞いてみる。助けてしらえもんというわけである。ネコ型ではなくとも、俺の中でのありがたみは同じくらいだ。
白百合はちょっと悩んだ様子を見せつつ、上の方を指差して。
「あれ」
指先へと視線を移せば、一つの張り紙が目に入る。
フェンリルの討伐。必要冒険者ランクE、報酬2万G。
確かに、冒険者ランクEでも受けられるものだけど。名前が妙に強そうなのが気になるな。予想できるのは犬みたいな魔物ってことだ。
「俺でも倒せるかな……」
少々弱気になって言えば。
「負けることは無い」
白百合はそう言うが、勝てるとも言っていないあたりに悲しみを感じる。いや、これは白百合なりの気遣いなのだということはひしひしと伝わってくるのだけど。
こんな小さい子に……いや俺の何倍も生きてるけども、少なくとも見た目や言動は幼い子に、ここまで気を使わせるのはどうなんだ、俺。
覚悟を決めろ。負けることは無いんだ、折角の異世界に挑戦しないでどうする。初めに異世界らしいことをしたいとか思っていたのを忘れたのか俺は。
それに、強くなっていれば何かしらの形で精剣の捜索の助けになる可能性も0では無いし。大体そういうのって、ゲームとかだと強くなるにつれて仲間が増えていくものな気もする。
御託はともかく。
「じゃあ、それにしようかな」
言って、クエストを剥がす。
と、俺の手を握っている力が強くなる。白百合が俺をまっすぐ見つめていて、その奥には、不思議な力強さを感じた。
「マスターは、私が守るから」
何度この言葉に勇気づけられればいいのか。
「……ああ。ありがとう、白百合」
俺も手を握り返して、受付へと二人で歩いた。
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