6話
自己紹介が終わり。
それで、とお姉さんは話し始める。
「マサヒトくんは、どこで精剣を見つけてきたの?」
「え、えっと……企業秘密です、流石に」
大嘘である。流石に転生とかは言いずらい。言ったとして信じてもらえるかどうかも分かんないし。
「ま、そうだよねー」
ですよね、とお姉さんはあっさりと引っ込む。
「さっきの反応からして、精剣に関して何も知らないんだろうけど。ほら、一応教えてあげようか?」
「あ、いいんですか?」
「まあ精剣本人に聞くのが手っ取り早いだろうけど、一応、世間の反応として、ね」
おほん、とわざとらしく咳払いをして、お姉さん――もといフィオネさんは話始める。
「昔々五百年前、勇者は精剣を用いて魔王を討伐せんと魔王城へと向かった。しかし魔王はあまりに強大で、勇者や精剣の力でも相打ちになってしまった……」
「え。相打ち、ですか?」
「うん。聞く話では、そうなってるけど――」
ちらりと、フィオネさんは白百合の方を見る。俺もつられてそちらへと目線を移すと、白百合はこくりと頷いて。
「マスターと魔王は、相打ちになった。私たちは強かったけど、魔王も、とても強かった」
「正しいみたいだね。それで、勇者の手から離れた精剣は、散り散りになって世界に散らばった。とされてる」
「これも、あってるのか?」
「うん。魔王が、最後の魔法を使って私たちを離れ離れにした」
少しうつむきがちに、白百合はそういった。俺の手を握る白百合の手が、幾ばくか力強くなる。
「あ、いや。辛いならいいんだ」
そりゃそうだよな、戦って相打ちになって、目の前で持ち主が死ぬんだから辛いに決まってるよな。
デリカシーが無さ過ぎた。
「ううん。マスターが知るのは、当たり前だから」
「あー……ごめんね白百合ちゃん。悪気は無かったんだ」
「大丈夫。気にしてない。それに、これはマスターも私たちも覚悟を決めて挑んだことだから」
フィオネさんも手を顔の前で合わせて謝罪の意を表明すると、白百合もそう答えを返す。
「……まあ、そういうことだね。散り散りになった精剣は今も見つかっていない。だから、私としては君のその企業秘密とやらがすごく気になるんだけど……」
じい、と俺を見てくるフィオネさんから、俺は露骨に目を逸らす。
「あはは、まあいいや。聞いてもしょうがないしね」
「ほんと、そうしてもらえると……というか」
俺としては、それよりも気になることが。
「精剣って、いくつもあるんですか?」
「うん、そうだよ。伝わる話では、何種類かあったって。だよね、白百合ちゃん」
問われれば、白百合はこくりと頷く。
「もう、何百年も会ってない」
寂しそうに、白百合はそう呟く。
精剣と言われていて、会っていないという単語が当てはまる以上、別の精剣も全てが人型になれるのだろう。
初めに会ったときにも感じたことだが、白百合は外見相応の人柄で、俺という新しいマスター……といっても見ず知らずのさっきであったばかりの人にさえ、嬉しそうにして見せた。要するに滅茶苦茶寂しがり屋っぽいって話だ。
精霊だから。そういっても、やはり外見相応、年相応に寂しかったはずである。
「なあ、白百合は、別の精剣達に会いたいか?」
「うん。でも……」
白百合は、フィオネさんの方を見る。
「そうだね。今までに精剣は見つかっていない」
「まあ、世界中探し回ればどうとでもなるだろ」
俺がそう言うと、白百合は目を見開いて。
「マスター……?」
「まあ、目標もないし。のんびりだけど、探してみないか?」
「で、でも……」
俺の提案に、白百合は戸惑ったように目を白黒させる。
白百合のためになんかしてあげたいなーって思ってたのは元々思ってたことだし。それに、この世界で冒険者をやるといっても、魔物を狩るだけじゃつまらないだろう。世界中を飛び回って精剣を探す旅に出るって、まさに冒険者らしくていいじゃないか。
という、楽しそうだなっていう浅はかな理由も含め。
「おお、これは大きく出たね。五百年間見つかっていない精剣を、君が見つけると?」
「まあ、一本見つけてますし。二本も三本も同じようなもんですよ、多分。知りませんけど」
「最後が無けりゃかっこよかったのにねえ」
別に俺が見つけたわけじゃないし、普通に人……人?人。死神か。別に俺が見つけたわけじゃないし、普通にイケオジの死神から貰っただけだけど。
実際、今までに見つかってなくても、白百合という精剣を持っていれば何かが変わるかもしれないし。
「まあ、見つかる保証もないし気楽にな、適当な目標として、探してみないか?」
「……マスターがそうするって言うのなら、私は、従うだけ。けど」
「うし、じゃあやろう。ちょっとずつな。ちょっとづつ気長にな」
「保険掛けすぎじゃない?」
正直見つからないかもという不安はある。保険をかけることの何が悪いというのか。ボブは訝しんだ。
「……ありがとう、マスター」
白百合の顔が、ちょっと綻んだような気がした。それだけでもう満足だ。
「白百合が俺を助けてくれるのなら、俺も何か恩返しをしないとな」
労働に対する対価は必要だと思ってたし。お互いwin-winな関係を気付きたいのだ、俺は。それに、精剣を探すための冒険なら、白百合も楽しめるのではないだろうか。少なくとも退屈では無さそうである。
「いい心がけだね。なにか対価を与えなければ、精剣に喰い殺されるかもよー?」
そういうフィオネさんに、白百合はむっとした声色で。
「私は、呪いの剣じゃない」
「冗談だよ冗談」
手を振って、フィオネさんは笑う。
というか、呪いの剣もあるんですか、この世界は。まじですか。
俺の驚愕を端に、フィオネさんが話し出す。
「ま、ともかくとして、その心意気は結構好きだし私としても精剣は見てみたいから、なにか情報が入ったら共有するよ」
「え、ほんとですか。ありがとうございます」
「ギルドマスターの協力が得られるなんて中々ないよー?」
ふふふ、と不敵に笑うフィオネさんに頼もしさを覚えたところで。
そういえば、と元の目的を思い出す。
「そういや、クエストの報酬なんですけど」
「ああ、そうだったね。色々と衝撃的過ぎて忘れてたよ」
俺も同じですけどね。色々と衝撃的過ぎて普通に忘れてました。
フィオネさんが、カウンターの下の方から何やら物を取り出す。
「はい、これが報酬の10000Gだね」
出てきたのは、金色の硬貨が一枚。
一瞬、一枚だけ? と疑ってしまった自分がいるが。その後に速攻で――これもまたイケオジのなにかだろうけど――これが日本で言う一万円札とかと同義のものだと分かった。
「ありがとうございます」
受け取って、ポケットにそのまま突っ込む。
「じゃ、また明日ね。……明日も来るよね?」
「あ、はい。一応、生活費稼がないといけないので」
それと、精剣探すための旅費とかも。いくら必要なのかは検討が付かないが……とりあえず、近くの街とかに行ける程度にはお金を貯めたいな。そこでも冒険者として稼げるのであれば、また話は違ってくるけど。
「りょーかい。じゃ、また明日ね」
「色々お世話になりました」
お礼を言ってから、白百合の手を引いて、ギルドから出る。行く先は、とりあえず宿屋だ。
空を見上げてみれば、もう日が沈みかけている。異世界の街並みに沈む夕日が綺麗で、思わず足を止めてしまいそうだ。
今日は色んなことがあったな。思い返してみれば、本当に色んなことがありすぎた気がする。
けど。まあ、
「白百合」
俺が呼ぶと、白百合は俺を見上げる。
「なに、マスター?」
「改めて、これからよろしくな」
言うと、白百合は少し驚いたようにした後。今日一日でとびっきりの笑顔で。表情を綻ばせて、そう言った。
「うん。よろしく、マスター」
これからの日々が、異世界での生活が。
とても、楽しみだ。
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