5話

「……倒した、のか?」

『うん』

 らしい。

「ま、マジか……」

 なんか、思ったよりあっさりと倒せてしまった……というか、なんというか。

 それよりも。魔物って倒すとあんな風になるんだな。死体が残らないというのは精神衛生上滅茶苦茶ありがたいことなのだが、にしても相当ゲームっぽい消え方をするものだ。

 本当にRPGみたいな世界観だなこの世界。

「で……あれが素材か」

 スライムが消えさった後、その場に残されていた物体に手を伸ばす。

 触れてみると柔らかく、ぽよんぽよんと弾力が。スライムからドロップしたボール、さしずめスライムボールとでも言ったところだろうか。

『これで、クエストは達成。あとは報告をするだけ』

「これで終わりか。なんか、もっと大変なもんだと思ってたんだけど」

『スライムは一番弱い魔物だから、簡単』

 らしい。まあ、ともかくとしてこれで俺の初クエストは終了というわけである。やけにあっさりとした感傷に浸りつつ、戦利品のスライムボール(仮)をポケットに突っ込む。

『どうだった、マスター?』

 白百合が感想を聞いてくる。

「うーん、なんだろ。結構ビビってたけど、一瞬で終わったからなんか拍子抜けしてるって感じかな」

『それなら、良かった。これからしばらくは、スライムで戦闘の練習をした方がいいかも』

「そうだな。今の状態だと他の魔物とか行けそうにないし……」

 一番弱い魔物であるらしいスライムが相手じゃなかったら、ワンチャン帰らぬ人になっていた可能性がある。

 というかそもそも、俺は今まで剣どころか木刀や竹刀ですら握ったことがない上に、魔物どころか人と喧嘩したことすらないのだから、一歩間違えれば全然死んでたよな……?

 今になって、背筋になにか冷たいものが走る。

 よく俺、臆さずに戦えたな。初めての異世界でテンションが上がっていたせいかも、というか十中八九それだろう。アドレナリン最強説。

 ともかくとして、俺はまだ二度目の死を迎える気はない。これから冒険者として生活していくと決めたのだから、スライム程度苦戦せず倒せるようになっておかねば。じゃなきゃ死ぬ。異世界でも死というものは当然ながら存在するのだから。スライムの突進を白百合が防いでくれなかったら、今頃俺はどうなっていたことか。

 頭に浮びかけた俺の屍を意図的に無視して、白百合に声をかける。

「それじゃ、戻るか」

『うん、マスター』

 一瞬、白百合の刀身が発光したかと思えば。隣に元の人型に戻った白百合が、じいっと俺を見上げていた。

 あの謎に流れ込んできた知識から精剣は自分で人型に戻れるということが分かっていたので驚きはしなかったものの、やはり不思議な光景である。

 白百合が差し出してきた手を暗黙の了解的に握って、二人で足並みをそろえながら街へと歩き出した。








 異世界情緒溢れる街並みを抜けて、ギルドハウスへと戻ってくる。

 クエストの報告をしようと受注の時にお世話になった金髪のお姉さんを探すが、どうやら今はいないらしい。受注と報告って別の人でもいいんだろうか? と思いつつ、適当な人に話しかけてみる。

「あの、クエスト終わったので報告に来たんですけど」

 黒髪ショートの、これまたお姉さんと言った感じの人が、作業の手を止め俺の方へと目を向ける。

「ああ、さっき登録してた人じゃん。もう終わったの? 確かスライムだったよね?」

 どうやら、俺達が冒険者登録をするところから会話が聞こえていたらしい。お姉さんはクエスト内容が書かれている紙を俺に向けて、

「ほら、これだよね」

「あ、はい。それです」

「ドロップ品みせてちょーだいな。多分スライムボールだと思うけど」

 そう言って、かなりフランクな調子のお姉さんは手をちょいちょいと動かす。

 ああ、本当にスライムボールって名前なんだあれ。ちょっとストレートすぎないかと心の内でツッコミを入れつつ、ポケットから取り出したそれをお姉さんに渡す。

「……うん、確かに」

 頷くお姉さんに、内心でホッと一息つく。これで最低一日は生きられる。宿にどれだけお金を取られるかが心配だけど。

 と、俺の心配をよそにお姉さんが。

「にしても君、武器とか何も持ってないよね? どうやって倒したの?」

 そんな質問をしてくる。

「え、ああ。普通に……」

 言いかけて、口をつぐんだ。

 あれ、これ言っていいのか? 黙ってた方がいいやつ? なんかこう、特別な武器とかって隠しておくイメージがあるんですけど。

 白百合の方を見ると、俺の方を見ていた白百合とバッチリ目が合う。

 なあ白百合、これって言っていいのか? 黙っておいた方が良いのか?

「…………?」

 人と人は目と目で通じ合えない。精霊ならあるいはと思ったがそんなわけもなく、白百合はきょとんと首を傾げた。

「あのね、君みたいな好青年には無いと信じたいけど、たまーにあるんだよ。人の家にあった素材盗んで、それを持ってくるケース」

「いやいやいや、無いですって! それはさすがに!」

 あらぬ疑いをかけられた俺は、首を横に振って必死に否定する。

 が、お姉さんの目は段々厳しいものになっていっている。気がする。今にもとっ捕まえられそうな。気がする……!

 だが言ってしまっていいのか。本当に? 前に見たことのあるマンガとか小説とかアニメとか映画とか、そういう媒体では何かと強力な武器を隠す傾向にあったわけだが、俺もそれに倣った方がいいのだろうか……!?

 と、俺が勝手に焦っていると。

「マスター、何で言わないの?」

「ほら、純粋無垢なこの子は犯罪を自供するように澄んだ瞳で君を見ているけど」

「犯罪なんかしてないですって! いや、これは……というか、白百合は言っても良いのか?」

 こくり、と白百合は頷く。

 どうやらいいらしい。

「……えっと。一応、精剣ってやつなんですけど」

「精剣……?」

 怪訝な目で見てくるお姉さんに、俺は必死に弁明をする。

「なんて言えばいいのかいまいち分からないんですけど、要するにこの子が俺の武器なんですよ。剣に変わるんです」

「なに、それ。幼子への愛情を力に変える変態ってこと、君は?」

「なわけないです。……やってみますね。白百合、いいか?」

「うん、マスター」

 こくりと頷いて、白百合は手を差し出す。その手を握ると、一瞬の閃光の後、白百合は剣へと変化した。

 お姉さんの表情は、まさに信じられないといった様子で。

「……わお。本当に精剣だ」

「え、知ってるんですか、精剣のこと?」

 さっき結構怪しんでみてきてましたけど、知ってたんですかね。だとしたら精剣は世間に知られるくらいメジャーな武器となるわけで、さっきの俺の逡巡も完全に無駄となるわけだが。

 こともなげに、お姉さんは言う。

「いや知ってるも何も、精剣って言えば五百年前に勇者が使っていた伝説の剣じゃないか。知らないはずないだろ?」



 ……。

 …………。

 ……………………。



 一瞬の空白を置いて、俺の口からは疑問符しかでてこない。

「…………はいぃ?」

「…………え?」

 なにそれ。俺知らないんですけど。

 こんなの常識でしょと言わんばかりの表情で、お姉さんは話を進める。

「精霊が宿る剣。人の形をしながら、時に勇者の剣となる伝説の武器――それが精剣だよ。君が自分で言ったんじゃないか」

 …………………………はっ。

 衝撃で一瞬思考が止まりかけていた。フルスロットルで頭を働かせて、何とか言葉を捻りだす。

「え、いや、それマジですか? 精剣ってそんなすごい……ええ?」

 一瞬の閃光。

 人型に戻った白百合の方を見ると、きょとんとして俺の方を見ている。

「白百合、マジ?」

「前のマスターのこと?」

「白百合の前のマスターって勇者で、白百合が伝説の武器って呼ばれてたりした……?」

「うん」

 普通に、頷かれる。

「…………君、自分の武器のこと知らなかったの?」

 転生する前イケオジから聞いたのはなんか強い武器ってことだけなんですけど!? てか俺、前のマスターのことイケオジのことなのかなとか思ってたけど、まるっきし全然違うじゃねえか!

 流石に転生とかまでは言えないので心の声を抑えつつ。だが動揺は隠せなかったようで、白百合は心配そうに俺を見ている……気がする。表情あんまり読めないけど。

「マスター……?」

「いや……まあ、こういうことがあっても、おかしくない世界だもんな……」

 息を吸い、吐く。何度か繰り返して冷静さを取り戻し、再び白百合と向き直る。

「知らなかったよ、白百合がそんな強大な存在だなんて」

「まさか、この世に精剣を知らずに精剣を使っている人がいるなんて思わなかったよ」

 お姉さんは苦笑いといった様子でため息をつく。

 ……まあ、ともかくとして、どうやら素材を盗んで手に入れたわけではないことだけは分かってくれたようだ。

「マスター、その、ごめんなさい。私、えっと……」

 何か勘違いしたのか、白百合が急に謝り始めた。相変わらず無表情っぽいけど、どことなく表情から焦りを感じる。

 怒られてると思ってるのか、もしかして……?

「いや、別に怒ってないよ。ただびっくりしただけで」

「ほ、本当……?」

「本当本当」

 言って、俺が手を握ると、白百合は安心したようにほっと息をついた。

 何度も言っている気がするが。妹感というか、なんというか。そういうものを感じてすごく可愛く思ってしまう自分がいる。

「いやあ、まさか生きてるうちに精剣に出会えるとはね」

 そんなやり取りをしていると。

 お姉さんは感慨深そうにそう言って、白百合に向かって手を差し出す。わざわざカウンターから身を乗り出してまで。

「私、ここのギルドのギルドマスターのフィオネ。よろしくね、白百合ちゃん」

 白百合は、俺とは手を繋いだまま、空いた方の手で握手を交わす。

 ……というか、またなんかデカイ情報出ませんでしたか。ギルドのマスターがどうとか。

「ほら、君も」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 お姉さんは、こちらにも手を差し出してくる。

「名前は?」

「あ、雅仁です」

「おーけい。マサヒトくんね、よろしく!」

 もはや何も言わず、俺も空いた方の手で握手を交わす。

 転生し、精剣を受け取り、冒険者になり、魔物を倒し、そして白百合が伝説の武器で勇者が使っていたことが判明し、ギルドマスターとかいうどう考えてもお偉い人となんか普通に出会ってしまい。

 ……なんだろう。これ。

 今日で一生分の衝撃を使い果たした気がする……。

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