4話

 クエストの受注は、案外すんなりだった。

 受付のお姉さんが言うには、魔物を倒せば素材がドロップするらしく、それをギルドが買い取るという形で報酬が貰えるらしい。その報酬自体はクエスト発行者が出していて、それとは別にギルドへの仲介料が――。

 ……まあ、そんなことを言っていたけど、そこはどうでもいいか。

 ともかくとして、俺達はギルドから出て街を抜ける。

 目的地は草原。つまり、俺達が歩いて移動していたところってことだ。

「……よく遭遇しなかったな」

「うん。すごく運が良かったんだと思う」

 白百合は頷いてそう言う。

「こんなに広い草原に魔物が出てこなかったのが、考えてみれば不思議なこと」

 らしい。確かに、この草原が――ゲームで例えるなら”湧き場”であるここを歩いていて、一度も魔物を見かけないというのは少々不自然に思える。

 まあ、そんなこともあるんだろう。ゲームなんかじゃ乱数の影響で敵に出会わなかった、ということも普通に聞く話である。いやこの世界はゲームではないのだけども……。

 ともかく。

 そうしてしばらく歩いていると、白百合が前の方を指差す。それに沿って目線を移せば、その先になにか青色の丸っこいものが。

「あれが?」

「うん。スライム」

 そろそろと近づいてみると、確かにこれはどう考えてもスライムでしかない物体だ。体が透けていて、スライムの下の草が潰れているさまが確認できる。可愛らしい顔が、のほほんと草原を見つめていた。

「じゃあ、マスター」

 白百合が俺を見上げた。

「私の手を握って」

 言われた通り、彼女の小さい手を握ってみる。白百合は目を瞑って、俺はその光景をただ眺めることしかできず――。

「……んぁ?」 

 思わず間抜けな声が出てしまう。

 というのも、これは。まるで新たな情報が強制的につながったみたいに、俺の中に未知の知識が流れ込んでくる。

「マスター」

 白百合が、目を瞑ったまま言った。

 頭の中に流れ込んできた知識をそのまま、俺は行動に移す。

「っ!」

 思い切り、強く白百合の手を握った。途端に白百合の姿が、どこからか発せられた光に塗りつぶされる。一瞬の白光、そして俺の手には剣が握られていた。

「う、うおお……」

 俺がイケオジから渡されたあの白い剣だ。刀身が抜き去られた状態で俺の手に収まった剣が、光を反射して輝いている。

 さっき流れ込んできた知識は、白百合を強制的に剣状態にする方法。強制的に、ということはどうやら白百合は意図的に剣状態と人状態を行き来できるらしいが、まあそれは何となく分かっていたことではある。

 そして白百合を人状態に戻す方法もまた、俺は得ることができていた。

『上手くいった』

「おわっ!?」

 突然頭の中に流れた声に驚いてしまい、思わず声を上げる。

「え、白百合?」

『この状態になっても、会話はできる」

 らしい。何かこう、直接頭の中に声をぶち込まれているようで変な感覚だ。

『マスター、前を見て』

 間髪入れず、白百合は俺に言う。

 慣れない感覚に難儀しつつ、言われた通り前を見てみれば、どうやらスライムが俺の方を向いていることに気付く。

「もしかして、俺がでかい声上げちゃったから」

『うん』

 ……まあ、どうせ討伐しなきゃならんのだ。早いか遅いかでしかない。

 自分の体の中心に沿うように、真っ直ぐに剣を構える。切っ先を向けられれば敵意が伝わったのか、スライムはぴょんぴょんとこっちへと向かってきた。

「足おっそいな」

 まったく脅威を感じられないほどに可愛らしく迫ってくるスライムに、俺の覚悟が削がれてしまう。なんか、あんなに弱弱しそうなやつを倒すのってかなり……。

『……マスター?』

「ああ、いや。なんでもない」

 動こうとしない俺に白百合が声をかけて、俺は邪念を振り払う。ここでビビっててもどうにもならないんだ。覚悟を決めないと。

 一歩を踏み出す。随分不格好な形だろうが、なんとか剣を構えたまま走り――

「うおおおっ!!!」

 スライムが目の前に迫った時、思いっきりスライム目掛けて剣を振り下ろした。

 重たい精剣が、スライムの体へと沈み込む。鋭い刀身がスライムを真っ二つに切り裂く――

 



 ――はずだったのだが。

「うお!?」

 ぼよよ~ん、なんていう音が聞こえそうなくらい綺麗にその柔らかボディで剣を弾かれ、俺は体勢を崩して地面に手をつく。

 思いっきりたたきつけたはずなんだが!? なんてことを叫ぶ前に、それを好機と見たのかスライムが突進してきた。目の前に迫る危険から逃れようと、俺は横へと飛ぼうと必死に体を起こす。

 だが、間合いが近すぎて間に合いそうになかった。当たったら絶対痛いだろうが、もはやどうすることもできずに眼前に迫るスライムを見つめて――

『大丈夫』

 突然、あり得ないほどの速度で俺の体が動く。左手で上体を起こし、精剣の刀身で限界まで近づいていたスライムの体を受け止め、はじき返した。

 まるで未知の力に体を操られていたかのような――いや、俺の体に何かが宿ったみたいな、そんな動き。

「これ……!」

『私は守りの精剣。あらゆる攻撃からマスターを守ってみせる』

 そうか、これが白百合の力なのか!

 一瞬俺がジャンプ漫画の主人公並みの覚醒でもしたのかと思ったが、さっき見た通り俺は何のスキルも持っていなければ今までの人生で分かる通りそんな主人公気質も持っていない。要するに、そういうことである。

「すごいな……本当にオートガードだ」

 あの時、イケオジから説明を受けた時に思ったこと。まさにその通りの動きだった。俺じゃ不可能な動きが、俺の意思とは関係なく自動で繰り出される。

 すごい。今はスライムという弱そうな魔物――尤も俺はそいつ相手に刃を通すことができなかったのだがそれは置いておいて――ともかくある程度弱いであろう相手だったが、白百合ならどんな強敵の攻撃でも受け止めてくれそうな、そんな予感がする。

 それくらい、今の防御は素人目からみても圧倒的だったのだ。

『でも、攻めに関しては関与できないから、マスターに頑張ってもらわないといけない』

 白百合の言葉に、ギルドハウスで聞いたことを思い出す。”守りの精剣が攻撃するときは、ただの剣になっちゃうから”という言葉。

 今のように防御は白百合がやってくれるが、攻めに関しては白百合のサポートを受けることはできない。防御が100%白百合だとしたら、攻撃は100%俺なのだ。

 イケオジが白百合にもある程度の攻撃はこなせるとかそんなことを言っていたはずだが、白百合が関与できないって言っているわけだし、ということは剣自体の切れ味のことを差していたのだろうか? となるとこれは、俺の剣の扱い方がゴミだということにほかならない……。

「頑張らないとな、これ……」

 こいつにすらダメージを与えられない癖にこの先冒険者として生き残っていけるとは思えない。なんとかコツを掴まなければ。

 もう一度、気を取り直して立ち上がり剣を構える。スライムはまたもこちらへと向かってきており、俺もそれに合わせて腰を落とした。

 大丈夫、攻撃に失敗したとしても白百合がどうにかしてくれるはずだ――。

「おおおおおおおっ!!」

 さっきはただ、力任せに剣を振り下ろしただけだった。だから今度はそれを変えてみて――そうだ、と思いつき。剣を使っているのだからと”斬る”ように剣を横凪に振るう。

 

――ビシュッ!


 間合いをミスってしまったため刀身でとらえることはできなかったが、剣の切っ先がスライムに触れ、明らかに斬ったという感覚が体中に駆け巡った。

 スライムは突進をやめそこから飛びのく。ダメージを受けて引き下がったように見える動きだ。

 これが剣自体のコツであるのか、それともスライムにしか通用しない動きなのかはさておいて。ともかく今は、刃を力任せに突き立てるのではなく、上手く切り払う必要があるっぽいことが分かった。

 さっき剣を弾かれたときに分かったことだが、あいつは見た目通りぽよぽよしており弾力性がバカみたいに高い。だから力任せに剣を叩きつければ、その分思いっきり反動を返されてしまう。だが表面を切るようにすれば、弾力に衝撃を吸われづらくなり上手くダメージを与えられる。俺が間違っていなければ、スライムは恐らくそういう特性を持っているのだろう。

「もう一回っ……!」

 今度は俺が走って間合いを詰めていく。スライムはそれに応じるかのように、俺に向かって突進をしてきた。

「なっ!?」

 だが、一撃を受けて危機をその身に感じたのか、スライムはさっきよりもより本気になっているようで、突進のスピードが早くなっていた。俺はそれに対応できず、スライムがもう一度目の前に迫ってくる。

『任せて、マスター』

 また体が勝手に動き、高速でスライムの体を刀身で受け止める。突進の衝撃を受けるはずの体は有り得ないほど軽い。この状況をどうにか活かそうと必死に頭をフル回転させて考える。

 スライムを弾き飛ばす前に、俺は咄嗟に刀身をくるりと回し刃をスライムの体にあてがった。そのまま、全力で下側に切り払うように剣をスライドさせる。

 するり、とスライムの体を剣が切り裂く。

 スライムはそのままどさりと地面に落ち、一瞬光を発して。まるで弾けるかのように、キラキラと粒子を散らして砕け散ってしまった。

 気が付けば、その場に残ったのは水色の球体だけだった。

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