3話

 ギルドハウス。要するに冒険者が集まる場所なのだから、少々殺伐としたところなのかと思っていたが全くそんなことは無かった。

 扉をくぐれば、正面には入り口からも見えた受付。右の方には大きい階段があり、左の方にはなにやら紙が貼りつけられているボードのようなものが壁にある。

 そこらを行き来する人達は、みな剣や斧などを携えていた。少しビビりながらも、その横を通り過ぎて俺は受付へと向かう。

「すみません、冒険者になりたいんですけど」

 受付で談笑しているお姉さん方に声をかければ、その中の一人、金髪の人が俺の方へ振り向いた。

 そうしてにこりと微笑んだ後、何かをごそごそと棚から取り出して。

「冒険者登録ですね、了解いたしました。そちらの――妹さんもですか?」

 妹? と一瞬戸惑ったが、どうやら白百合のことを言っているようで。この身長の差ならまあ、確かに兄妹で来たようにも見えるな。

 ……うーん。どうなんだろうか。まあ、そもそも白百合は精剣っていう武器である以上、冒険者として登録する意味は無いように思える。

 白百合に目をやれば、ふるふると首を振っていた。どうやらいらないとのことらしい。

「いや、俺だけです」

 そう伝えれば、彼女は分かりましたと頷く。

「それではこちらをお持ちください」

 そうして手渡されたのは、なにやら丸っこい石。やたらつるつるしているように見えること以外は、特に何の変哲もない石だ。

「えっと、これは?」

「こちらは冒険者登録に必要となる、スキルを読み取る魔法石です。これをお持ちいただくと魔法が発動しますので、そこから情報を受け取って登録を進めさせていただきます」

 待て待て、情報量が多い。

 魔法は分かる、魔法石もまだわかる。ゲームとかでなら、「これを持っとけば風魔法使えるぜ!」なんてものは珍しくないし、それなら分かるけど。

「えっと、スキルっていうのは……?」

 それがいまいちわからなかった。いや、そりゃオタクですからなんとなくでなら、なんとなーく分かりはするけども。

 俺スキルなんてものを持っているのか? マジで?

 慣れっこなのだろうか、俺の問いに受付の人は笑顔で答えてくれる。

「例えば剣術が得意な方であれば、剣術というスキルを保持できて、それがF~Sまでで評価されます。要するに、その人が戦闘において得意なことが、スキルとして可視化されるわけですね」

 なるほど。

 つまり俺は、恐らく何もスキルを保有していないというわけだ。

「分かりました、ありがとうございます」

 物悲しいが仕方ない。俺は剣道で県大会を優勝する強者ではないし、柔道で強盗犯を取り押さえる豪傑ではないのだ。

 精々一般人……いや、学校以外ではずっと家にいるほぼ引きこもり状態だったから一般人以下だろう。引きこもりBとか絶対弱い。てかそもそも戦闘に関係ねえし。

「大丈夫ですよ。それでは、こちらをお受け取り下さい」

 彼女の手から石を受け取ると、冷たい感触が手に触れる。

「それを強く握り込むと、魔法が発動しますので」

「あ、はい」

 言われた通りにぐっと石を握ると、拳の上に魔法陣のようなものが浮かび上がってきた。円形で、なにやら複雑に文字やらなんやらが描かれている。

「うおお……」

 思わず声が出てしまった。さすが異世界、やっぱり魔法って本当にあるんだな。少し感動してしまう。

 お姉さんがそれに手をかざして、一言。

「≪誓約≫」

 それが、その魔法の名なのだろうか。

 魔法陣から光があふれ出してくる。それが一転に収束した後、カードのように平たく薄い板を形作った。

「では、こちらを」

 どうやら、これを手に取れということらしい。

 言われた通りに、それに向かって手を伸ばす。周りに漂う薄い光を押しのけて、手がそれに触れる。

「……おお」

 途端に、それがカードへと変わった。材質は謎だが、肌触りが妙に良い。街中で見たのと同じ、異世界の言語が書き込んであった。

 それを読む前に、おねえさんが口を開く。

「それには所有者の名前、保有しているスキル、冒険者ランクが記されています。冒険者同士の簡易的な身分証になりますので、紛失には十分気を付けてくださいね」

「あ、はい」

 頷きつつ、カードの内容に目を通す。

 確かに、カードの一番上に異世界の言語で俺の名前が書きこんであった。こういう風になるのか。なんかおしゃれだ。

 左の方には『冒険者ランク:E』と書いてあった。その隣は空白で、通常ならおそらくここにスキルが書いてあるのだろうが――。

「あら、スキルを保有していないのですね」

「みたいですね……」

 分かっていたが。くるもんはくる。キツイわ。一個ぐらいくれてもよくないすか?

「ですが、スキルを保有していなくても特に問題はないですよ。冒険者ランクが高くなってくると、流石にきつくなってきますけど」

 まあ、それこそここには白百合がいるのだし、俺自体の強さはそこまで重要じゃないか。

 上の方に行ったら分からないけど、しばらくは安泰だろ。

「では、冒険者ランクの説明をさせていただきますね」

 ぜひ覚えておいてください、そう言って彼女は説明を始める。

「冒険者はクエストをこなしていくことで冒険者ランクというものを上げることができます。これが上になればなるほど、難しいクエストを受けられるようになります。それに伴って報酬も上がりますし、自身の地位や信用度もあがりますね」

「なるほど」

 どうやらかなり重要そうだ。白百合が俺をどこまで連れていってくれるのか。非常に楽しみだな。

 …………完全に寄生プレイヤーの考え方じゃねえか。情けねえ……。

 いや、まあクエストをこなしていくうちに、俺もなにかスキルを入手できるかもしれないし。そういうシステムならって話だけども。

「では、説明は以上です。受けたいクエストを左のクエストボードから選んで、こちらに持ってきていただければクエストを行えますので」

「了解です。ありがとうございました」

 会釈すると、おねえさんもぺこりと返してくれる。その所作が妙に整っていて、なにかこう、お嬢様味を感じた。

 金髪だし、マジでお嬢様だったりして。異世界だったらなんかそういうこともありえそうだ。

 ともあれ。これで終わりじゃない。俺は今日の生活費を稼ぎださなければいけないのだ。

「行こうか、白百合」

 声をかけて、白百合とクエストボードに向かう。

 数人の人達が、まばらにそれを眺めていた。それに混じって俺も貼られている紙に目をやる。

 なになに。マッドベアの討伐、必要冒険者ランクA。

「……なあ白百合。あれ倒せたりすんの?」

 目線を下げて、白百合に問うてみる。

「倒せる」

 まぁじで? 白百合最強じゃね?

 なんて思っていれば、白百合はでもと付け加える。

「でも、私は守りが強い精剣だから、時間はかかると思う。守りの精剣が攻撃するときは、ただの剣になっちゃうから」

「んん……? なるほど?」

 よく分かってないけど、適当に納得しておく。その時になれば自ずと分かるだろう。知らんけど。

「けど、マスターがやられることは絶対にない」

 そんなことは絶対に許さない、そう言いたげに彼女は俺を見つめる。

「それは頼もしいな。白百合がいれば俺もそこそこ頑張れる気がするよ」

 俺がそう言えば白百合が目を逸らし、前を向く。

 ちらりと見えた顔は、少し赤くなっているように見えた。

 かわいい。褒められて嬉しいのだろうか。超かわいいな。マジで。

 小動物チックな愛らしさを感じつつ。結局冒険者ランクが足りてないのでクエストは受けられないのだから、別を探さなければ。

 ううむ。迷子のネコ探し、必要冒険者ランクE。異世界に来てまでネコ探しなんてしたくないのでパス。

 暗黒竜の討伐。絶対無理。ハチの巣壊してください。普通に怖いから嫌だな。料理店の人手募集。普通にバイトじゃね?

 中々ピタッとハマる物が見つからない。選り好みしすぎなんだろうか? いやでもなあ、ネコ探しの報酬少なそうだし……。

 見てみれば、報酬は1000Gと書いてある。なぜだか分からないが――いや、主神のせいか。この金額はどうやら日本円と同じレートだということが分かる。

 ネコ探しで千円かあ。いや、悪くない……のか? でも千円じゃ宿とれないだろうし、だが野宿して飯だけならなんとか――。

 頭の中が迷走してきたところで、ふと目に入ったのは一つの依頼。

 スライム討伐。必要冒険者ランクE、報酬10000G。

「あ、これだわ」

 必要冒険者ランクも低いし、これ絶対弱いだろ。報酬も良いし、これはかなり美味しいのでは?

「白百合、これにしたいんだけど」

 そう言って俺が指させば、白百合も頷く。

「いいと思う。戦闘のいい練習にもなる」

 どうやら、白百合は俺があまり戦えないことが分かっているらしい。なんて物分かりのいい子なんだ。悲しい。

「じゃ、これにするか」

 呟いて、クエスト内容が記された紙をボードからはがす。

 これが俺の初クエスト。冒険者としての第一歩だ。そう考えると、この一枚の紙がどうにも重く感じてしまった。

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