2話

 周りの風景を眺めつつ、優しい風を受けながら二人で草原を進んでいく。

 いろいろ心配していたが、それは要らないものだったらしい。途中から草が禿げて道のようになっている場所を見つけ、そこを辿っていくと。

「……あ、あれ」

 俺が指をさすと、白百合もこくりと頷く。

「うん、街」

「良かった……」

 見つからなかったらどうしようかと思っていたが。ようやく肩の荷が下りたというかなんというか。

 一旦は安心できたな、うん。思ったより歩かなくて済んだし、やはり白百合の助けがありがたすぎる。

 思いつつ、歩く。相変わらず手は握ったままだ。

 ……さっきから思ってはいたけど。なんかこう、妙に懐かれてないか? 精霊ってこんなもんなんかな。それとも、この子が特殊なのか。

 幼ければ――まあ幼くないが、精神的に幼ければそんなこともあるのだろうと適当に納得して、歩みを進める。

 妹とかいたら、こんな感じなのかな。

 そうこう考えていれば、街の入り口らしき門が近くに見えてきた。

 石造りの門。戸は開けられているが、両端に槍を構え、鎧を着こんだ門番が構えている。

 うおおお、ファンタジーっぽい光景だな、これ……!

「なあ、白百合」

 声をかけると、白百合が俺を見上げて首をかしげる。

「なに? マスター」

「これ、このまま通ってもいいのか? 通行料とかあってもおかしくなさそうだけど」

 ゲームじゃ必要ないことの方が多いけど……。通行料や通行証が必要になることもなくはないだろうし、一応白百合に聞いておこうと思ったわけだが。

「前のマスターと通った時には、無かった」

 まあ、今の状況が分かるはずもなく。

 ここで突っ立っていてもしかたない。頷いて、じゃあ行くかと白百合に声をかけ、足を踏み出す。

 緊張するな、これ。武器を持っている人の横を通るのもそうだし、なによりもここから俺はまた新しい土地へと足を踏み入れるのかと思うと、ドキドキと心臓の脈打つ音がはっきりと聞こえてしまう。

 ここは、言うならば俺の始まりの街となるわけだ。

「っ……」

 ごくりと生唾を飲み込んで、門をくぐる。

 無事に通れて安堵しつつ、目の前の光景へと目を向ける。

 幅の広い石畳の道が中央を通っていて、木組みの家がずらりと並んでいる。行きかう人々はRPGなんかで見たことのあるような服装をしているし、所々に馬車が通っていたりする。

 要するに、あれだ。中世ヨーロッパ。

「おお……!」

 画面越しにしか見たことのない光景に、思わず声が漏れる。

「マスター?」

「ああ、いや、ちょっと感動して」

 白百合は不思議そうな目で俺を見ている。

 この感動、やはり現代に生きる人間にしか分からないものなのだろうか。

 ……ともかく。これで無事、街に到着したわけだが。

 冒険者ってどうやってなればええねん。

「…………なあ、白百合」

 迷ったら白百合。助けて白百合。

「冒険者って知ってるか?」

「うん」

 頷く白百合に、続けて俺は疑問を投げかける。

「冒険者になりたいんだけど、なり方ってわかる?」

 またもや白百合は頷いて、道の奥の方を指さす。

 石畳が続き、階段を上った先に大きな建物が見えた。聖堂みたいで、すごく綺麗に見える。

 なんか、異世界って感じするな。街の中心を進んでいけば、ああいうところにたどり着くとか。

「変わってなければ、あそこがギルドハウス」

「ギルドハウス?」

「うん。あそこで素材を売ったり、クエストを受けたりできた」

「ああ、なるほど」

 できた、というところが一瞬引っかかったものの、まあ今まで白百合が言ったことは大丈夫だったしええやろという精神。

 というか選択肢なんてほとんどないも同然である。俺は今金もなんもないので、今日の食費すらやばいレベル。街に泊まれるところが一つくらいはあるだろうから、その分のお金も稼がないといけない。

 あれちょっとまって、これ結構きつくね?

「……行こう、白百合」

 頷く白百合の手を引いて、道を進んでいく。

 その間、暇なので辺りを見回してみる。見る限り、いろいろなお店があって繁盛しているようだ。

 八百屋とか、そういう見たことのあるようなものから、店先の看板に剣のマークと”武器屋”という文字が書かれているようなところもあって。

「……んん?」

 違和感。

 なにに違和感を感じているのか分からず、看板をじっと見つめてしまう。

 そうして、唐突に理解した。

「これ日本語じゃねえ」

 看板に書かれていた文字は日本語ではなく、いうならば異世界語のような、全くもって読めないはずの文字。が、俺の頭にはなぜかそれが日本語訳されて伝わっているようで、先の違和感はそれだったわけだ。

 明らかにあのイケオジがしたことだろう。

 これはめちゃくちゃ有難い……! 異国の言語の勉強から始めないといけないとか、正直言って勘弁してくれって感じだ。

 心の中でイケオジに手を合わせ感謝の言葉を述べつつ。俺は歩を進める。

「…………」

 あまりにも非現実的な光景。

 まさか、生きているうちに腰に剣を引っ提げて歩く人を、それも街中で何人も見るとは思わなかった。

 全体から見た数こそ少ないものの、確かに存在している人種。俺の予想が正しければ、この人達が冒険者と呼ばれているのだろう。

 そんな風に、いろんなよそ見をしながら歩く。

 ふと横に目をやれば、白百合も周りをじっと観察しているようだった。

「こういうところにくるの、500年ぶりなんだろ?」

 俺が問えば、白百合は視線をこちらに戻して頷く。

「うん」

「なにか変わってることとかあるか? ほら、見たことのないお店があったりとか」

 少し間をおいて。白百合は周りを軽く見渡してから首を振った。

「ううん、ほとんど同じ、だと思う」

「そっか。何百年もたってれば違いはありそうなもんだけど、意外とそうでもないのか」

 と、白百合はでもと注釈を入れる。

「私は――というか、私たちはそもそも普段は森にいたから」

「……え、森? いたって森の中に住んでたってこと?」

 うん、と彼女は頷く。

 そりゃ相当へんぴな場所に住んでるもんだなと一瞬思ってしまったが、要するに田舎ってことだろう。別に変でもなんでもなかった。

 精剣とその持ち主が森で暮らしている。うん、なんともファンタジックな感じがする。

「だから、昔の街を記憶しているわけじゃなくて、違いが分からないだけかもしれない。それに、この街には一度しか来たことが無いから」

「あー、なるほど」

 俺も一回来ただけの街にどういうお店があったとか、全ては把握できないしな。さすがに少なくても何店かは入れ替わってると思う。

 まあ、それを含めても街には大きな変わりは無いということだろう。これが珍しいことなのか、特にそうでもないことなのか。現代風に考えれば――そうだな、地元の八百屋が創業五百年を達成している、とか。

 いや普通にすごいやんけ。

 そんなこんな考えつつ歩いていれば、ギルドハウスとやらに続く階段が目の前にあった。

 上の方には、やはり聖堂のようにしか見えない荘厳な建物が見える。

 白百合の手を引き、階段を上り始める。階段の横は段々の花壇になっていて、赤白黄色と様々な色の花が咲き乱れていた。

 綺麗だなあと俺の持つ語彙力の限りを尽くして景色の感想を述べてみる。

「この光景も、昔と変わらない」

 白百合が、花壇を見てそう呟く。

「へえ。何百年もこれが守られてるのか」

「うん。ギルドハウスへ続く道が綺麗だったのは、私も覚えてる」

「なるほど」

 確かに、この光景は一度見ると忘れはしないだろうな。俺には花の種類がどうのこうのというのは分からないし、わざわざ見に行くような人種ではないけれど、そんな俺でもこの景色は綺麗だと思えた。

 ……まあ、テンション上がりすぎて異世界の光景なんでもすごく見えてる説は否定できないが。異世界さいこー。

 そんなこんなで階段を上り切れば、見えてくるのはギルドハウスと、その前に広がる大きく開けた広場だった。

 噴水が中央にあり、それを囲むようにして長椅子がぽんぽんと置いてある。生垣や植えられている花が綺麗で。

「……庭園かよ」

 お高めな屋敷とかにありそうな雰囲気。街の人達や冒険者らしき人達が談笑をしていて、ほんわかとした雰囲気を感じる。

 なんて平和なんだ。異世界って言ったらちょっと治安悪いみたいなイメージがあったけど、そんな空気は微塵も感じない。というか街を歩いていても、剣を持ったいかつい男はいても拳を人に向かって振るようなやつは見なかった。異世界だから地面にペットボトルが落ちているなんてのも無かったし。

 ……下手な日本の街より綺麗じゃん、ここ。

 文明が進んでいない方がいい面もあるのかもしれない。複雑な感情を抱えながら俺と白百合は広場を通り抜ける。

 ギルドハウスは、近くで見ても縦横とやはり大きかった。これ、何階建てなんだろ。三、四階はありそうな感じだ。

 入り口には扉が無く、開放的に開かれていた。中の様子がここからでも少し見える。そこそこの冒険者らしき人たちで賑わっていた。奥の方にカウンターがあって、そこに何人かのスタッフらしき人がいることが分かる。

 白百合が、そのカウンターを指さす。

「あそこの人達に話しかければ、冒険者になれるんだったはず」

「了解、ありがと」

 俺が疑問を口に出す前に、白百合はそう伝えてくれる。

 ちょっと緊張するなやっぱ。けどここで臆していてもしょうがないので、覚悟を決めるしかない。

 意を決して、俺は白百合の手を引く。

 彼女は俺を見上げ――少し、微笑んだように思えた。

「マスター、大丈夫。何かあっても私が守るから」

 少し強く、俺の手が握られる。

 ……まさか、こんな小さい子に励まされ守られる日が来ようとは。なんというかこう……。くるものがある。

 いや、別にビビってたわけじゃないし。ちょっと緊張してただけだから。別に怖いとかじゃないから。

 なんて口に出して言い訳をしたほうがみっともないので、口をしっかりと閉めて封印。

「……うし。行くか」

 白百合はこくりと頷く。

 俺が足を踏み出せば、白百合も合わせてトコトコと俺の横を歩きだした。

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