1話
鈴が鳴るような可愛らしい声。
言葉を選ばずに言うなら、有名声優みたいな声質だ。陳腐な言葉だが、もはやそうとしか言えないほど可愛らしい声だったんだから仕方ないだろう。
……いや、そうじゃなくて。
何が起きたんだ、今。剣が光って、目の前に少女が現れて。
それに、俺の元から剣が消えている。さっきまで握っていたはずの剣がきれいさっぱりと消えているのだ。
「……これは、どういう」
思わず口をついて出た疑問。
意図が分からなかったのか、彼女は首をかしげていた。
「マスター?」
「いや、ああ。えっと」
纏まらない思考を無理やり何とか落ち着けて、とりあえず質問を投げかけてみる。
「えっと。君は?」
「私は白百合。マスターの精剣」
精剣。
その言葉には聞き覚えがあった。確かさっきまで持っていたはずのそれがそういう名前だったはずだ。
そういえばあのイケオジがなんか言ってたはずだ。
確か、そう――――精剣には精霊が宿っているとか、なんとか。
「私は精剣に宿った精霊。というか、私自体が精剣」
「……えっと、つまるところ君は、さっきの剣に宿ってた精霊ってこと?」
ほぼオウム返しみたいな質問に、彼女は長い髪を靡かせて頷いた。
……なるほど。
ゲームやらなんやらで見たことのある展開だ。剣に精霊が宿っていて、それがプレイヤーの前に現れる。
説明を受けた時思い出した黒歴史にも存在していたはずだ。剣に封印された竜だか龍だか魔人だかなんとか。
あの時一瞬、ほんの一瞬だけまさかとは思ったが、これはそのまさかだったわけだ。
「マジか……」
そんなことあるのか。
いや、あるのだろう。この世界は異世界で、さっきまで俺は死神とやらに会っていて、そいつに渡されたものなのだから。
非現実はこれでもかと体験した。いつの間にか俺には、この程度のファンタジーなら余裕で受け止められるだけの抗体ができていたようだった。
「マスター?」
というか、この子俺のことマスターって呼ぶのか。いやまあ変に名前で呼ばれるよりはマシか。マシか?
分からんがともかく。
「いや、ちょっと考え事してた」
こほんと咳払いを一つして。
「君は俺のことを守ってくれる精剣、ってことでいいんだよな」
俺が問うと、彼女は頷く。
「そっか、それじゃ」
これから俺を支えてくれる――本当にあらゆる面で、主に生活面で支えてくれるであろう彼女に、俺は手を差し出す。
「これからよろしく、白百合」
呼び捨てで良かっただろうか。ちゃん付けとか、それともさん付けという選択肢だっただろうか。精霊というものに対する関わり方なんて知らないから、外見から年下、後輩のような扱いをしてしまったけど。
けれども相変わらず無表情で、だがどこか楽しそうな雰囲気で。
彼女も、俺の手を取ってくれる。
「うん。よろしく、マスター」
……うん。
いきなりまあまあなイベントが起きたが、なんとかやっていけそうな気がした。
現状が何も解決していないことに気付くのに、そう時間はかからなかった。
なんせ周りは草原である。白百合という、”聞く限りでは”かなり強力な武器が俺の手元にはあるものの、だからといってそれを生かせる場がなければ宝の持ち腐れである。
とにかく、だ。
一旦――そうだな、街とかに行ってみたい。恐らく俺はこの世界で冒険者として生きていかねばならないだろうから、とりあえず街に行っておけば色々と都合がいいだろう。この世界のことは全くと言っていいほど知らないが、こういうのは街に行けば割と何とかなる物である。
まあ、ゲームとかから学んだ知識でしかないけど。RPGに似た世界観というからには、別にそうであってもおかしくないと思うわけだ。
……問題は、俺がここからどう行けば街に着くのかが分からないのかということなのだが。
「白百合、街がどこにあったりするかって分かったりする?」
頼みの綱はやはり白百合。
聞かれれば、白百合はなんとも微妙そうな声色で答えてくれる。
「知ってはいる。けど、昔のことだからその街が今も残っているかは分からない」
「……え、そんなに長く生きてるのか、白百合って?」
「正確な時間は分からない。けど、最後に街を見たのは……」
少し考えるそぶりをして。
「恐らく、500年くらい前」
「ご、ごひゃ……」
びっくりしすぎてなんか変な声出た。
そっか。そういうのもあるよな、だって精霊だし。長く生きている精霊なんて特に珍しくもなんともない。
そういう設定の作品は何個も見てきた。
「そんなに昔なら、まあ分かんないよなあ」
「……驚かない?」
「なにが?」
「沢山生きていること。前のマスターは驚いていた」
前のマスターか。
なるほど。精剣にも前の持ち主なんてあるのか。それってさっきの死神のことなんかな?
ともかく、俺は問いに答える。
「そりゃ驚きはしたけど。だからと言って、特に思うことがあるわけじゃないかな」
「そう」
彼女は小さく返事を返す。
「精霊に会ったときに驚かない人は少ないから、ちょっと不思議」
「いやいや、だから驚きはしたよ。ただその……なんていうか、それに耐性があったというか」
言い方があっているのか分からないがまあそういうことだ。
納得したのかしていないのか、彼女はどこかへ向けて指をさす。
「この場所がどこなのかはっきりとは分からないけど、あっちに進んでみるといいと思う」
「ほお。っていうと?」
「……勘」
勘。思ったより中途半端な奴だった。
けどまあ、何も情報が無い状態で進むよりかは幾分かましだろう。少なくても情報を持っている白百合の言うことだ。信じてみる価値は十二分にある。
「うし、じゃあ行ってみるか」
俺がその方向へと歩き出せば、彼女はその横にとことことついてくる。
なんか、小動物みたいで可愛いな。
「白百合がいて助かったよほんと」
そう言うと、白百合は俺の方を見上げる。
「危うくこんなところで孤独死するところだった」
生き返ったはいいもののどうすればいいのか分からず草の上で寂しく孤独死とかマジで最悪だったからな。
というか、生き返る場所草原じゃなくてもよくないか? もっと親切な場所にして欲しかったんだが。
「でも、所詮はただの勘。あまりあてには」
「それでもないよりはマシだろ?」
それはそうだけど、と彼女は頷く。
「私も、マスターと会えてよかった」
「……え」
突然、彼女はそんなことを言ってくる。
「何百年も、人と会うことなんてなかったし、マスターになる人も現れなかった」
だから、と彼女は微笑む。
さっきまで表情が崩れることは無かった彼女が、本当にうれしそうに顔を綻ばせるのだ。
「……そっか」
寂しかったのだろうか。
いや、寂しかったはずだ。というか、何百年も一人なんて普通は耐えられない。恐らくは精霊という特殊な生き物だったからこそ、その孤独を受け止め続けられたのだとは思うが。
……なんかこう、この子が楽しめるようなことを探してあげよう。うん。それがいい。
これから常に助けてもらうことになるのだから、なにかお返しというか、労働に対する対価を渡すべきなのだ。
後で趣味とか聞いとこ。
と、白百合が立ち止まる。何事かと俺も立ち止まって振り向いてみれば。
「マスター、手を繋いでいい……?」
彼女は、伏し目がちに聞いてくる。
少し驚きはしたものの、もはや俺に他の選択肢は無かった。
「いいよ」
そう答えれば、彼女はまた嬉しそうな表情になった。
俺が差し出した手を、彼女はしっかりと握る。
「じゃ、行くか」
「うん」
気が付けば、元の無表情へと戻っていた。が、やはりどこか嬉しそうな雰囲気を感じるのだ。
容姿相応、歳相応――いや何百年も生きてるんだっけか。まあともかく、なんというかそうすることが似合っているような彼女に、俺も思わず微笑んでしまう。
目の前に広がるは雄大な草原。
先は長そうではあるが、退屈はしなさそうだなと、俺は歩を進めた。
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