転生特典で貰った精剣に滅茶苦茶可愛い精霊が付いて来て最高って話

西条汰樹

1章 第一の精剣、或いは守護の白髪

プロローグ

 目の前の光景に、俺は目を擦る。

 ただひたすら、ひたすらに白く広がる空間。何度目を擦り、頬をつねってみても見える景色は変わらない。

「……どういうことだよ」

 疑問、動揺。

 俺はさっきまでベッドの上で寝転がり日常系アニメをだらだらと見る、そんな贅沢な休日を過ごしていたはずなのだが。

 生憎俺の部屋はこんなに真っ白ななにも無い空間ではない。こんなところで暮らせるのは、もはや空気さえあれば生きていけるような最強のミニマリストくらいだろう。

 残念ながら俺の部屋にはゲームラノベ等々が転がっている。つまるところ最強のミニマリストではないわけで、さっさとここから抜け出したいのだが……。

 さっきも言った通りここには何もなく、ただ白い空間がひたすらに広がっているのみで、入り口もなければ出口もない。物もなければどうすればいいのかという疑問の答えも存在しないわけだ。

 いや普通に困るんだが。

 ドッキリかなんかなのか……? いや俺なんかにこんな手の込んだドッキリするやつとかいないと思うんだが。

 どうすればいいのやらとその場をうろちょろしていると。

「…………は、ええ?」

 目の前に、本当に突然人が現れる。

 白髭を蓄えた渋い顔にタキシード姿。所謂イケオジといったような風貌で、被った帽子を抑えて彼は口を開いた。

「よう、少年」

「は、はあ。どうも」

 訳も分からずに一旦挨拶を返せば、イケオジはにこりと笑顔になる。

「さて。君はこの状況に疑問を持っているはずだ」

 渋い良い声でイケオジはそう話す。声優とかそういう職業できそうなくらいに声がいい。

「そう、ですけど」

 うむと頷き彼は続ける。

「単刀直入に言おう。保坂雅仁君、君は死んだわけだ」

 …………ん?は、え? なんて? 今なんて言ったこの人?

「え、はいぃ?」

「そんでもって、ここは死後の世界だ。私はそこの管理者――まあ、死神とでも思ってくれたらいいだろうか」

 ああ、なるほど。

 これはあれだ、テレビでやってるやたら大規模なドッキリだ。凝ってんなあこれ。この空間どうやって作ったんだろうか。

「へえー」

「嘘かなんかだと思っているだろう、君は。残念ながらこれは現実なんだ」

 いや……なわけ。大体俺、死んだ実感とかないし。そういうのはフィクションの世界の話だろ、うん。

「そもそもだ。君はさっきまで自分の部屋に居たんだろう? そこからどうすればこんなところまで君を連れてこれるんだ」

「…………それは」

 口ごもる。この状況は、はっきり言って普通じゃない。

 まるで魔法でも使ったみたいに、急に目の前の景色が変わって、急に人が現れるなんて状況は。

「マジ?」

「マジだ」

 マジかあ。マジかあ……。

 どうやら本当にマジらしい。もはや語彙力が完全にバカになってしまう。

「俺本当に死んだんですよね? 死因って何なんですか」

 俺が聞くと、イケオジは相変わらずのイケボで。

「ああ、心筋梗塞だ」

「うわあキッツイ」

 思ったより本格的な死因だった。いや本格的な死因って何?

「あの、全然苦しくなかったんですけど、それっていうのは」

「まあ、珍しいくらいするっと死んだよ、君は」

 そうかあ。

 まあ、死ぬときに苦しまなくてすんだのは良かった……のか? 不幸中の幸い、いやそもそも死んだ後に幸いなんてそんなもんないけど。死んだのがマイナスすぎて幸いが打ち消されてしまっている。

 ともかく。ともかく俺は、死んだのだ。心筋梗塞とやらであっけなくぽっくりと。

 不思議と悲しみは無かった。いきなりすぎて実感が湧かないのかもしれない。ただ何となく空虚で薄暗い気持ちが胸の内で渦巻いていた。

 俺はもう、あそこには戻れないのか。

 アニメを見てゲラゲラと笑ったり、高難易度のボスを撃破して喜んだり、友達と連携が取れた喜びを分かち合ったり。

 そんなことは、もう。

「そう、ですか」

 口から漏れ出たのは、そんな相槌だけ。

 目の前が真っ暗になったような感覚。もはやどうすることもできない絶望。

 俺は、俺は。

「まあ異世界で生き返るけど」

 なんでもないことかのように、彼は言う。

 そうか。俺は、異世界で生き返るのか。

 そうか。異世界で。異世界で生き返る。

「…………え?」

 えちょっと待って異世界で生き返るのか!?

「はあ!?」

「まあ、そういうシステムなんだ」

「いやいやいや……」

 創作の世界じゃないんだから。

 そう口にする前に、彼は俺へと手のひらを向ける。

「まあ待ちな、少年。君は生き返りたくはないのか?」

「いや、そりゃ生き返れるなら生き返りたいですよ」

「ならいいじゃないか。例えそれが元の世界とかけ離れた世界観だとしても」

「いや大問題ですけど!?」

 ていうか。と俺は語気を強める。

「そもそも、生き返れるのなら自分の家まで戻してくださいよ」

「ふむ。そこらへんの説明はまだだったか」

 いちいち様になる声でそう話す彼が、それではと喋り始める。

「そもそも、だ。君は今日死んだわけだが、元々君が死ぬのはかなり後だったんだ。具体的に言えば65年後になるが」

「は、はあ」

 俺は今17だから、82で死ぬ予定だったってことか? 長生きなのかそうじゃないのかギリギリのラインで死ぬのか俺は。

 ……あれ? でも俺今死んでるよな?

「だが、その。こちら側のミスで、死期が大幅に縮まってしまったんだ。それが今の状況だ」

「……え、つまり俺ってそっち側のミスで死んだってことです?」

「ああ」

「ああ、じゃないですけど!?」

 たまったもんじゃないが!? なんで一度きりの生を人様のミスで……人? 人なのかこいつは。死神とか言ってたよな、そう言えば。

 じゃなくて!

「なんでそっち側のミスで俺が死ななきゃいけないですか! 元に戻してくださいよ!」

「すまない。それはできないんだ」

 俺が声を荒げれば、無駄にカッコイイ声でそう謝ってくる。無性に腹立つなこのイケボ。人殺しといてなにイケボで喋ってんだキレそう。

「詳しく説明することはできないんだが、一度死んだ人間を元の世界に生き返らせることは天界法で禁止されているんだ」

「天界法? って、なんですかそれ」

「私が普段いる天界での決まり事だ。そっちの法律といえば伝わるだろうか」

「ああ……」

「分かってくれただろうか」

「いや納得できないですけど」

 そんな説明で「ああ分かりました」と言えるほど俺は優しい性格をしているわけじゃない。

「すまない。こればっかりはもう私ではどうにもできないんだ」

「いや、そんなこと言われても……」

「だからこそ、私ができる最大限をさせて欲しい。それが異世界への転移なんだ」

 な、なるほど。納得はできないが理解はできた。

 要するに、俺が日本で生活することはもうできないけど、異世界に送るって形で人生を再開できるよ、と。そういうことか。

 いやそんなん納得……。

 いや……ちょっと楽しそうではあるけど……。

「いややっぱり無理ですって! ゲームとかできない感じでしょ絶対!」

 元の世界とかけ離れたとか言ってたし。ゲームは俺の生きがいなので無くなったら死にます。ゲームもなければアニメもないだろうから二度死にます。つまり三度死ぬということですややこしいな。

「まあ、そうなる。地球世界――君が暮らしていた世界で言う、RPGとやらに近い世界だから、そういう技術は存在しないんだ」

「……は、え? RPG? 今RPGって」

「ああ。魔法がある世界で、魔物がいたり、冒険者という職業が存在している。世界観がかなりかけ離れているな」

 あーなるほどそういう感じ。なるほどね。

 それはオタク心を非常にくすぐられる。行ってみたいことは行ってみたい、それは確かだ。

 けど。

「それは、個人的には好きな感じですけど。俺はそんな世界で暮らしていけるほど鍛えられた人間じゃないんですよ」

「ほう、というと?」

「だって、そうじゃないですか。魔物とか出るんですよね? 俺魔物倒すとかできませんし、それに」

 一息ついて、話を続ける。

「働いて暮らすっていっても、上手くできるかどうか」

 俺はまだ学生で、そもそもバイトすらしたことがない人間だ。そんなペーペーがいきなり、それも異世界で働くなんてはっきり言って無茶だろ。そもそも就職できるかすら怪しい。

「……確かに、それはそうだな」

 イケオジも納得したように唸る。

 しばしの無言。俺もどうしようかと俯いていると、突然イケオジが声を上げた。

「なら、君にギフトを授けよう」

「ギフト、ですか?」

「ああ。これがあれば異世界で一生涯暮らしていける、そんなものを君に渡そうか、と」

「確かに、そういうのあったら生きやすいとは思いますけど……」

 では。そう言って、彼は口を開く。

「約束しよう。君が異世界へと行くのであれば、私はギフトを一つ君に授ける。これは私からの、天界からの謝罪の意だと受け取ってくれないだろうか。もちろん異世界へ行かずこのまま生を終えるのも君の自由だ。それは君に選択権がある」

 大事なのは、私は最大限にサポートをすると。

 そう彼は言うのだ。

「…………」

 どうしたもんかなあ。

 そりゃ、生きたい。生きれるのならまだまだ長く生きていたい。そんなのは当たり前だし分かっている。

 ……だったら答えは二つに一つじゃないか。たとえ異世界で生きるのが苦しくても、サポートを受けられるのであればなんとかなりそうな。そんな気もするし。なんだかんだRPGの世界で生きるのも楽しそうだ。

 それに、なにより。

 俺はまだ死にたくない。それが答えだった。

「俺はまだ、生きたいです」

「ああ。分かった」

 そう言って、彼は手を動かす。そうして気が付いた時には彼の手に一振りの剣が握られていた。白を基調としていて、金で絢爛な装飾がなされている。非常に値が張りそうである。知らんけど。

 てかこわ。え、なにそれ急に。怖いんですけど。

「これを君に」

 そう言って剣を俺に渡してくる。とりあえず受け取ってみると、ずしりとした重みが腕にのしかかった。

「これは精剣といって、簡単に言えば精霊が封印されている剣なんだが」

 ああ。なんかあるよねそういうやつ。中二病で5回ぐらい通ったわその道。

 ノートに書き散らした暗黒剣(最強)を思いだし一人悶えてしまう。

「精剣は、異世界にいくつか存在する。その中でもそれは守りに特化したものだ」

「守り?」

「ああ。まあだからと言って、戦闘が弱いわけではない。この剣を持つだけである程度以上に戦えるはずだ」

「は、はあ」

 頷きかけて、ちょっと待てと話に割りこむ。

「いや待ってくださいよ、俺に魔物と戦えって言ってるんですか!?」

「ああ、そうだが」

 なんでもないことかのように言う彼に、俺は心の底からの反論を返す。

「いやいや、無理ですって! 俺剣とか使えませんし!」

 ていうか魔物と戦闘とか普通に嫌。というか俺みたいなのがそんなのをこなせるわけがない。

 度胸もなければ技術もない、そんな人間じゃ速攻で殺されて終わりな気がするのだが。

「だからこその精剣なんだよ、少年」

 言って、彼はにやりと笑う。その姿すら様になっていて、なにやら迫力を感じてしまう。

「さっきも言ったが、精剣は持つだけで使用者に力を与えてくれる」

「力、ですか」

「ああ。能力はものによってさまざまだが、これは守りに特化している精剣だ」

 そういやさっき言ってたな。けど、守りって何の守りなんだ?

 聞かれるまでもなく、彼は説明を始める。

「これを構えて敵と対峙すれば、おのずと分かることだが。主人に飛んできた攻撃を精剣が防いでくれるんだ」

 ああ、なるほど。要するにオート防御みたいなもんか。確かに滅茶苦茶強そうではある。

「守りに特化したとは言ったが、なにも攻撃面が弱いわけじゃないから、そっちもある程度こなせるようにもなる。もっともこっちは自動ではないが」

「……確かに、聞いた感じじゃ強そうですけど」

「危険については心配しなくていい。これを持っておけば、並大抵のことがなければ防御を突破されることは無いだろう」

 それに、と彼は続ける。

「魔物戦って報酬を得る職業――冒険者になれば、巨万の富を築くことも夢ではない。この剣があればその夢はもはや現実のものとなるだろう」

 冒険者。

 その言葉を、俺は反芻する。

「もちろん普通に働くとか、金をぽんと渡すというのもアリではあるが、それじゃあつまらないだろう?」

 問われて、俺は頷いてしまう。

 せっかくなら楽しい職に就きたい。異世界らしいことをしたいと思ってしまった。

「精剣をもって、冒険者となって。そこからどうするかは君次第だ」

 そう言って、彼は指を鳴らした。

 途端に目の前が白んでいく。

「っ!?」

「さあ、行ってこい少年」

「いや、俺はまだ――!」

 同意してねーよ!

 叫ぶ前に、声が聞こえる。

「せめてもの償いだ。思う存分異世界を楽しんできてくれ」

 そうして、声は無くなる。

 もはや何も見えなかった。死神イケオジの姿は元より、もはや自分の視界ごと潰されたかのような錯覚。

 平衡感覚すら失って地面に手を突く。手に持つ剣の冷たい感触だけを頼りに意識を保つ。

 瞬間、目の前に色が戻った。

 緑と、青と。いきなりすぎて初めはのうちは理解できなかったが、落ち着いてくると目の前の光景をしっかりと捉えることができる。



「おお……!」



 目の前に広がるのは雄大な草原と、清々しいまでの青空。その光景に、思わず声が漏れる。

 後悔はある。

 死んでしまった無念も、生き返ることを選んでよかったのかという迷いも。

 それでも、賽は投げられたのだ。

「……よし」

 気合を入れろ、俺。

 頬をパチンと叩いて気合を入れる。思い返すのはあのイケオジの言動。

 あいつ、いきなりすぎやしないだろうか。せめて心の準備位させてほしかったのだが。

 本当に謝る気が合ったのか疑問に思ってしまう。いや、それ相応の品は貰っているのかもしれないのだが。

 ともかく、だ。もう過去のことを考えていても仕方がない。やり残したゲーム、見残したアニメ、両親や友達へ一言言いたかった等々後悔は尽きないが、今は目の前に意識を向けなければ。

「やっぱこれだよな、問題は」

 今も右手にずしりと存在感を感じている、これ。

 精剣というらしいこやつは果たして、本当に俺を助けてくれるものなのだろうか。

 外見は普通の……といってもかなり高そうなものではあるが、見る限り言われていたような特殊能力がありそうには思えない。

 ……刀身になんかあるとか?

「お、いしょっと」

 重い剣を、鞘から引き抜いてみる。

 日光を反射して輝く銀色の刀身。特に特徴といった特徴は無いように思える――が、よく見れば柄近くに何かの紋様を見つける。

 なんだろ、これ。なんかの花だろうか。無い知識をフル活用して考えるが、無いものは無いので特に思いつかない。

「――ん?」

 いや、気のせいか。目を擦ってみて、もう一度剣を見る。

 いや……あれ?

 この剣、なんか光って――――

「うわっ!?」

 思わず目を逸らしてしまうほど眩しい光。が、何だったのか一瞬で過ぎ去っていった。

 なんなんだよとぼやきながら目を開く。

「………………え」

 そうして、俺はただ呆けることしかできなくなる。

 長い白髪を靡かせて、俺を上目遣いに見つめる少女。体躯は小さく、身に纏った白のワンピースが幼さを強調させている。

 けれど、その姿があまりにも様になりすぎていて、思わず見とれてしまっていた。

 彼女は無表情で、でもどこか上機嫌な声で俺に問いかける。

「おはよう、マスター」

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