第4話 解呪。

「ねぇ、玄太。真守君の残した残留思念読み取れそう?」

「あぁ、やってみる」

 そう言うと玄太は二人から離れ、屋上の中央に立つ。そこは、真守が屋上から飛び降りる前に仰向けで寝転がって場所だ。

 そこから、玄太の視線は何かを追うように動き始める。


 少し離れた所でその様子を見ていたかすみ先生が、夏菜に声をかける。

「あの子が何かをつかむまで、私の作った『金魚の糞チョコ』食べて待っていようか! 女の子は、甘い物を食べて力を補充しておかないとね」


 かすみ先生が、ヒョロヒョロと細長いいびつな形のチョコをくれたが、そのネーミングに食べるのを一瞬躊躇ためらう。

「あのう、かすみ先生と藤原君って……」

「あぁ。姉と弟。なんとなく、わかってたんでしょ? でも、他の生徒たちには内緒よ」

「——はい」

 

 夏菜は、やっぱりそうだったんだと思いながら、恐る恐る『金魚の糞チョコ』を口に入れた。

「あっ、美味しい」

 緊張がほぐれ、思わず笑みが零れる。


 二人が談笑していると、突然、頭の上から声が降って来た。

「あー! チョコ食ってる!! 俺が、情報収集している間に、お前らはぁ~~~」

「まぁ、まぁ。ほら、玄太の分も残してあるから。美味しい金魚の糞チョコ。はい、どうぞ」

「えっ? 金魚の糞???」


 姉の持つ黒い物体は、まさしく金魚の糞のような……

「俺は、いいや――。それより、呪いの正体が解けた」

「でかしたぞ、玄太!」

蠱毒厭魅こどくえんみだ! ただ、神霊となるはずだったムカデを真守君が食べてしまった」

「じゃあ、真守君が神霊になってしまったの? それじゃ、浄霊なんてできないんじゃ……」

 夏菜が、眉根を寄せていう。 

「玄太、誰が神霊となった真守君を使って呪いを遂行しているの?」

井上内親王いのうえないしんおう

「はぁ―――――――?」


 かすみ先生が、素っ頓狂すっとんきょうな声をあげた。


「井上内親王って言ったら、奈良時代の光仁天皇こうにんてんのうの妻よ。よくある皇族争いで、藤原百川ももかわ蠱毒厭魅こどくえんみの罪をきせられ流罪。その後15歳の息子ともども毒殺された悲劇の人。井上内親王っていったらね、幼い頃は、伊勢神宮の斎王さいおうだった人。そんな人を、あのバカ男百川は殺しちゃったのよ! 井上内親王に祟られて死んだなんて言われているけれど、そんなの当然の報いよ! なんで井上内親王が、あの真守という小童こわっぱと繋がるの? あり得ないんですけどっ!!」


 さすが、社会の教師だ。次から次へと、機関銃のように喋り続ける。しかし、口が悪い。玄太は、興奮する姉に引いていた。


「あのぅ、かすみ先生。真守君は、井上内親王に仕えていた陰陽師の子孫だったと思います」


「えっ? そうなの? かつての恩を返すために、陰陽師の子孫の無念を晴らそうとしているの? なら、井上内親王って、やっぱり良い人じゃん!」


「良い人なわけないだろ? 呪いで人なんか殺しちゃ駄目だよ! さて、その井上内親王が解呪しようとする俺たちの前に現れましたよ」


「はぁ? 早く、なんとかしなさいよ! 私は、視えないし、なんにもできないんだから‼」


 かすみ先生はそう言うと、扉の影に隠れた。


 餓鬼を引き連れた井上内親王の隣には、真守の影が揺らめいている。人間としての形は崩れてしまっていて、まはや浄霊できる状態ではなかった。夏菜も、それを悟った。


「夏菜さん、君は何ができるの?」

「式神くらいなら扱えます」

「じゃ、あの餓鬼ども祓えるかな?」

「できます!」

「頼む。俺は毘沙門天さまと応身して戦うから」


 玄太が真言を唱えると、毘沙門天が現われ玄太の体と重なった。

「よし、成功。これで、毘沙門天の力が使える!」


 その様子を見ていた井上内親王がの体がわなわなと震える。

「くっ、まさかこんな術をつかえる者たちがおったとは…… お主、何者じゃ?」

「修行僧見習い玄太! さぁ、行くぞ‼」


 玄太が勢いよく踏み出すと、内親王は龍に変化しその長い尾で夏菜の体をはらった。


「キャ――――――」

 

 叫び声と共に、夏菜が屋上から落ちた。

「ヤバい!」

 慌てて下を見ると、水の張られたプールに夏菜は落ちていた。水中から顔を出そうと藻掻もがく夏菜を、餓鬼どもが引きずり込む。その様子を見た玄太がプールへと飛び込んだ。続いて、龍に変化した井上内親王も飛び込む。


 餓鬼たちから逃れ、なんとかプールサイドにい上がった夏菜。

 朦朧もうろうとする意識の中で、かつての自分が海の中へ入水する姿が浮かんでいた。


「愛しい行基ぎょうきさま。どんなにお慕いしても、お坊様であるあなたに、この想いは告げられませぬ。他の方に嫁ぐくらいなら、一層のこと……」

 そう言って、海へと入って行く女性。


 あぁ。これは、私の前世・手児奈てこなの記憶だ。藤原君は、やっぱり行基さまの生まれ変わり。


 夏菜は、そのまま意識を失った。

 

 プールサイドで気を失った夏菜を見て玄太が叫ぶ。

「お前を死なせない! 絶対に助けてやる!!」


 玄太は龍の背に乗って真言を唱えながら、三叉槍さんさそうを突き立てた。


『頼む。深く、もっと深く入ってくれ! 龍の鱗を突き抜けることができれば、こっちに勝算があるんだ。夏菜は、俺が護る!』


「ぐぅわぁぁぁぁ―――――」

 龍の体が崩れ落ちた。


 

 

 

 

  


 


 

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