9話-3 『二つの翼』
ドヴォルグの爪撃。その衝撃は周囲に破壊をまき散らしながら俺たちの命を刈り取りるために迫ってくる。
「
久方ぶりの感覚。二人の意思が混じり合う全能感。今なら何でもできるような気がする。それに、変身のための式句に今までなかった文言までついて気分はもう上々だ。
変身の余波で、ドヴォルグの飛ばした斬撃がかき消えた。立ち上った煙が晴れて、俺たちの姿があらわになる。
「……なんだこれ?」
鱗が放つ銀の光は以前変わりなく。それどころか、鏡面のように輝きを増している。しかし、全身の至るところに見慣れない意匠が現れていた。
揺れる炎のような意匠。黒い光がアクセントになって俺たちの怒りを代弁していた。
(何だか分からないけど、中々かっこいいんじゃない?)
「そうだな」
「何をぼそぼそ言ってやがる!
例の力を使って全身に装甲を纏い、殴りかかってくるドヴォルグ。しかし、その爪は空を切る。蓮理に発現した
「お返しだ!
魔力光で作り出した刃でドヴォルグの背中を切り裂く。力によって発現した装甲すら紙屑のごとく貫いた。
自分たちでも信じられないほどの出力だった。以前はどうにもならなかったドヴォルグにも攻撃が通っている。
「しゃらくさい!」
飛んでくる裏拳。左腕で受け止める。しかし、腐ってもグラーダの首領。空間跳躍への対応も早かった。ドヴォルグにとらわれていたニュートを取り返せたように、俺と接触している相手は跳躍先に一緒に飛んでしまうことがすでにバレている。なのでこうして距離を詰められると、至近距離での殴り合いに発展するしかない。
ドヴォルグの拳が胸部を強く打つ。しかし、俺はあえてこれを避けなかった。胸に鈍い痛みが奔ると同時に、パンチのため伸び切った腕の外側から肘に打撃を加える。ドヴォルグの関節が砕け、だらりと垂れ下がった。
俺たちと同じとまでは言わないが、奴にも回復能力が備わっているようで、すぐに同じ拳で打撃を繰り出してくる。
(なんでわざわざ受けてるの!?)
……俺は今までニュートのことを信じ切れてなかったんだ。
(えっ?)
結局のところ、この程度の打撃も斬撃も避ける必要はそれほどないのだ。
腕が千切れてもすぐに生えてくる。わき腹がえぐれてもすぐにそれを埋めてくれる。ニュートの優しさが過剰なまでに形になったこの能力。ヒットアンドアウェイを基本としていた今までの戦法では本当にピンチの時にだけしか頼らなかった。
ただでさえ俺たちは戦いの素人二人だ。回避動作を取ることで攻撃の機会をつぶしていたのだろう。カウンターならこれだけ相手に手が届くなんて考えもしなかった。
(それじゃあ、レンリが痛い目に遭うわ!)
こんなの、大したことないよ。
ドヴォルグの爪が首筋を掠める。傷口から熱を感じるが構わない。致命傷は少し身をひねって避ければいいのだ。
お返しに、腹部への蹴りをお見舞いする。しかし、最高速度を出す前に身を寄せられて威力を削がれた。
仕切り直しに両者距離を取る。
どちらともなく間合いを詰めた。ドヴォルグは地面をえぐる膂力で。俺は空間跳躍で互いの得意な距離を探る。
拳を蹴りを無数に打ち合う。十三合目の打ち合いからは数えるのも面倒くさくなった。
痛みの熱が生まれる先から傷口は塞がれ、折れた骨は繋がっていく。
この程度の痛み、ニュートに比べれば大したことはない。故郷を離れて異世界に逃亡し、その先では仇たちに追われ、両親の直接の仇には彼女自身の力を利用するために捕らえられた。
そんな彼女の痛みを考えたら、体の痛みなどいくらでも耐えることができた。
(それでも貴方には傷付いてほしくないの!)
ニュートの絶叫と同時。クロスするように俺とドヴォルグの拳は交錯し、両者の頬に届いた。思わず俺は苦笑する。
「気色悪いぞ。何を笑っている」
いや、考えることは一緒なのだなと思ったんだ。
もはや声にも出さず、ニュートにだけ言葉を告げる。
前も言ったと思うけど。俺は助けたいからニュートを助けてるんだから、気にしなくてもいいと思ってる。
(そういうことじゃ……)
うん。そうじゃ駄目だよね。
俺がニュートの傷付く姿を見たくないように、君も俺の傷付く姿なんて見たくないんだよね。
翼を一度羽ばたかせ一気に距離を開ける。部屋の端から端までそれだけで移動できる力強さを背中の翼から感じた。
俺たちは二人とも互いの傷付く姿は見たくない。だから、これからは一緒に行こうか。二人で心から笑い合えるように。
無意識に手を前に伸ばす。溢れ出す魔力がニュートの形をとった。同じように腕を伸ばした彼女と指を絡めてつなぎ合う。
「お前のようなどうでもいいはずの存在が……なぜ我と渡り合える!」
ドヴォルグは地を蹴り疾駆する。その体から鱗のような装甲が零れ落ちた。
「!?」
今までの攻防が奴の再生能力を上回ったのだ。そしてドヴォルグも邪竜装身の装甲が剥離していることに気付かないほどに疲労が蓄積していた。
スローモーションのようなドヴォルグの動き。ニュートの父から奪った術が解除されたことによる動揺が、わずかな表情の変化に表れている。
(本当に馬鹿ね、貴方は。本当なら巻き込まれただけなのに)
確かに。だけど、これだけ必死になれるのはニュートが大切だからだよ。
人助けは自分のやりたいことだった。ニュートを助けたのも自分の中にある行動理念に則ったからだ。しかし、要たちと交流して彼らの人助けと自分の人助けが微妙に違うものだと感じていた。
要たちは、どこまでも他人のために手を差し伸べる。追われる身である異世界人のため、助けを求める一般人のために前に進める人たちだ。
俺は自分のために人助けをする。最初の人助けは、それをしなければ幼なじみのしてきたことが否定されるような気がしたから動いた。理不尽にさらされたニュートを助けたいと思ったのも、俺自身が彼女の境遇を理不尽だと感じたからだ。
俺は、俺のわがままで人を助けている。そう理解したら心が軽くなった。少なくとも、そのおかげでニュートと出会えたのだ。そして俺のエゴは今はこう叫んでいる。
――ニュートとずっと一緒にいたい、と。
(やっぱり私たちは似た者同士みたい。だって私も……レンリと一緒にいたいって思っているんだもの……!)
――比翼連理。一つしかない目と翼を合わせて空を飛ぶ鳥のように。別々の木が互いの枝を絡め合いながら一つになるように。二人の意思が合わさったからこそ俺たちは新たな力を得た。
伸ばした手のひらに光が集まる。体内の魔力だけでなく空間からも魔力を吸い上げていく。これは俺だけの力でも、ニュートだけの力でもない。二人だからこそ、この莫大な魔力を重ねて、纏めて、力に変えられる。
「……いくよ!」
(……ええ!)
奇しくも初めての戦いと同じシチュエーションだった。
まっすぐに距離を詰めてくる相手と、魔力光を構える俺たち。
「
極光がほとばしる。守護すべき者を温かく包み込み、敵対する者を容赦なく焼き尽くす審判の光。聖なる銀光が堅牢な城の壁を溶かし貫いた。
そこに、邪なる意思を持つものはすでにいない。グラーダの首魁ドヴォルグはあまりにもあっけなく打倒されたのだ。
「……やったな、ニュート」
ニュートの返事はない。それでも不安はなかった。彼女がすぐそばにいることはずっと感じているからだ。
ただただ感極まった感情だけが伝わってくる。
「もしかして、泣いてる?」
(……隠し事できないって不便ね)
二人で笑い合う。世界に響いたのは俺の声だけだったが、俺たちは互いの笑い声に共鳴し合っていつまでも笑っていた。
*
「おーい!」
晴香さんの声だ。青雀が消えて心配していたが、どうやら無事のようだ。
呼びかけから少しだけ間を置いて、玉座の間に晴香さんが姿を現す。その肩には気絶した要の姿もあった。
「よかったね……! レンリくん、ニュートちゃん……!」
涙をにじませて自分のことのように喜んでくれる晴香さんの姿は、何よりも嬉しかった。
「あっちの世界の二人も心配しているだろうから、早く帰ろっか」
この世界にはグラーダはもういない。もし残っていたとしても、遠征に連れていくことができないような者たちだろう。だから今は、家に帰ろう。
踵を返して帰路に就こうとした途端、視界の端で動くものがあった。
ニュートがそれを知覚した途端、俺はほとんど無意識でそのものに駆け寄っていた。
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