8話-1 『坂東幸介』

「三人とも行ったみたい」


 ケイラはグラーダたちの攻撃をさばきながら坂東に話しかける。蓮理たちに送られた通信とは打って変わってその表情には余裕があった。


「そっか。ならあそこの強そうな人を頼めるかい? あちらさんも戦う機会をうかがって居ても立っても居られないようだから」


「分かったわ。コースケも気を付けてね。いらぬ心配でしょうけど」


 坂東は普段の様子とは明らかに違う落ち着いた雰囲気を身にまとっていた。しかも、その冷静な態度のまま三百人近いグラーダを一人で相手取るという。要たちが見れば泡を食って倒れるに違いない。


「そこの貴女! 私と二人で遊びましょ?」


 ケイラが声をかけたのは、蛇の姿をした女型のグラーダ。他の有象無象とは一線を画す魔力をケイラは彼女に感じていた。そのグラーダが脅威になるという認識は正しい。その相手こそ、『暴虐』と呼ばれたグラーダたちの幹部、アトウェルサであるからだ。


 同程度の魔力を持つものが少なくとももう一人いるがそっちは無視だ。坂東は負けないと確信していた彼女は、自身の役目を果たすため敵の幹部と一対一を挑むつもりなのだ。


「……そこらの雑魚では何人いてもあなたには敵わないのでしょうね」


 アトウェルサはこの提案に乗ってきた。邪魔者を一人本隊から引き離せるのなら、条件として悪くないという幹部としての判断と、己の力を強者に対して振るいたいという私欲が彼女の中ではないまぜになっていた。


「交渉成立ね。なら、邪魔が入らない場所に移りましょ。私はここで戦っても構わないけれど、横やりが入るのはお互いに嫌でしょう?」


「ええ、敗者の負け惜しみなんて得てしてみっともないものですものね」


戦場から二人の姿が消える。それを見送りながら、坂東はグラーダの攻撃をすんでのところで避け続けていた。


「行ったみたいだね。なら、そろそろいいか。


 動きを止めた坂東を狙い、いくつもの魔力光やグラーダたち固有の魔法が彼に殺到する。しかしそのどれもが坂東に届かない。

 ある者は攻撃同士が接触し相殺され、ある者は彼に届く前に霧散する。ある者の攻撃は大きく外れ、ある者は暴発した自身の魔力光でその身を焼かれた。


「だから言ったのに、当たらないって」


 阿鼻叫喚の中、一人の男が進み出る。ケイラが確認した中で魔力が特に大きかった牛型のグラーダだ。


「俺ァ『血刃』のトネールってもんだ。単刀直入に聞くがお前ェのその力は何だ?」


 『血刃』のトネール。マルトースやアトウェルサと同じくグラーダの幹部であり、レンリとニュートの竜装変身を穴だらけにしたのも、彼の無数の剣を生み出す魔法によるものだ。


 トネールの放った銀閃が坂東に迫る。しかしそれは見えない壁に阻まれるようにしてはじかれた。次々に殺到する剣先が坂東を死に至らしめようとするが、当の本人は一歩も動かずに涼しい顔をしている。


「君たちの世界に星座ってあるかい?」


 トネールの質問に答えず、坂東は新たな質問を投げ返す。不審に思いながらも、敵の能力を探るためトネールは問答を続ける。



 自分の言葉が信じられず、トネールは口を押える。

 不幸なことに、この場でこの問答の意味を理解した者は彼一人だけだった。


 星座なんて概念はドラグニカにはない。それなのにトネールは知らないでもなく、無いと答えた。つまり、その単語の意味を理解してそれがあって当然と思いながら彼はこの返事をしたのだ。


「冥途の土産に教えてあげるよ。これを言うと僕、悪役みたいだね」


 トネールは確かにそうだと同意する。しかし、彼の世界には冥途の土産という言葉も、悪役という概念もない。


 一体いつからだ? いつから奴の洗脳を受けている!?


 トネールは、今の不可思議な状態を敵の洗脳によるものだと解釈した。しかし、それを否定するように坂東は言葉を続ける。


「君たちの世界がドラグニカ、ケイラの世界がマギドール、要の世界がテクノニカというように、この世界には名前がついていてね。人々がその名前を忘れた今も、とある法則がこの世界には敷かれているんだ」


 ドラグニカには個人それぞれの願いの具現という魔法。マギドールには魔力を基にした文明。テクノニカには高度に発展した科学と、それぞれの世界には世界の法則ともいうべき特色がある。


「不思議に思わなかったのかい? 僕らがこうやって言葉を交わすことのできる現実を」


 グラーダたちは困惑していた。あまりにも自然で疑問にすら思わなかった。


「この世界の名前は『ロゴス』。現代では言葉を意味するこの名称は、本来は世界全体に浸透する法則でもあったのさ」


 坂東に対する攻撃はいつの間にか止んでいた。舞台役者のように振る舞う彼の言葉にその場の全員が圧倒されていたのだ。


「その法則が、『知的生命体であればどんな相手とも言葉を交わすことのできる』というこの世界唯一の魔法という訳さ」


 言葉を交わすことができる理由はその説明で全員が理解した。しかし、彼らの頭には次の疑問がわいている。


 ――なぜ自分たちの攻撃は当たらないのか。


 その疑問の答えを坂東はすでに用意していた。


「言葉こそがこの世界の魔法だった。しかし、人間は世代を重ねるにつれて魔法というものを意識して扱うことができなくなったんだ。それでも無意識でその力を行使することはできた」


「例えば、好きな人から応援されたらちょっとだけ力が湧いてくるように」


「例えば、有言実行という言葉があるように」


「言葉が力を発揮するそのちょっと先を、僕の言葉は実現するんだ」


 圧倒されて動けない間も着々と準備を進めてた者たちがグラーダの中にはいた。その中でも真っ先に圧倒的な物量を投げかけたのは、他でもないトネールだ。


 空を埋め尽くすような剣の雨が一気に坂東へ殺到する。


「さすがにこれはヤバいね……だけど、だろう」


 剣の向きは反転し、グラーダたちの喉めがけて飛んでいく。血しぶきを上げて倒れたグラーダが手放した武器たちも本来ならありえない挙動を描いてさらに別の者へと向かっていった。


 本来なら自分たちの上司の扱う必殺の魔法だ。最初は叩き落したり、弾いたりしていた者も対応しきれずに倒れていく。


「嘘だろ……」


「嘘なんかじゃないよ。まあ、君も災難だったね。こんな貧乏くじ引いちゃってさ」


 トネールは幹部だけあって、その強さは他のグラーダと一線を画すものが確かにあった。何度も何度も飛来する剣を手元に生み出した新たな剣で次々に弾き、砕いている。彼の周りには無数の剣だったものが散乱していた。


「自分の魔法で死ぬのはどんな気分なんだろうね。まあ僕は体験したくもないけど」


 散乱した残骸にも刃の鋭さは残っていた。坂東の言葉はそれらに対しても効力を失わない。トネールが両手に持つ二本の剣は飛来する刃を割り砕き、自らを狙う凶器の数を増やしていく。


「やめろ……やめてくれ!」


 諦めたように両手の剣を取り落としたトネールの命乞いもむなしく刃の暴風が彼に飛び込んだ。しばらくしてそれらが地面に落ちる。


「ぅ……あ」


 体の出っ張りが残らずそぎ落とされた肉だるまが、血だまりに倒れ伏した。その音を最後に、放棄された工事現場を静寂が包み込む。


「ウェッホ! ……ケホッ」


 一人立ち尽くす坂東は大きくせき込みながら、血反吐を吐き出した。


「物量で攻めるタイプに当たるとは、まったく貧乏くじを引いちゃったよ」


 魔法使いに魔力切れという限界があるように、『言霊使い』の坂東幸介にも限界があった。その限界は直接喉を傷めつけて、言葉を発するということ自体を制限する。


「そっちに届くかは分かんないけど……三人とも無事に帰ってきなよ」


 坂東は最後の言霊を吐き出して、自身の作った血だまりにゆっくりと倒れこんだ。

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