7話 『反撃』

 何か途方もない悲しみが胸に生まれたのが、意識の目覚める合図だった。

 続いて体の方も覚醒する。しかし、目が覚めても体の自由はほとんど利かなかった。痛みもあるがそれ以上に全身を何かで固定されていたのだ。


 微睡みの中で今いる場所を思い出してみる。ホテルのようなよく躾けられた内装。ふかふかとしたベッドには覚えがある。事務所の中にあるケイラさんが作った一室だ。

 遅れて状況を思い出す。グラーダたちの襲撃に合わせて、俺たちは一般人の救助に向かった。その結界の中で首魁であるドヴォルグらと交戦し、敗北したのだ。


「ニュート……」


 深い悲しみと怒りで、我を忘れた彼女を俺は止められなかった。いつまでも一緒にいると嘯いたはずなのにまんまと奴らに連れて行かれてしまった。


 去り際に幹部の女が言っていた。俺を殺せばニュートも死んでしまうから殺さないと。つまり、俺が生きているということはニュートはまだ死んでいないということでもある。


「助けに行かなきゃ……」


 うわ言のように呟く。覚醒し終わっていない体と意識は、ベッドに押さえつけていた拘束具の存在に気づかずに引きちぎる。

 出入口の扉に向かうと、外からの声が聞こえてきた。


「彼女を助けに行くべきだ」


「そうよ! このままやられっぱなしなんて冗談じゃないわ!」


 要と晴香さんの声だ。興奮したように何かを抗議している。


「私たちから乗り込むのは危険すぎるわ」


 こちらはケイラさんの声。どうやら、ケイラさんや坂東さんとニュートを助けに行くかどうかでもめているらしい。


「ケイラの言う通りだよ。ドラグニカの世界は全くの未知数だ。向こうに行った途端、モンスターハウスよろしく敵に囲まれる可能性だってあるんだよ!?」


「そんなことは分かっている。しかし、手をこまぬくばかりではニュートと命を繋いでいる蓮理がいつ死ぬかも分からないだろう!」


 あのいつも落ち着いている要が声を荒らげてくれていた。あまりの気迫に坂東さんもたじろいた雰囲気がある。


「……俺も行かせてください」


 扉を開ける。三者三様の驚き顔が目に飛び込んでくる。


「蓮理……動けるのか? というか拘束は?」


 ベッドを振り返ると引きちぎられたベルトが無惨に散らばっていた。全く気が付かなかった……。

 よくみればベッドの周りには何かがぶつかったようなくぼみや散乱した物で荒れに荒れていた。どうやら俺は意識不明の状態でずいぶん暴れまわったらしい。

 とりあえず気を取り直して坂東さんに相対する。


「坂東さん。俺の命はニュートとともに奴らに握られている形です」


 坂東さんは渋面を浮かべる。さきほど要に指摘されたところを当人に改めて言われているのだ。難しい顔になるのも無理はない。


「俺一人でも行きますからね。死ぬまで待っているなんて性に合わないので。それに、ニュートは今も怖い思いをしているはずだ」


 坂東さんの顔を見つめる。ほとんど必死の懇願だった。坂東さんは悩みに悩んだ末、それでも首を横に振った。


「…………それでも駄目だ」


「どうしてですか!」


「今のままだと無駄死にするからだ。作戦を立てて生きて帰る算段がつかない限り行かせられない」


 つまり、作戦さえあれば……! 何とか良い手立てがないかと口を開きかけたその時、それを遮るように要が前に出た。


「なら、俺に考えがある」


 そう言って要が提案したのは、なんとも大胆な作戦だった。





 ドヴォルグ襲撃翌日の深夜二時。夜闇に紛れて俺たちはある場所に待機していた。


「こんなに早く機会がやってくるなんて、レンリくんもニュートちゃんも運がイイね~」


 木々の陰に隠れて待機している晴香さんの装いはいつもと違っていた。白と赤を基調とした和服。巫女さんの着る服のようなこの格好が彼女の戦闘服であるらしい。


「ドラグニカ内の制圧を完了させた奴らは、すぐにでも新しい獲物を求めるだろうからな。前回引いたのだって俺たちの戦力を見誤っていたからだ。準備が整えばすぐにでも攻めなおそうとする」


 となりで本型の情報端末を開いている要は、SFチックなパワードスーツに身を包んでいる。そのほかにも色々な装備を装着しているが、それらをひとまとめで【レメゲトン】と呼んでいるそうだ。


 二人に挟まれて双眼鏡を覗き見る俺は、学校指定のジャージ姿だ。この二人と並ぶと逆に俺が浮いてしまうのがなんとも理不尽なものを感じる。


「まあ確かに、一日も経たずに攻めてくるのはいくら何でも早すぎるような……ゲートの位置を特定して初めての偵察で奴らの軍隊を見つけちゃうくらいなんだから」


 特定されたゲートの場所は、中断された工事現場の一角だった。人が消える怪現象が続いたことで放棄され、今は無人となっている。


 この会話を聞いていたのか通信でケイラさんが割り込む。


『その一日足らずで回復する貴方も大概だけどね……まあ、その分上手くやりなさいよ?』


『大丈夫だって! 優秀な僕らの後輩がついているんだから!』


 小さく苦笑したことで肩の力が少し抜ける。いまいち緊張感のない坂東さんの物言いが今だけはありがたかった。


 要の用意した作戦はこうだ。

 まず、こちらの世界でグラーダたちの侵攻を食い止める。そして、奴らの注意がそちらに注意が向いている間にゲートを使って最低限しか人がいないドラグニカに侵入し、ニュートを助け出すのだ。


「何度も言ったけど、幹部との戦闘は絶対にNGだからね。向こうで時間を食ってしまえば帰還が間に合わなくなるよ」


今回ドラグニカに侵入するのは、俺と要、晴香さんの三人だ。侵攻してくるグラーダを止めるには、坂東さんとケイラさんの他に少なくとも要か晴香さんのどちらかが残った方がいいと俺たちは何度も提言したが、坂東さんとケイラさんに押し切られてこの割り振りになった。


「二人も無理しちゃダメだからね! 帰ってきてみんなボロボロとか一番シャレにならないんだから!」


『確かにそうだ。という訳でケイラ、もしもの時はよろしくね?』


『なにがよろしくなのよ……待って。奴ら、動き出したみたい』


 双眼鏡で覗いている先に動きがあった。グラーダたちが動き出したのだ。


「数はおよそ三百。本当に大丈夫か?」


 三百対二。数的有利は圧倒的に向こうにある。いくらケイラさんが百戦錬磨だとしても覆し難い差だ。


『大丈夫、戦場がである限りはね』


 坂東さんの意味深な言い方を問いただそうとしたが、ケイラさんたちが敵に見つかったことでうやむやになってしまった。


「あっちが十分に敵を引きつけたら俺たちはゲートに忍び込む。向こうの情報は未知数だからその後はぶっちゃけアドリブだ。作戦立案役としては不甲斐ない限りだが、覚悟はいいな?」


 俺と晴香さんは無言で頷く。要も晴香さんも緊張の面持ちで、多分俺も似たような顔をしているのだろう。


 通信から坂東さんたちの声が漏れ聞こえる。そこから伝わる合図で突入する手はずだ。


『やあやあ、わざわざこんな夜更けにお越しいただきありがとうございます! 良かったら皆さんでお茶でもどうですか? 異世界同士の異文化交流! なんとも素晴らしくないですか? ……おわっ! 熱っ!』


 通信越しでなく、遠くの方から爆発音が聞こえた。どうやら交戦し始めたらしい。


『今日はこんなに。もっとゆっくりしていったっていいじゃない』


『対応しているの私なんだけど!? 悠長に喋ってる暇あったらもう少し避けようとしなさい!』


 唐突な天気の話が突入の合図となっている。爆音や魔力の光が遠目に見えるが、今はあの二人を信じるしかない。


 目の前にはゲートがあった。二人はグラーダたちをよく引き付けているようでもぬけの殻だ。

 ゲートというだけあって任務で目にした歪みとは安定感が違った。どうやら双方向に魔力を循環させることで存在を維持しているらしい。


 上手く言葉にできないが、この先にニュートがいるという直感があった。それならばさっさと突入する以外ないだろう。二人ともう一度頷き合う。


「……ニュートくん奪還作戦、開始だ」

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