6話-1 『力の見極め』
*
夢の中で、俺はまたニュートの記憶を追体験していた。その日の王城では宴席が設けられていた。ニュートの従兄にあたる牛頭の獣人が成人を迎えた日だったからだ。
挨拶まわりを終えたニュートは隣に座り、綺麗な姿勢で食事を摂る見目麗しい兎の獣人の女性に話しかけている。彼女はニュートの母であるフラウ・ドラグニカだと彼女の記憶が教えてくれる。
「お母様。どうして成人を迎える年齢は人それぞれ違いますの?」
ニュートは周りの人物を思い浮かべる。隣にいる母は数えで三十を過ぎた頃に成人を迎えたと言っていた。父はさらに遅く、百を超えてからようやく成人の祝いを受けたと聞いた。かと思えば、今日の主役である従兄は私と5つほどしか歳は離れていない。ニュートにはそれが不思議でならなかった。
「フフ。そういえばニュートにはまだ話したこと無かったわね。貴女は魔法って聞いたことあるかしら?」
母の言葉にニュートは首をかしげる。
「魔術とは違うのですか? 魔術でしたら、最近回復の術と守りの術を覚えましたのよ!」
誇らしげなニュートの頭を優しく撫でて、母は微笑む。
「家庭教師のセルヴァから聞いているわ。貴女はとっても優秀だって。けれど魔術と違って、魔法というのは一人一つしか覚えられないの」
そんなものは聞いたことがなかった。しかし、考えてみれば教本にも載っていない摩訶不思議な魔術を大人たちが使っているのを見たことがある。それのことだろうか。
「強い願いを抱いたときに、この世界が魔法という祝福を与えてくれるの。だから魔法を覚えた時が、私たちが大人になった時。その人にとっての自我が確たるものになった証拠だからね」
愛おしそうにニュートの頭を軽く撫でる。母の言葉の意味はその時のニュートには半分も伝わっていなかっただろう。けれど、いつもは公務で忙しそうにしている母が久しぶりに頭を撫でてくれたことで、そのことに対する不満はすっかり霧散していた。
「お母様の魔法はどういうものですの?」
母は少し照れくさそうにして微笑む。いつも余裕のある姿を崩さない人だったからその時は本当に驚いてしまった。
「私の魔法は『寿命を延ばす』魔法です。お父様と貴女は竜族でしょう? 当然、その寿命はとても長い。だから二人と一緒に行きたいと強く想った時に私の魔法は生まれたのです」
その想いがどうしようもなく嬉しくて、母の手をぎゅっと握る。母も優しく握り返してくれる。
「それじゃあお父様は? お父様の魔法はどういうものなの?」
「お父様の魔法は……今はまだ秘密です」
「え~」
「ご先祖様から伝えられてきた大魔術の話は聞いたことあるでしょう? お父様はその術の習得をきっかけに魔法を発現させました。後継者である貴女もいつか覚えるでしょうから、あまり先入観を持って貰いたくないのですよ」
お母様が言うのだから仕方がない。その代わりに、私は胸を張ってこたえる。
「私がそのまほう? というのを覚えましたら、一番にお母様に報告しますわ!」
母は本当に嬉しそうな顔をして、また私の頭を何度も何度も私が照れて離れるまで撫で続けてくれた。
*
「ニュートちゃん、あれからなにか進捗あった?」
畳の上で柔軟をする晴香さんがこちらに向かって話を振ってきた。同じく柔軟をしている俺の体に体重をかけながら、ニュートはつまらなそうに返事をする。
「全然。奴らがこっちに来たなんて話、これっぽっちも聞いていないわ」
進捗というのはもちろんグラーダたちのことだ。あの初遭遇以来、一度もこちらの世界にやってきた形跡がないのだ。こうなってしまえば、こちらとしては打つ手がなかった。
「ニュートちゃんがこっちの世界に来たのと同じくらいに奴らが来たってことは、時空の歪みじゃなくゲートを使用してるはずだから、開いたらすぐわかるはずなんだけどね~」
柔軟を終えた晴香さんは、準備はもうできているとでもいうようにぴょんぴょんと何度も軽く飛び跳ねる。これから何をするのかというと、俺とニュート対晴香さんの模擬戦のようなものだ。
「準備運動はしっかりするのよ? 怪我なんかしたら後に響くんだから」
スポーティな衣装に身を包んだケイラさんがこちらに声をかけてくる。今俺たちがいるのは彼女が作った畳張りの道場のような空間だ。事務所の奥の居住スペースの扉を開けた先がここだった。俺も魔術を扱えるようにはなったが、彼女のモノは桁違いだ。物理法則というものを鼻で笑っているとしか思えない。
ケイラさん曰く、簡単な魔術だそうだが、これは多分彼女が規格外なだけだろう。
「二人とも付き合ってくれてありがとうね! カナメくんとするトレーニングもいいんだけど、どうしてもワンパターンになっちゃうからね。新しい戦法を試してみたいのに、ケイラさんは相手してくれないし」
「嫌よ、貴女の式神は戦いにくいし」
「俺たちの方こそありがとうございます。ここのところ戦闘に発展する案件がほとんどなかったので、ニュートとの自主トレばっかりだったんですよ」
晴香さんは状況に合わせて式神を使い分ける方法を基本戦術としている。
まず、パワータイプの
そんな弱点を克服したと言う彼女の相手として俺たちが呼ばれたのだ。
「ニュート準備はいい?」
「もちろんよ。訓練だからって油断したら承知しないわよ?」
この間のショッピングモールでの事件を思い出す。いつまでもあんな調子じゃ命がいくつあっても足りないだろう。二度と同じ轍を踏まないために、意識を目の前の相手、晴香さんに集中させる。
「……いい顔するね」
彼女も要と同じ戦いに慣れた人だ。普段は人懐っこい笑顔の中に好戦的な色を見せている。
「
刹那の閃光。俺とニュートは一つになる。
「三人とも準備万端みたいね」
相対する俺たちに交互に視線をよこすと、ケイラさんは俺たちの様子を見て右腕を振り上げた。
「両者、見合って」
晴香さんは札を。俺たちは拳を構える。
「始め!」
(まずは速攻で一本取るわよ!)
ニュートの言葉に応えるように、飛ぶような速度で距離を詰める。式神で戦う晴香さんと俺たちでは近接戦闘で俺たちに分がある。案の定、こちらの動きについてこれていないようで、彼女はまだ動き出していない。
「取った!」
今の力で彼女を攻撃すれば間違いなく無事では済まないため、特別ルールとして彼女の体にケイラさんが張り付けた光の玉を破壊することで勝ちとなる。しかし、こちらの確信とは裏腹に、玉は一つも壊れていなかった。
「来るって分かってたら避けられるよね!」
彼女は体の位置をわずかにずらしてこちらの攻撃を回避したのだ。
追撃を仕掛けようとするこちらの視界が埋まった。
(何!?)
式神だ。死角から召喚された青雀が壁となって、強制的に仕切り直しをされてしまった。
「あんまり焦んなくても、私の本領はここからだよ!」
言葉と共に影が落ちる。とっさに上を見ると、そこには黒い体毛の四つ足が飛び上がっていた。彼女の式神の狗だ。確か、黒いのはタローと呼ばれていたはず。
(っ! 左右に気を付けて!)
間一髪、ニュートの警告が間に合った。翼を羽ばたかせて全力で後退すると、元居た場所には三体分の鋭い牙が空を切っていた。
「ポチ、ケン! 戻りなさい!」
戦闘用の式神らしく、狼のような凛々しさや猛々しさをその見た目からは感じるのだがなんとも気の抜けるネーミングだ。
残った黒毛のタローは、緩めの名前とは裏腹に油断ならない視線をこちらに向けている。
「今度は私から行くよ!」
タローが飛び上がり晴香さんが消えた。いや、違う。タローがこちらの注意を引いているうちに、地を這うような疾駆で距離を詰めてきているのだ。対処できない速度ではないが動きが固まってしまい、判断が遅れる。
(魔力光!)
ニュートの直感的な指示とほぼ同時に手のひらに生み出した魔力の塊を握りつぶす。
視界がホワイトアウトする。即席の閃光弾だ。最近の特訓は専ら魔力光の扱いに関するものばかりだったのが早速役に立った。
目元をかばうように左腕を上げた晴香さんの動きは少しだけ鈍くなる。
「今度こそっ!」
晴香さんの胸元に浮かぶ光球を蹴り抜く。前傾で突っ込んできた彼女はこれを避けることは出来ない。光球につま先が触れて、シャボン玉のように弾ける。
(!?)
強い衝撃がわき腹に奔った。蹴りの後で不安定な姿勢だったため、衝撃のまま体が横跳びに吹き飛ぶ。
「そこまで! 一本目は……引き分けね」
晴香さんは何かを殴ったかのような姿勢で立っていた。しかし、その攻撃の正体が分からなかった。ギリギリ彼女の体に当たらない位置から蹴りを当てたため、リーチ的にパンチを当てることは出来なかったはず。極めつけに竜装変身で重量の増えた俺が吹き飛ばされる威力。式神使いの彼女の細腕で出せるものではない。
(彼女にはそれができる方法があるってことよ)
魔法に空飛ぶブーツと何でもありだ。彼女の式神にもなにか秘密があるのだろう。ここ数日ですっかりこれまでの常識が破壊されているのを感じる。
「今のってどういうカラクリですか?」
「ん? ん~ほね」
乱れた髪の毛を結びなおしている晴香さんは髪をまとめる用のゴムを口にくわえたまま返事を返してくる。
「……やっぱり秘密! 未知の相手の手の内を探るのも大事な戦い方だからね!」
はぐらかされてしまった。まあ確かに彼女の言い分ももっともだ。彼女の戦術はある程度割れているため、そこから導くことも可能なはずだ。
「それじゃあもう一本お願いします!」
『~♪』
構えようとしたその時、ロックな音楽がどこからか流れてきたためその場の誰もが動きを止めた。
「ごめ~ん! マナーモードにするの忘れてたぁ」
どうやらこれは晴香さんの着信音らしい。普段の柔らかい言動とは裏腹に、激しい音楽が好みのようだ。いつものパンクな恰好からしたら逆にイメージ通りなのかもしれない。
通話に出た晴香さんの表情が徐々に真剣なものになっていく。事件が起きたのだ。
「レンリくん。ニュートちゃん」
通話を終えた晴香さんがこちらを振り向く。その時点で彼女が何を伝えたいのか理解した。
(来たようね)
ああ、ニュートは俺たちのすることは何か覚えてる?
(まずは、侵略してきた奴らを倒す。そのうえで奴らが来たはずのゲートを探し出す。これで問題ないわよね?)
うん大丈夫。だけど、これだけは俺と約束してくれ。
(なに?)
ゲートを見つけても先走らないこと。あいつらを一人残らず倒すにはまだまだ俺たちは力不足だ。しっかりと作戦を練ってからでないと奴らへの復讐は認めない。
(…………分かったわ)
たっぷり間をおいてニュートはやっと返事をよこした。彼女としても苦渋の決断だったのかもしれないが、こればっかりは譲れない。とっくの昔に命を懸ける覚悟はできているが、命を捨てる気も捨てさせる気もなかった。
「そろそろ行けそう?」
話し終わった雰囲気を感じ取った晴香さんが声をかけてくれる。ニュートとの脳内会議を待っていてくれたらしい。
ニュートとの変身を解く。こころなしかニュートの表情が強張っているように見えた。
「今度は私たちもついてるから大丈夫」
安心させるように晴香さんがニュートをなだめる。険しい表情だったニュートも少しだけ落ち着いたようだ。
「タロー、ケン! 来なさい!」
呼びだした式神に晴香さんはまたがる。灰色の体毛をしたケンがこちらに歩み寄って乗れというように合図してきた。
「奴らの結界の外でカナメくんが待機してるから、そこまでは私の狗で連れて行ってあげる。ケイラさん! 扉を外に繋いで!」
「はいよ!」
道場の戸が開いたと思ったらそこはビルの屋上だった。勢いよく狗たちが飛び上がる。今の俺ではしがみついているのが精いっぱいだった。
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