幕間
華美な見た目よりも機能性を重視したと言わんばかりに堅固な造りをした城には、元の持ち主が暮らしていたころにはなかった大穴や崩落がいたるところに傷跡として残っていた。
ここは、ドラグニカ王国の最終防衛地点。王家とその従者たちが暮らしていた王城だった。その城の奥の奥、幾重にも張られた封印の結界が無残にも破られた先にある宝物庫から一人の人影が軽やかな足取りで玉座の間へ向かっていた。
「ドヴォルグ様ァ~! マルトースが遠征より帰還しましたよォ~!」
玉座に鎮座する者に恭しく礼をするのは、山羊のような巻き角の怪人マルトースだ。真宵市から戻った彼はその足で、自分たちのボスに持ち帰った成果を報告しに来たのだ。
頬杖をついて退屈そうにしていた玉座の主こそが、グラーダたちの首魁ドヴォルグ。獅子のようなたてがみと、鋭い爪牙、鋼のようなその肉体は相対する者に否応なく威圧感を与える。幹部であるマルトースさえ、軽い口調と裏腹に獣毛の下の皮膚を汗が伝うのを止められなかった。
「帰ったのはお前だけか」
地獄の底から聞こえてくるような声が玉座の間に響く。マルトースは無意識に舌で口回りを舐めとって渇きを潤した。
「ええ。先遣隊十一人の内、ワタクシを除く十人が向こうの世界の戦闘部隊にやられました。しかし、あれらは王都侵攻で大した戦果も上げられなかった土くれ隊の者たちでしたので、損失はほぼほぼありません」
グラーダの序列は吸収したドラグニカ人の数によって決まる。吸収人数が多いほど単純な戦闘力は高くなるからだ。吸収人数が三人以下の経験の浅い『土くれ隊』。十人程度吸収した『瑪瑙隊』。二十人以上を吸収した『黒鉄隊』。そして、五十人以上を吸収した者はそれぞれが二つ名を持つ。マルトースを含めて三人の選りすぐりが幹部として扱われている。
「向こうの世界の戦闘部隊ですが、ワタクシの作った傀儡兵に苦戦していたようなので、我々が出るのなら万に一つの敗北も無くなるでしょうねェ」
「そうか。ならば此度の侵略はお前たちに任せよう」
ドヴォルグはもう話は終わりだろうという風にマルトースから視線を外し、息をつく。しかし、マルトースの次の言葉には視線を戻さざるを得なかった。
「姫――ドラグニカの最後の生き残りである、ニュート・ドラグニカをあちらの世界で発見いたしました」
「ほう……」
ドヴォルグの肘がその日初めて玉座から外れた。それほどまでにこの報告は彼の興味をひくものだった。
「現地の人間と契約し、例の力を授けていました。ワタクシの傀儡兵にトドメを刺したのも奴の持つ力です……ドヴォルグ様?」
ドヴォルグは目元を隠すように右手で顔を覆っていた。なにか間違いを犯したのかとマルトースが焦っていると、聞こえてきたのは笑い声だった。
最初は喉を鳴らすような控えめなものだったが、こらえ切れないとでもいうように大きくなっていき、最終的には部屋全体を揺らすように呵々大笑していた。
たっぷりと笑い声を轟かせマルトースに冷汗をかかせた後、ドヴォルグはゆっくりと玉座から腰を上げる。
「なるほど。あの老いぼれの忘れ形見が異界の門の先に逃れていようとはな。せいぜい城の外で野垂れ死にしていたかと思っていたが……面白い」
腹部を忌々しげにおさえながら、獅子の姿に相応しい、獰猛な肉食獣のような笑みで犬歯をむき出しにする。
「気が変わった。我も向こうの世界に行くとしよう」
マルトースも笑う。自身が思った通りの反応をドヴォルグから引き出せたからだ。
「『悪食』のマルトース。お前と『暴虐』、『血刃』にはそれぞれで部隊を編成させる。残ったものはこの城の防衛だ」
「あら、全軍で出撃するのではないのですか?」
「もちろん、最終的にはそうするさ。しかし、異世界の門はそれほど大きくはない。捕虜の受け入れもこちらでする必要があるだろう。だからこそお前たちには露払いを任せるのだ」
他の誰かがマルトースを露払い扱いすれば、反感のままに殺し合いになっていただろう。しかし、マルトースは反感を抱くどころか、その顔に喜色をにじませていた。
グラーダたちは禁術の影響で、力に対する絶対視が特に強い。そのうえで幹部であるマルトースが忠誠を誓うほどにドヴォルグは圧倒的な力を持っているのだ。
「そういうことならばこのマルトース、一番槍を務めさせて頂きまァす!」
いけ好かない『暴虐』や『血刃』に先を越されるのは、マルトースにとって何をおいても癪だった。そしてそれは、他の二人も同様だろう。
「いいだろう。存分に暴れてこい! 可能なら姫の確保も忘れるなよ?」
マルトースは舞台役者のように大きな振りで礼をして玉座の間を後にした。自分以外は誰もいなくなったこの部屋で、ドヴォルグは獲物を見つけた捕食者のような残忍な笑みを浮かべる。
「ドラグニカ……お前たちの力はすべて我が手中に収めてやるぞ……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます