5話-2 『鳩谷 要』
竜の咆哮で強制的に閉じられた歪みからは何も吐き出されてこなかった。光も音も怪魚も。安心感から肩の力を抜くと、地に降り立った要と目が合った。
「お疲れさま。蓮理のおかげで逃がさずに済んだ」
「そっちもお疲れ、要。けどまだ終わっていないんじゃないか? あいつの仲間は復讐に来るって言ってたし、まだ油断はできないよな?」
呼吸を整えた要は驚いたように眉を上げた。そして何かを言おうと口を開いたが、その前に言葉を発する者がいた。
『恐らくですが、その必要はないと思われます』
異世界からの避難民、クラゲのような見た目をした彼らだ。その中でも大きな個体が代表として前に出る。
「必要がないとは?」
『ええ、スジャルクベーダーは異世界渡航の技術を持っていません。我々の一族が持つ技術を悪用し他の世界への侵略を行っていましたが、そのための装置は私たちが脱出する際に、ひとつ残らず破壊しました。奴らは私を除く技術者を戯れに皆殺しにしてしまいましたから、戻ってくることなど端からできはしないのです』
竜人状態の変身を解く。攻め返してくる恐れがないなら問題はないだろう。俺とニュートは二人に分かれた。
「もしよろしければ、皆さんの生きてきた世界のことを差し支えなければ教えてくださるかしら」
突然声をかけてきた
『……私たちの暮らしていた世界では、姿かたちの違う様々な種族が助け合いながら生きてきました。私たちの祖先が開発した異空間転移装置によって彼らはやってきたと言い伝えられております』
「この世界と結構似てるんだな」
今まさに異世界の技術を借りて戦っている俺みたいなのが彼らの世界では当たり前だったわけだ。彼らの代表は頷きを返して話を続ける。
『ええ、この世界の事情をすべて把握した訳ではありませんが、貴方やそちらの美しいお嬢さんの関係が世界規模で緩く繋がっていたとお考え下さい』
『しかし多種族の楽園であった私たちの世界は一転して地獄の様相を呈したのです』
「スジャルクベーダーたちの襲来か」
『その通りです。時空間実験の最中、偶然繋がってしまった奴らの世界の側から転移装置を乗っ取り、こちらの世界に攻め込んできたのです。初めのうちは奴らに抵抗していました。しかし、本来の奴らは群体であり相手をしてもキリがありません。極めつけに転移装置に関わる技術者が人質にとられたことで私たちの戦線は瓦解しました』
一体が相手でも無数の触手攻撃にさらされていたのに、それが大量にいたなんて考えただけでもゾッとしない。
『奴隷となった私たちは奴らの異世界侵略の手助けをしたり、手慰みに殺されたりと自由のない生活を余儀なくされたのです』
重苦しい沈黙。ニュートはいつも以上に口をきつく閉じていた。考えてみれば彼女の場合とその内容は変わらないのだ。違うのは、侵略者がやってきたのが世界の内か外かだけ。変身をしていなくても、彼女の感情は察せられるものがあった。
『隙を見て逃げ出すことが出来たのも私たち一家だけ。私の恩師は、逃亡後の装置を破壊するためにあの世界に残りました。ですから改めてお礼を言わせてください』
彼らは一様に腕の一本を額に当たる部分につけながらその身を低くした。
『命を救って頂いただけでなく、お三方のお力添えにより憎き奴らに一矢報いることが出来ました……! このご恩は私たちの一生をかけてでもお返しすることを誓います……!』
今の姿勢が彼らにとっての最敬礼なのだろう。軟体であるはずなのに硬い芯が通ったかのように直立するその姿にはある種の感動すら覚えた。それはそれとして、ここまで畏まられると要についてきただけの俺はどうしていいのか分からない。
今度は俺たちの代表として要が前に出る。
「貴方たちの身の安全は我々が保証します。生活の話などは別の者からお話しさせていただくことになりますが、ひとまずは安全な場所までお連れします。皆さんはこちらの札を手に持っていてください」
要は手際よく何かの文様の描かれたお札を彼らに渡している。遠目にはコピー用紙に落書きしただけにしか見えないが、その効能はケイラさん謹製だけあって折り紙付きだ。
「この札は皆さんの姿を第三者から認識されにくくするものです。移動用の車両は結界の外に準備してありますので、そちらまではこちらの世界の人間にバレないように移動してください」
札の効果はてきめんで、ふとした瞬間にはその存在を意識から外してしまいそうなほどだ。この魔法は使用者をそこら辺にある街灯や石ころのように、どうでもいいものと誤認させるらしい。
結界が解けて周囲の音が徐々に返ってくる。目を離した隙に姿を消していたニュートを探してあたりを見回してみたが、いつの間にかバッグの中に戻っていたらしい。要の先導のもと異世界の来訪者たちは大型の車に乗り込んでいく。
「要、あの人たちは?」
スーツを着込んだ人たちが彼らの案内を引き継いでどこかへ行ってしまった。その人たちのことを聞いてみると日本の保護地区で働く職員らしい。
「俺たちがするのは彼らの保護までだ。生活環境を整えたり、交渉をしたりっていうのはそれぞれの国の政府に任されている」
異世界の人との外交を秘密裏に担当する部門がほとんどの国にあり、保護区の管理や彼らとの技術交流などを行っているのだという。ケイラさんも元々は人里から離れた保護区に住んでいたが、現在の次元監察局に引き抜かれたそうだ。
「ということは、ニュートは特例って感じかぁ」
本来なら彼女も同じように保護されていたのだろう。取引の結果で今ここにいるわけだが。
グラーダの脅威を阻止し、元の世界の仇を取るという目的がニュートにあるように、要や晴香さんたちにも果たすべき目的があるのだろうか。
「カナメはどうして戦っているの? まだまだ年若い貴方があれほどの研鑽を積むにはきっと訓練だけでは足りないわ」
バッグの中からニュートが顔を出す。今まさに考えていたことを言語化されて心臓がはねた。
一瞬、要が眉をひそめるがこれくらいなら彼女の持つ認識阻害のネックレスで問題ないらしい。
「俺の戦う理由か……家族を探すためって言えばいいんだろうか」
「家族? たしか、異世界の人とこっちの世界の人の間に生まれたんだっけ」
初めて会ったあの日に要が口にしたのは、テクノニカという名前だったか。彼の持つカシモラルなどの装備の一部はその世界の技術でできた物だそうだ。
「ああ。だが、俺が六歳のころに離れ離れになった。研究施設と装備だけを残してな」
この話を聞いた瞬間から薄々分かっていたことだが、改めて口にされると少しだけ気分が沈む。
「今さっき閉じたような歪みとは違う、繋がる場所も時間も安定したゲートと呼ばれる時空の裂け目があるんだ。モノの輸出入といった外交も行われている。テクノニカもそういう世界の一つでな。両親がいなくなったあの日、安定していたはずのゲートに異常があって繋がらなくなってしまったんだ」
「気が遠くなりそうな話だな。つまり、完全ランダムな歪みからご両親を見つけ出そうとしてるんだろ?」
砂漠の砂粒の中から特定の一粒を見つけるようなものだ。今の合理的な思考をする要とはちょっと結び付かないくらい突拍子のない行為だ。
「……最初は俺もそう考えていたが、今は少し違う。不安定な歪みにわざわざ飛び込むってことは、その理由が来訪者たちにはあるはずだ」
ニュートたちのことを思い浮かべてみると、それぞれにこの世界に来るだけの理由があった。きっとこれから出会う人もこれまでこの世界を訪れた人も、その人だけの理由があるのだろう。
「その理由となった問題を少しでも解決できる力が今の俺にはある。だから、できるだけ異世界の人たちの力になりたいんだ。……こんなこと、改めて話したことなんてなかったんだけどな」
照れくさそうに視線を外す要。その表情は分からなかったが、こころなしか白い肌が朱に染まっているように見えた。
「そのおかげで私はここにいるのだから、もう少し胸を張りなさい。貴方の想いは私の命を救ったのよ?」
視線をそむけた彼をどう思ったのか、ニュートがフォローを入れてきた。合ってるようで微妙に外れたその言葉が可笑しくて思わず笑いがもれた。
「そうだな。それに、今の話を聞いて俺も新しい目標ができたよ」
もし、ニュートの件が片付いてもこの世界のことを知る前にはきっと戻れない。なら、そのための目標があった方がモチベが保てる。
「俺も手伝うよ。要のご両親を見つけるの」
視線を逸らしたままだった要は音がするような勢いで振り返る。
「ばっ……馬鹿なのか!? 気が遠くなりそうって自分で言ってたじゃないか!」
「あらいいじゃない。素敵だわ、それ」
普段は感情を表さない要にうろたえた声を出させてやった。なかなか崩すことのできない難敵だと思っていたので内心でガッツポーズをとってしまう。ニュートも面白そうに話に乗ってきた。
「だからだよ。正直なところ、今の俺には将来の夢とかがない。時間だけは有り余ってるんだから、それを誰かに分けたって損はないだろ?」
部活にも打ち込んでいないし、行きたい大学も今のところはない。そんな高校生活だったからやりたいことがある人たちがうらやましくすらあった。
「……あんなあだ名がついてる理由が分かったよ。お人好し過ぎるだろ」
ため息をついて踵を返す要。けれど、こちらの申し出を拒むことはなかった。ニュートと顔を合わせて笑い合う。
「今から事務所に報告しに戻るぞ! もたもたしてたら置いていくからな!」
「ごめんごめん、今行くから待って!」
要の肩越しに夕焼けが真っ赤に燃えていた。要の影が仄暗い光に飲み込まれていきそうだったから、駆け足で彼に追いついた。
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