2話-3 『快勝、快勝!』

「ナイス金鬼キンキ! とりあえずそいつやっちゃって!」


 大男に隠れて気づかなかったが、先ほどの声の主らしい女性も地面に降り立っていた。振り向いた先にいたのは、パンクな衣装に身を包んだ年上の美女だった。


 こんな状況だというのに、謎の女性に視線が釘付けになる。黒髪に赤いインナーカラーのボブカット。黒を基調としたパンクファッションと、ギンガムチェックのプリーツスカートからすらりと伸びる美脚はどんな場所でも注目を浴びるだろう。


「キミ、もしかして……カナメくんの言ってた協力者? なら、あのぶよぶよを倒すの手伝ってよ!」


「えっはい、どうも! 蓮理っていいます! 協力っていっても金鬼さんだけで十分なのでは!?」


 金鬼と呼ばれた大男は上の両腕で怪物を抑え込み、下の両腕で槍をふるっている。素人目には彼の方が圧倒的に有利なように見えた。しかし、それを聞いた彼女は大口を開けて笑い出す。


「プッ……ククク……。金鬼さんだって! ああ~可笑しい!」


 ひとしきり笑ったあと、涙を拭きながら彼女は答える。


「あれは私の使役してる式神なの。だから、私の体力が尽きたらあの子も消えちゃう。時間にして……あと一分くらい?」


 あっけらかんと告げられる短すぎるタイムリミットに、心臓がにわかに騒ぎ出す。


「ほとんど時間ないじゃないですか!」


「そーそ。だから貴方がとどめを刺すの。大丈夫、カナメくんが戦力になるって考えたんだから切り札の一つや二つ持ってるでしょ!」


『好都合じゃない。魔力光の使い方、今のうちに覚えちゃいなさいよ』


 要さんの知り合いらしき人物の乱入に対して、欠片も動揺を感じない落ち着いた声でニュートは助言してくる。それにしても、こういう場面で一般人的な感性を思い知らされるとは。さすがにニュートは王族というだけあって肝が据わっている。


「……やってみます!」


 腕を前に構え、全身に巡る力を一点に集める。残り時間はあと四十秒ほど。この前は、ものの数秒で地形をえぐれるほどのビームを撃てたんだ。どれだけ相手が大きかろうと倒すだけの力は手に入るはずだ。


 力がうねる。ニュートたちが魔力と呼ぶそれは、その大きさに比例して制御が難しくなる。熱を加えてかさが増え続けるポップコーンを、鍋蓋で無理やり押さえつけるような感覚だ。


「想像以上にすごい力ね……。そうそう、金鬼ごとやっちゃっても大丈夫だから!」


 彼女の言葉に返事をする余裕はなかった。金鬼の腕が左右で一本ずつ落ちた。攻撃を受けた様子はなかったのを見るに、限界から自壊し始めているようだ。


(早めに決めなさい!)


 いや、まだだ! 金鬼にえぐられたわき腹を怪物はすでに再生していた。生半可な攻撃では突破できない可能性もある。要さんはダウン中、金鬼は半壊、謎の女性は金鬼と同様に戦闘続行は難しいだろう。


 だからこそ魔力の渦を限界まで集め、束ねて最大威力をぶつけてやる。


 怪物は金鬼の拘束を振りほどき、こちらに向かって来ようとしていた。あと少しで最大まで魔力が溜まりそうだというのに!


 焦りとともにチャージが中途半端になってしまった力を撃ちだそうとしたその時、こちらに駆け寄ってくる怪物が突然よろめいた。四つ腕の無くなった金鬼が、自壊しながらも渾身のドロップキックを怪物にお見舞いしたのだ。


 このわずかな隙で魔力のチャージが完了した。怪物の頭をぶち抜く勢いで、両腕から魔力を放出する!


「こ……こだぁ! 竜の咆哮ドラゴンロア!!」


 銀の光があたりを昼間のように染め上げる。収束させてなお、極太のビームは怪物の巨躯すらも一瞬で飲み込んだ。この光は1キロほど距離の離れた大型量販店の屋上をえぐって、結界にぶち当たる。目標を失った俺たちの必殺技は、やがて星空へほどけて消えていった。


「いやー快勝、快勝!」


 金鬼を使役していた女性にバンバンと肩を叩かれた。


「結構ギリギリだったんで、快勝なんて思えないんですけど……」


「五体満足で全員生きてる! これを快勝と呼ばないでなんて呼ぶのって話よ。カナメ君は伸びちゃってるけどね」


 そういわれてみると誰も大きな怪我をしていないのは上々の結果だと思えてくる。


「そういえば、せっかく助けてもらったのに貴女のお名前を聞けていませんでした」


 パンクファッションの女性はそういえばそうだったとケラケラと笑う。よく笑う女性だというのが彼女への第一印象だった。


「そういえばそうだったわね! 私の名前は安生晴香あんじょうはるか。かの有名な陰陽師安倍晴明の子孫だよ!」


 驚きで声を出せないなんてことが本当にあるとは。安倍晴明といえば俺でも知っている偉人だ。そんな特別な生まれなら金鬼のような式神を扱えるのも納得だ。


「騙されるなよ、蓮理。それはこいつが勝手に言っているだけだからな」


 声をかけてきたのはようやく起き上がった要さんだった。


「うちの親類みんな言ってるもん。というかカナメ君おでこおでこ! おでこから血が出てる!」


 晴香の言う通り、彼の額からはかなりの量の血が流れていた。ぶつかったときにできた傷らしい。


「見た目ほど痛みはないから心配ない……というかあまりベタベタと触るな晴香!」


 彼の傷が心配なのか、晴香さんはわしゃわしゃと頭を撫でまわしている。どこからか取り出した応急処置用の包帯で要さんをミイラにする勢いだ。


「んもぉ~お姉ちゃんって呼んでっていつも言ってるでしょ。姉貴とかでも特別に許すけど」


「ご姉弟なんですか?」


 ようやく彼女を引き離した要さんがこの質問に不機嫌そうにしながら答える。


「断じて違う。たまたま出身の近かった腐れ縁っていうだけだ」


 敵がいないのを確認できたのか、ニュートが変身を解く。彼女はふふんと笑って要さんの周りを飛んでいる。


「いいじゃない、減るもんじゃないんだし呼んであげれば?」


 ここにきて要さんの弱点を見ることができて御満悦らしい。そんなニュートを見て、晴香さんは目を輝かせながら歓声をあげていた。


「この子が報告にあった亡命者ね! 鱗がつやつやしてて綺麗~」


「あら、あなたは見る目があるようね。私はニュートよ。知っているかもしれないけど、名乗らないのは失礼よね」


 晴香さんとニュートが互いに頭を下げ合う。人と竜の交流は、はた目から見るとなんだかちぐはぐで可笑しかった。


「晴香、戦闘前に一般人を避難させていたんだが見ていないか?」


 そうだった。怪物と戦っていて助けには行けなかったが、彼らは今無事だろうか。要さんの呼びかけを聞いて晴香さんは両こめかみに指をあててうんうんとうなっている。


「私のイヌの索敵には引っかかっていないわね……ん? 北側百メートル先の曲がり角、見てきてもらえる?」


「分かった」「分かりました」


 言われるがまま俺たちはその地点へ行くことにした。近づくにつれて、嗅いだことのない悪臭が鼻を衝いて顔をしかめさせる。しかし、要さんの方を見るとその臭いに気づいていないようだ。


「要さ……」


「止まれ」


 悪臭について質問しようとしたところ、彼の鋭い制止に言葉を寸断されてしまう。何があったのだろうと肩越しに覗き込んだ先には、奇妙な……奇妙としか言いようのない何かが残されていた。


 覗き込んだ先にあったのは人の形をしたいくつかのだった。そのどれもが這いつくばって手を伸ばすような姿勢だったことが、そのくっきりとした形からうかがえた。


「こ、これは……」


「禁術よ」


 俺たちの疑問に答えるように遅れてやってきたニュートが忌々しそうに吐き捨てる。


「奴らの使う禁術は、人の力をそっくりそのまま吸収する。吸収された人はこういうシミを残して跡形もなく消えるわ。戦士ではない普通の人を取り込んだって何の足しにもならないでしょうに……」


 彼女の世界でなぜその力が禁術と呼ばれていたか、この惨状を見てようやく俺は理解した。力を手に入れるためだけにこんな犠牲者を生み出し続けてきたのだ。


「これは恐らく、俺たちへの挑発だ」


 誰もが絶句する中、要さんが口を開いた。


「俺たちが逃がした人を、わざわざする必要のない禁術とやらを使用して消したんだ。あくまで俺たちと事を荒立てるつもりらしい」


 要さんは握り締めた拳を怒りのまま電柱に叩きつける。気が付けば結界の崩壊も始まっており、ひとまずは場所を移すことにした。





「ンフ……。この世界の奴らは大したことないようですねェ」


 山羊のように曲がった角をたたえた怪人が、遠く離れた高台から蓮理たちを観察しながら嗤っていた。


「これならドヴォルグ様が出ずともワタクシ、マルトースだけで事足りるんじゃないですかァ?」


 マルトースは、地球侵攻に向けて秘密裏に偵察に来ていたグラーダの幹部の一人だ。彼は禁術による能力の向上だけでなく、元来扱えた強化魔術の恩恵を受けてこの地位まで上り詰めた。


 彼が扱う魔術は本来であれば自身の筋力や速度の上昇などシンプルなものだったのだが、禁術による強化によって死体を活性化させて、│動くリビングデッドとして暴れさせるという離れ業まで可能となった。


 グラーダの先遣隊の生き残りを怪物に変えたのもこの術だった。


「にしてもこの世界の人間は大したうまみもありませんねェ……。これなら同族を狩っていた方がいくらかマシというものでしょう」


 挑発のためにこの世界の住人の命を奪ったが、もう食べることもないだろうとマルトースはつまらなそうにため息をつく。


 マルトースが吸収したドラグニカ人は八十三人。その数は一般的なグラーダの約二十倍の人数。そして、その中には同じ禁術使いのグラーダも含まれていた。誰よりも魔力を吸収してきた自称グルメな彼にとっては、人間は味付けのされていない雑草のようなものだった。


「ん? あれは……」


 これはよいものを見つけたとマルトースは喜色に顔をゆがめる。


「逃げ出した姫様じゃないですかァ~! ドヴォルグ様に報告したらきっとお喜びになるゥ!」


 昇進のチャンスに小躍りしていたら、通信用の魔術道具に連絡が入った。喜びの表情は引っ込んで、元の渋面に戻る。


「仕事はもう済んだはずだ。帰ってこい『悪食』」


 落ち着いた低めの女性の声。それはマルトースのよく知っている相手だった。


「貴女に言われずとも今から帰るところですよォ。そんなことのために連絡をよこしたんですか、『暴虐』」


 『暴虐』と呼ばれた相手は憤るでもなく淡々と帰るためのゲートの場所を伝えてくる。そんなつかみどころのない態度がマルトースが彼女を嫌っている理由だった。


「まあいいでしょう。帰ったらドヴォルグ様に嬉しい報告をしに行くから邪魔しないでくださいネ」


 マルトースは結界を解いて、暗くなりかけた夜の闇に跳躍する。ほどなくしてその姿は暗闇に紛れて見えなくなった。

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