第24話 残されて
連続して耳をつんざく銃声に街は包まれ、エグズバウトは戦場と化していた。銃を撃ち氷の牙を繰り出す魔法使いの群れは、さながら巨大な脅威に立ち向かう騎兵隊のようだった。
これだけフリーレンを喰らわせても、モヤは拡大を続けた。凍らせた隙間から滲み出て、しかも触手まで伸ばしてくるから、滑らかだった半球は今や神話に登場する異形の怪物さながらとなっていた。
「おいっ、もうここも飲み込まれちまうぞ。退避するんだ」
銃声に負けないくらいの大声でゼントンは叫んだ。
「あいつら、いったいなにをやってるんだ? 中でなにが起きてる?」
アジョップはゼントンの声を聞いても、あっさり退く気にはなれなかった。
初めから無茶な計画だった。それでも縋ったのは他に手段がなかったのと、キーラの訴えかけるような目のせいだ。
黒い瞳の中に輝く小さな光。あの微かな光が、どうしょうもない期待を抱かせる。奴ならやってくれるのではないかと、気づいた時には思っている。
「おいっ! 聞いてるのかっ。アジョップ!」
たっぷりの焦燥を含んだゼントンの声が、アジョップの期待を消しに掛かる。奇跡が起こるのを待つ子供のような幼い熱さが、抗えない現実に侵食されていく。
「……ここまでか」
アジョップが構えを解いて銃を下に向けたその時。
歪になったモヤの頂上部がいきなり爆発したように弾け、光の槍が天を貫いた。巨大な槍に突かれ、上空にわずかに浮いていた雲が弾き飛ばされ輪を作る。
「なんだぁっ⁉」
突然の出来事にどよめきが起こった。絶え間なく続いた銃声がピタリと止んだ。その光景はあまりにも神々しいと同時に現実離れしており、皆が皆、あの現象が吉兆なのか凶兆なのか判断がつかずに、ただ見入ってしまった。
あちこちから思い思いの声が漏れ聞こえた。
「まさか、この世の終わりか?」
「これ以上、なにが起こるってんだ」
「いやだっ! これ以上は対抗できないぞっ」
街を守るために残ってくれた強者たちも、理性のタガが外れる一歩手前だ。
アジョップにしても、現実逃避の戯言を口にするしかなかった。
「おいおい……。神様が哀れな俺たちを見かねて助けに来てくれるってのか?」
ゼントンは投げやりに吐き捨てた。
「そりゃ、神が人間に代わって地上を支配するってことだ」
だが、数秒の間を空けて起きた変化は、人々を脅かすものではなかった。
胃を縮ませ続けた地鳴りが止み、もう目の前まで迫っていたモヤも進撃を止めた。そして、水泡が弾けるように、一瞬でモヤが四散した。あまりにも巨大なオブジェクトの崩壊は、爆発が起こったと思わせるほどの迫力だった。
砕け散った凍ったモヤは、雪と化してエグズバウトに降り注いだ。
花びらのように、紙吹雪のように、ひらひらと舞い落ち、地面にたどり着く前に淡く溶けてしまう。
幻想的な光景は、人々の恐怖や緊張をも溶かした。
「なにがどうなってる?」
アジョップは、徐々に細くなっていく光の柱の根本に動くものを見つけた。
距離があるのと、舞い散る氷の結晶に邪魔されて見えにくいが、あれは確かに人だった。
モヤが消え、地震も治まり、突入した連中が無事。これが意味するところは一つしかない。アジョップの鼓動が一気に高まり、興奮で喉が焼け付くほどの大声が飛び出した。
「やったっ! あいつら、やりやがったっ!」
「見ろよっ。あいつら無事だぞっ」
アジョップとゼントンの歓声を皮切りに、人々に歓喜の波が拡がった。
「助かったっ。助かったんだ俺たちっ」
「夢じゃないよなっ? 誰でもいいっ。夢じゃないって言ってくれっ」
「くっそーっ! そこら辺に酒樽転がってねえかっ。祝杯あげなきゃ治まんねえっ!」
狂喜乱舞。抱き合う者。泣き出す者。大声を張り上げる者。さながらカーニバルを彷彿とさせる喜びの爆発が沸き起こり、壊滅の危機にあったエグズバウトは一転して祝福の舞台となった。
しかし、人々は嬉しさに目が眩み見逃していた。魔法の中心だった場所に立っている人数が二人になっていることを……。
リムとシオン、それにエグズバウトの人々が凍らせた白い瘴気は、風花となり街に降り注いだ。その光景は信じられないほど美しかったが、二人は感嘆の声を上げるでもなく、ただ眺めているだけだった。
リムはなにかが舞い落ちるのを眺めるのが好きだった。それは切なさの中にも望みや美しさを見いだせるからだ。しかし、この光景は見ていてつらかった。切なさがあまりにも深くて胸が張り裂けそうになる。
「終わったわね……」
「…………」
「これであなたの旅も決着したけど……これからどうするの?」
「分からない。……シオンは?」
「お祖父ちゃんの跡を継いでガンスミスになるわ。しばらくは修行の日々ね」
「いいわね。しっかりした目標があって。目的地がある人はそこに向って歩いて行ける」
「あなたも、新しい目標をみつけなさい。今度はもっと希望のある目標を」
「……そうね」
しばしの間が開いた後、シオンは再び口を開いた。
「リムさえよければ、うちに来て仕事を手伝ってくれない?」
「シオンの?」
「お祖父ちゃんはもう静かに暮らしたいみたいだけど、ワタシはもっと工房を大きくしたいの。あなたが手伝ってくれれば心強い」
「そうね……考えとく」
軋む音を立てながら、巨大で白い残骸が崩壊していく。モヤの中心にいる二人の頭上も例外ではなかったが、ドーム状に厚く張られた氷は完全には砕けず、大きな塊まで落ちてきた。
「っ!」
リムは素早く弾丸をリロードして、落ちてくる氷塊を狙い撃った。
鈍色が輝き、まばゆいシルバーの魔法陣が形成される。破壊の魔法ツェアシュテールングだ。
氷塊は細かく分断されて散ったが、同時にビシッと乾いた音がしてデュシスの銃身にもひびが入った。
リムの目が見開かれる。
砕け散る銃身を眺めながら、光来がデュシスでトートゥを撃ったことを思い出した。ラウルを仕留めた時だ。
我慢していた涙が、今頃になって頬を伝った。火傷するほどの熱い涙。止めようもない感情の迸りだ。
「……また壊れちゃったじゃない。バカ……」
「リム。キーラは自分の世界に帰るためじゃなく、ワタシたちを守るために行ったのよ」
「分かってる……。分かってるよ」
二人はいつまでも舞い散る風花を見上げていた。
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