第13話 再燃

 リムにしても、なにが起きているのか分からなかった。見覚えがある漆黒の魔法陣。キーラが撃ち込まれたのは間違いなくトートゥだ。にも関わらず、彼は一度ならず二度も立ち上がった。


「立ち上がってるんじゃないっ! この死に損ないがっ!」


 恐怖から発せられた叫びと共に、ラウルは三度目のトートゥを光来に見舞った。


「っ!」


 今度は倒れもしなかった。腕を支え棒代わりにして、踏ん張っている。衝撃を吸収しきれなくて、あごが少し上を向いただけだった。


「こいつ……、まさか」


 ラウルの脳裏に、恐ろしい推測が展開された。

 そういえば、さっきファングで動きを止めようとした時にも、同じようなことが起こった。あれはギリギリで外したと思っていたが、そうではないのか? しっかりと命中していたのに、魔法が発動しなかったのか?

 まさか、まさか……。


「こいつ、着弾と同時に魔法を書き換えているのか? まさか…、そんなことが」


 あるはずないとは続けられなかった。これまでに、キーラの桁外れの魔力は何度も見てきた。その経験があればこそ、目の前の光景が夢でも幻でもないことを認めるざるを得なかった。

 とうとう、光来が立ち上がった。


「うおおっ」


 こめかみが痺れて汗が伝うのが分かる。冷や汗というにはあまりにも熱い滴りだった。

 ラウルは素早くリロードして、やじろべえのように揺らいで立っている光来に撃ち込んだ。三発撃ったが、銃声は一発分しか聞こえないほど、素早い連射だった。

 使った魔法は、ブレンネン、ブリッツ、フリーレンの三通りだった。様々な色と模様の魔法陣が展開され、見ようによっては美しいと言えなくもない。

 魔法陣を構成する光を伴う色彩は、いずれも魔法陣が砕け散る瞬間には、白い輝きとなって四散した。


「くっ、これならどうだっ⁉」


 ラウルは新たに弾丸を込めて引鉄を引いた。銃口から発生したのはオレンジレッドの魔法陣だった。


「エクスプロジィオーン? キーラ、よけてっ」


 リムは叫んだが遅かった。あらゆるものを粉砕する強力な爆発魔法が放たれた。


「キーラッ」


 しかし、結果は同じだった。光来の身体からオレンジレッドの魔法陣が発生したものの、魔法が発動する前に白く塗り替えられ、そのまま砕け散り宙に消えた。


「…やはりそうだ。トートゥが効かないのではない。一瞬で魔法を書き換えているんだ。こいつはもう魔法では殺せない。いったい、どれだけの魔力を持っていればこんなことができるんだ?」


 予想を遥かに離れた展開に、ラウルはパニックに陥りかけた。なんの心構えもないのに、いきなり冬の海に突き落とされた感じで、とっさの対処法が思い浮かばなかった。


「こんなっ」


 ラウルはもつれそうになる脚でリムに駆け寄った。


「寄るなっ! こいつにトートゥを撃ち込むぞっ!」


 ラウルはリムのこめかみに銃口を向けた。計算とか目的はすでになかった。生き延びるという生存本能が取らせた行動だった。


「リムッ」

「キーラッ」

「動くなと言っているだろうっ」


 光来の動きがピタリと止まった。駆け寄ろうと前屈みになった姿勢のまま、ラウルの叫びに動きを封じられた。

 三つの頂点を結んだ紐が、ピンと張られた。

 動くなと言ったラウル自身、迂闊に動ける状況ではなかった。


「……なんて奴だ。どうすればおまえを殺せるのだ?」


 互いに睨み合い、拮抗状態になった。

 ラウルは頭をフル回転させて、張り詰めた糸を断ち切る手段を模索した。

 今は二人とも銃を手放している。そこが勝負の分かれ目だ。リムを殺したら、キーラは迷うことなく銃を拾って攻撃してくるだろう。反撃しようにも魔法が効かない。


「しかしっ!」


 逃げるという選択肢はなかった。ここまでの状況を作るまで、いったい何年掛かった? この場を切り抜けたとしても、こんなチャンスは二度と訪れない。

 

「どうしてもっ! なにがなんでもここで決着をつけるっ!」

「やめろ……」


 ゆっくりと食い込む楔の声だった。動けず睨みあっていた三人が声の主に反応した。

 いつの間に近づいたのか、グニーエが立っていた。ヴィントでなぎ倒されたせいで、頭を切って流血している。


「もうやめるんだ。タバサ」


 ラウルは、驚きと皮肉と怯えが入り混じった笑みを浮かべた。


「どっちのタバサに言ってるんだ?」


 気を失っていてラウルの話を聞いていなかった光来は、怪訝な顔をした。そしてグニーエは、辛そうに眉間に皺が寄るほどきつく目を閉じた。


「……そうだな。すまなかった。ラウル。おまえはラウル・クロセイドだ」

「なにを今さらぁっ!」


 ラウルの絶叫が噴き出した。光来やリムに対するよりも憎悪が濃い声色だった。


「ラウル。このままでは魔法が暴走する。『黄昏に沈んだ街』の再来となってしまう。それだけは防がなくてはならん」

「なにを親目線で説教している? おまえにそんな資格などない。なにもかも消滅するというのなら、それも一興だ。いや、それこそが我々の因縁にふさわしい決着かも知れん」

「違うのだラウル。消滅なんて生易しいものではないのだ。事態が収拾した後なら、どんな罰でも受けよう。おまえの気が済むようにするがいい。しかし、魔法の暴走だけは因縁や怨嗟など関係なく阻止しなければならんのだ」


 グニーエは震えたままの手を伸ばした。焦点が定まらず、ラウルの銃を掴もうとしているのか、ラウルに触れようとしているのか分からなかった。


「ラウル……」

「黙れぇぇっ!」


 ラウルは怒鳴った。その様はこれまでと違う色を纏っており、親に叱られて癇癪を起こした子供を思わせた。

 ロープに縛られ、引っ張られていた力に耐えきれなくなったかのように、ラウルはリムに突きつけていた銃をグニーエに向けた。

 銃口からスカイブルーの魔法陣が発生した。光来もリムも目を見張ったが、止めに入る隙などなかった。

 銃声と共にグニーエの身体が弾かれた。


「ぐわっ!」


 腕が切り裂かれ、血が噴き出した。ジャケットが血を吸い、見る見る朱に染まっていった。

 ラウルの呼吸が異常なほど荒く、肩を上下させている。


「ラウル……」


 掌で傷口を押さえながらも、グニーエはラウルの名を口にした。

 痛みよりも悲しみを湛えた目でグニーエに直視され、ラウルはますます気持ちを荒ぶらせた。光来たちに対する冷静さは影を潜め、感情を剥き出しにした。


「そんな目で見るなっ! おまえにはワタシを憐れむ資格すらないっ! 今っ! 復讐を遂げてやるっ!」


 ラウルは弾倉に入っている弾丸をすべて落として、ベルトから一発の弾丸を取り出した。

 漆黒の魔法陣で形成されたトートゥの弾丸だ。


「おまえを殺すには、この死の魔法こそがふさわしいっ!」

「リムッ!」


 光来は足元に転がっていたルシフェルを蹴った。同時にリムは蹴り飛ばされたルシフェルに飛びついた。

 光来からなにかのサインを送られていたわけではない。しかし、リムにはこのタイミングで光来が行動を起こすことが分かっていた。一緒に旅を続けてきた二人だからこそ可能にした以心伝心だ。

 まるで吸い込まれるようにルシフェルがリムの手に収まった。ズシリとした重量がやけに心強い。普通、使い慣れない銃には違和感を覚えるものだが、リムにはルシフェルのグリップが不思議なくらい手に馴染んだ。

 そのまま態勢も整えない状態で、宙で狙いを定めた。


「うっ、うおあっ!」


 突然の光来の行動に、ラウルの判断が浮いた。先に動いたのは光来の方だが、銃を手にしたのはリムだ。

 その一瞬の迷いが、致命的となった。ルシフェルに込められている弾丸は、すべてトートゥに書き換わっている。刹那の出来事だったがラウルは自らの敗北を直感し、取り込まれまいと拒絶した。


「きさまなんかにぃっ‼」

「しゅあっ!」


 リムはラウルの心臓を狙って撃った。ラウルの怒号を跳ね返す渾身の一撃だった。

 だが、リムが引鉄を引ききった瞬間、視野いっぱいに壁が立ち塞がった。


「がっ!」


 痩せ細ったみすぼらしい身体のどこにそんな力が残っていたのか。

 グニーエがリムとラウルの間を塞ぐ壁となって弾丸を受けた。

 リムは驚愕でグニーエを凝視した。赤く染まった腕が、妙に目に焼き付いた。

 驚きで動きが止まったのはラウルも同様で、倒れゆくグニーエをただ見ているしかできなかった。


「と、父さ……」


 グニーエの胸からドス黒い魔法陣が発生した。

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