第3話 対決
幼い頃の記憶?
それは、手のひらに舞い降りた粉雪のように儚いものだった。確かに存在したはずなのに、少し力を加えて握ってしまえば、跡形もなくなくなってしまうほど頼りない曖昧な過去……。
最初の記憶?
一番最初に思い出すのは、両親のことだ。自分を保護し引き取って育ててくれた。ほんのちょっぴりだけ触れるのが躊躇われる部分があるのは事実だが、実の親子のように遠慮のない関係だと思っている。
どこまで遡れる?
両親に、両親と呼んでいるあの二人に保護された時までだ。公園の中にある森の中で、一人で泣いていた。しかし、自分がどこから来たのか。なぜ、そんな場所で一人でいたのか。それ以前はどこに住んでいて、どんな生活を送っていたのかは、まるで覚えていない。
奇妙な感覚?
ディビドの遺跡内を迷わず進めた。エグズバウトまでの道のりも、まっすぐ進むことができた。いずれも、一度も行ったことがあるはずもないのにだ。それに、先ほどから感じている、グニーエに対する既視感。どうしても、会ったことがあるような気がしてならない。
「おまえは異世界の住人だった。しかし、ある日突然この世界にやってきた。なぜだ? その答えをみつけたのか? 神の意思に導かれたとでも思っているのか?」
タバサは、なおも追及してきた。光来に問い続けるその表情は、徐々に醜く捻じれていく。絶対に答えられないのを知っていて、初心者に質問をぶつけてくる老練者のような陰湿さを孕んでいた。
やはり、この男はなにかを知っている。一連の出来事の根幹に関わる秘密を知っているのだ。タバサだけがその秘密を知っているから、事件の輪郭が朧気になり、認識を歪ませている。
「頭ではなにひとつ分かっていなくとも、なにか感じるところがあるのではないか? もしかして、ひょっとしたらと思っているのではないのか?」
「黙れっ!」
光来は吠えた。タバサに手の上で転がされているような不快感を吹き飛ばすためであり、突き立てられ食い込んでくる不安をごまかす怒りでもあった。
「質問しているのは俺の方だっ! おまえの目的を言えっ! 人を騙し、利用し、危険な魔法にまで縋って成し遂げようとする真の狙いはなんだっ!」
「聞きたいか?」
「さっきから訊いてるだろうがっ!」
「ならば教えてやる。ワタシの目的はな、グニーエ・ハルトに復讐することだよ」
「な、に?」
まったく予想外の答えに、光来は聞き間違えたのかと思った。
「詳しく話してやろう。こいつの意識は『黄昏に沈んだ街』の影響をもろに受けて、徐々に薄れていった。今では自分が誰なのかも分からないくらい朦朧とした状態だ」
少し間をおいて、タバサは続けた。
「リム・フォスターは復讐するためにこいつを探し続けたようだが、こんな搾りカスになった男に復讐しても意味なんかないんじゃないのか?」
「…………」
「それはワタシとて同じことよ。こいつに自分の罪深さを思い知らせないことには、ワタシの復讐は完遂しない。これまで何度も実験をして分かった。『黄昏に沈んだ街』を発動させた時、こいつの意識はほんの少しだが回復する。異世界への扉が開かれた時だけ、持っていかれた意識が戻ってくるのだ。だから、魔法を完成させ、こいつの意識を完全に甦らせる」
「……おまえはなにを言っているんだ? 復讐するとはなんのことだ? グニーエはおまえの父親ではないのか?」
「だからおまえは、なに一つ分かっていないというのだ。こいつが意識を取り戻し次第、唯一の肉親を目の前で殺す。充分苦しみ抜いたのを見届けてから、こいつも殺す。それでワタシの復讐は達成できる」
まただ。また矛盾が生じている。
グニーエの一人息子であるはずのタバサが、グニーエの唯一の肉親を殺すというのはどういうことだ? まったく意味が理解できない。タバサはすでに正気をなくしているのか? 正気であるならば、こいつはいったい何者なんだ?
疑問に思いながらも、光来の中では絡まった糸を断ち切る答えが形成されかけていた。もう少しでパズルの最後のピースが完成されそうだった。ただ、集中して答えにたどり着けるほど、冷静さを保っていられなかった。黒い炎が光来の中でメラッと燃え上がった。
「復讐……。そんなことのために……」
ズィービッシュは死んだのかと続けるつもりだったが、光来の言葉はタバサに遮られた。
「そんなこと? そんなことだと? 今、そんなことと言ったのか? ならば、おまえが行動を共にしてきたリムはどうだ? グニーエに復讐するために、何年も探し彷徨っていたのではないか? おまえはあの女の行為も、そんなことだと言うのか?」
光来は、タバサの目に異常な光を見出した気がした。激しい憎しみを宿した狂気の眼光だ。だからこそ、なにも言い返さず、リムに対するタバサの発言を認めるわけにはいかなかった。
「おまえとリムを一緒にするなっ。リムはグニーエただ一人を追っていた。おまえのように人を騙したり利用したりしないし、ましてや無関係の人を死なせたりなんかしないっ」
「それはどうかな? おまえはあの女と出会って日が浅いのだろう。情報を集める傍ら、バウンティハンターとして路銀を稼いできたんだ。人に言えないようなことだってしているのではないのか? 一人や二人は殺しているかもなぁ」
「ふざけたことを言うなっ! おまえなんかにリムのなにが分かるっ」
「同じ言葉を返させてもらう。おまえにワタシのなにが分かる?」
「もう一度言うぞ。おまえに協力なんかしない。してたまるか」
「もう遅いっ。『彼の者』はおまえを源に選んだ。魔法の顕現には魔力とイメージな必要だ。『黄昏に沈んだ街』ほどの魔法を発動できるのは、高い魔力と発現した時の映像を想像できる者でなくてはならない。おまえは『彼の者』の依り代となったのだ。おまえの意思には関係なく、『黄昏に沈んだ街』はおまえのイメージと繋がりつつあるぞっ」
光来の目つきがキツくつり上がった。ガンホルダーに収まっているルシフェルから、またもや黒いモヤが立ち昇り始めた。
「くるか? だが、もう『黄昏に沈んだ街』は止まらない。今のおまえの不安定な精神状態では、再び暴走してすべてを飲み込むかもなぁ」
「…………」
「決着をつける時だ」
「…………」
光来とタバサが銃を抜いた。ほぼ同じタイミングだった。
交差する弾丸が、互いの頭部をかすめて壁を穿った。
光来の弾丸は、黒い魔法陣が発生しただけで、効果は発揮しなかった。対して、タバサが放った弾丸からは、オレンジレッドの魔法陣が拡がり砕け、一面の壁が吹き飛ぶほどの爆発が生じた。
館が崩れ落ちるのではないかと思うほどの凄まじい爆発。それに伴う爆風に、光来の身体は飛ばされた。
「ぐおっ!」
光来は自分と同じ速さで引き鉄を引ける者がいたことに驚愕した。しかし、精神を揺さぶられる余裕を持つことすら適わなかった。転がる身体を立て直した時には、タバサはすでに銃口の先に光来を捉えていた。
「一番後ろで守られているだけの、弱っちょろい奴だと思っていたか?」
「うおおっ!」
光来は弾かれたようにその身を躍らせ、ルシフェルをほとばしらせた。タバサも素早く応酬した。互いに信じがたいほどの速さで、銃を撃ち合い弾丸を避けて走った。
それは激しい銃撃戦の始まりだった。
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