4月2日 寂しさに耐える③
部室中央のテーブルを挟んで向かい合う形で二脚ずつ、俺たちは椅子を並べて腰かける。チョコレートの入った袋や、ケースにしまわれたナイフ、縄がテーブルの上に置かれているも、誰一人として目もくれない。
「スモモちゃんにして李ちゃんに在らず……ねぇ」
一同の視線が、スモモに集まっていたからだ。彼女の横に座った茉莉が、肘を曲げて手を挙げる。
「つまりこの子は、李そっくりの別人ってこと?」
「平たく言うとそうですね」
スモモは姿勢も表情も崩すことなく部員を見回している。
「それで、これからどうしようか」
集真がホワイトボードの前に立った。黒いマーカーで、『ワンダリング同好会緊急会議』と記していく。
「何か手がかりがあるんじゃないかしら? 皆で探せば見つかるはずよ!」
茉莉が挑むように言う。
「じゃあ、街中駆け回ろっか。茉莉と優ペア、鳥居とスモモちゃんペア、それから僕。見つけたら連絡して」
見つかるのだろうか。
不安が、太陽を覆い隠す雲のように脳内に埋まっていく。でも、何もしないよりはずっとマシだ。
皆が部室を出る。俺も続こうとするが、唐突に後ろ髪を引かれる思いに駆られた。
——兜様。
俺を呼ぶ声が、聞こえた気がしたのだ。
「どうしたんですか」
振り向いたスモモが、不思議そうに俺を見る。
「……いや、なんでもない」
気の所為……だろうか。
なんの変哲のない小さな小屋。なのにどうして、胸騒ぎがするのだろう。少なくとも4月が来るまでは、こんなことなかったのに。
日は高く昇っている。俺たちの練り歩く通りは、左右をコンクリート塀が挟んでいる。スモモに影が無いのは、彼女が4月の化身だからだろうか。
「そう言えばなんですが」
黙って俺の後ろについていたスモモが、話しかける。
「貴方の権限、無くなってますね」
「権限?」
「“世界の中心”……その権限です」
ああ、言ってたな。そんなの。
「無くなってたらどうなるんだ?」
「下手をすれば、死んでしまうということです」
ああ、もう無茶はできないってことか。
「
「死んだらそれまでです……少なくとも、李には会えないでしょうね」
スモモも俺も、それっきり黙り込む。俺の足音だけが、コンクリート塀に反響した。
一度家に戻ったが、やはり李の形跡はなかった。道行く人にも聞いて回ったが、大正メイドの存在を知る者はいない。
待ち合わせの時間に部室に戻ると、すでに鍵が開いていた。
「おかえりぃ……」
集真と茉莉と優が、帰ってきた俺たちに視線を向ける。
集真たちも、何も見つけられなかったらしい。疲れ切った表情がそれを物語っている。
「今日はここで泊まろうか」
集真曰く、もう帰る気力も起こらないとのこと。
「布団はあるのか?」
「寝袋なら。インスタントも買ってきたしぃ」
ドサッとインスタント食の入ったレジ袋を置く集真。異議も無かったので、そのまま流れるように案は可決された。
外はすっかり暗くなってしまった。部屋の電気を消し、俺たちは寝袋にくるまる。
「李に……もう会えないのかな」
優がぼそりと呟いた。
「そんなわけないでしょ! 絶対会える、会えるんだから……」
意気込む茉莉だったが、強がりの皮はすぐに剥がれていく。
皆が李を思い出して一安心したものの、そこから一歩も動けずにいる。八方ふさがりとはまさにこのことだ。
「そもそも生きているのやら……」
集真の一言に、一同が黙り込む。
李のことだ、自分の命を引き換えに世界を作り変えてもおかしくはない。俺のために3月を続けたんだ。やりかねない。
俺は眠れなかった。それは皆同じみたいだ。ごそごそと寝袋のこすれる音が部室に響く。あと数分で日を跨ぐが、目は冴えるばかり。目も暗さに慣れてしまった。それに喉が渇いてくる。
「お茶……」
眼鏡を掛け、寝袋から這い出る。
暗がりの中茶を注ごうとテーブルに手を着くと、何かの角に当たった。
「チョコ……?」
チョコレートの子袋だ。ちなみに、甘めのやつ。パックを縛っていた輪ゴムは取れ、小袋が散らばっていたのだ。
誰か食べたのか? そう思ったが、その予想は俺の中ですぐに霧散した。
気づいたからだ。甘い味の分だけが残っていることに。言い換えれば、苦いのだけが消えていた、ということ。
頭を鬱蒼と覆っていた靄が晴れていく。
「分かったよ……李がどこにいるか」
俺たちは随分遠回りしてしまったようだ。
だけど、街を駆けまわる必要なんてなかった。
——だって李は、最初からここにいたんだから。
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