4月2日 寂しさに耐える②
俺がホームセンターから戻った頃には、招集したメンバーが揃っていた。
「おはよぉ、鳥居。部室の鍵開いてたんだけど、どういうこと?」
「貴方が鳥居兜?」
「なんで俺の携帯番号知って……」
いつも通り呑気な集真。それと対照的に、俺へと疑念の眼差しを向ける茉莉と優。集真を除く二人には、今だ黒ずみが残っている。それに、当然っちゃ当然だが茉莉はメイド服を着ていない。ちなみにベージュのワンピースだ。
集真に施錠の件を謝ったのち、茉莉と優を見回した。二人は随分と余所余所しい。
「二人は初めまして、なんだよな。改めて、鳥居兜だ」
一昨日まで同じ部員だったんだけどな。
「で、アタシに何の用?」
「まずは聞きたいことがあるんだ」
「何よ」
俺は深く息を吸い、言葉を放つ。
「花咲李を、覚えてないか?」
俺は三人を見まわし問いかける。
しかし誰一人として、肯定的な返答をする者はいない。
「知らないわね」
「誰だよ、そいつ」
集真も首を横に振っている。
「じゃあ、茉莉。お前の左目はどうして黒ずんでいるんだ?」
「それが分かんないのよ! 昨日の朝起きたら黒くなってて!!」
優も神妙な面持ちで俺に尋ねる。
「お前、知ってるのか。黒ずみの原因」
「ああ。それが花咲李を思い出す鍵で……」
俺は、手に提げていたレジ袋を漁る。
「ナイフ?」
取り出したのは、パックに入ったナイフだった。
俺はその包みを開け、ナイフを茉莉の黒ずんだ目に向けた。白銀の刃が、鈍く光を反射する。
「ちょ、何……?!」
刃先を向けられた茉莉は、固まったまま声を振り絞る。優も集真も、一歩たりとも動かない。それもそうだ。突然呼びだした相手が突然ナイフを向けたんだ。冷静になる方が、無理ってもんだ。
俺の手は震えている。李みたいに、毅然とした態度でナイフなんて持てない。手汗でナイフの柄が滑らないようにしっかりと握った。
足を踏み出し、茉莉に歩み寄る。
「やめっ……!」
一瞬だった。茉莉の左目……黒ずんだ箇所にナイフがスッと入る。眼球に突き刺しているはずなのに、まるでコンセントにプラグを挿しこんでいるかのようなしっくり感。
刺された茉莉は、気を失いその場に倒れ込んだ。
「うわあああああ!!」
それを見た優が悲鳴をあげ、扉に駆け出す。
「え?! なんで? なんで開かないんだよ?!」
パニックになり涙ながらにドアを押すも、肝心のドアは開かない。
それもそうだ。反対側からスモモが押さえているんだし。
「……っ!!」
首筋に切り込むと、力尽きたように優も倒れ伏す。
血が噴き出すことはない、ただ紙を切るように滑らかな心地が手に残る。
人でなしな行為に、心が追いついていなかった。汗が全身から噴き出て、呼吸が速くなっているのを自覚する。
集真は唖然と俺を見つめている。
「鳥居……?」
「お前は、憑かれてないんだよな」
俺はレジ袋から縄を取り出し、集真にじりじりと近づく。
尻餅をつき後ずさる集真の身体に縄を回して縛り上げ、天井に吊るした。
「う、この感覚……どこかで……」
逆さまになった集真が、眉間に皺を寄せる。
「僕が女体化して……李ちゃんが…………あぁ」
「思い出したのか?!」
嬉しさのあまり、音量の調節ができない。
俺の大声に、茉莉が目を覚ます。
「うーん……アタシ、どうして寝て……」
「茉莉! 李を覚えてるか!?」
「もちろんよ。アタシの永遠のライバルを忘れるはずが……あれ、李は?」
茉莉は部室を見回す。その果てに、答えを俺に求めている。
「いなくなったんだ」
俺には、こう答えることしかできない。
「そんな……大変よ優君! 李が! 李が!」
「んぁ……李がどうしたんだよ……?」
膝をつき、優を揺さぶって起こす茉莉。
「李がいないの! 探さなきゃ!!」
「なんだと? 李が?!」
優は一瞬で意識が冴えたようだ。
「どういうことだ?!」
「4月と引き換えに、李が消えた」
「はっ……?」
乾いた声を漏らした優だったが、すぐさま小さな手で俺の胸倉を掴んだ。
「なんで! お前がいながら!! なんで?!」
悔しさが滲む。俺は何もできなかったどころか、李を忘れてしまっていた。それが思い起こされ、唇を噛んだ。茉莉も優も、無力感に打ちひしがれている。
そんな重苦しい空気に涼やかな風を送り込んだのは、扉を開けたスモモだった。
「あの、もういいですか」
赤い無垢な瞳が俺を見つめる。
「「李?!」」
「あ、その子は李じゃなくて……」
スモモが二人にお辞儀をした。
「初めまして。李がいつもお世話になってます」
二人は、李そっくりの少女に困惑し、俺に問い詰めた。
「兜、どういうこと?! 李帰ってきたじゃない!」
「本当に李か……? 髪切ってたような気がするんだが」
「それよりもさぁ」
俺の頭上から、声が投げかけられる。
「先に下ろしてほしいなぁ」
……あ、ごめん。
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