4月1日 美しい輝き②

 入学式を終えた俺は、夕日を背にして帰路についていた。ショルダーバッグに付いている附子君ストラップが、歩くのに合わせて揺れる。右手には、レトルトカレーとカップ麺、あとはチョコレートのパックが入ったレジ袋。一人暮らしとなると生活が堕落するとはよく言ったものだ。俺は二週間で食生活が廃れた。レトルト便りなものだから、集真に軽く心配された。

 普通のご飯が、恋しくなる。


 茜色の斜陽が、俺の前方に影を作っていた。濃く深い一人分の影に、どことなく物足りなさを覚える。

 これがホームシックってやつかな。

 俺は影から視線を上げ、ゆっくりと足を進めた。


 家に着いた頃には、日が完全に暮れていた。

 部屋に入った俺は荷物をドサッと置き、ソファに横たわる。

 ……やばい、疲れた。

 入学式自体は二時間程度で終わったが、そこから全学部共通のオリエンテーション。説明を聞くだけっていうのもなかなか身体にくるものだ。


「夕飯……食べるか」


 暫くしてソファから起き上がった俺は、疲れの抜けきっていない足取りでキッチンへ向かった。レトルトカレーを温め、席に着く。


「いただきます」


 物足りないのは、これがレトルトでしかないからだろうか。


「そうだ」


 俺は椅子から立ち上がり、チョコレートのパックを袋から取り出した。もちろん苦みのあるやつだ。

 開けた子袋から顔を覗かせるチョコレート。少しは癒しになるかと思い、口に入れた。




 ——苦い。


 普段はそこまで苦みを感じないのに。


 ——苦い。


 涙が筋となり、頬を伝う。


 ——李。


 零れたのは、彼女の名前。


「そうだよ……李」


 声が掠れる。

 少女の――大正メイドの柔和な笑みが、脳裏に蘇る。

 どうして俺は、忘れていたのだろう。

 どうして俺は、何事もなかったかのように4月を迎えていたのだろう。

 3月の延長線。夢のような……しかし確かにそこにあった日々。李や同好会の皆との思い出が、次々と頭を駆け巡る。


「馬鹿だ……俺!」


 流れる涙は止まらない。膝をついて泣きじゃくる俺を、宥めてくれる人はいなかった。




 過呼吸気味な息を整え、俺はゆっくり立ち上がる。頬の涙は乾き始めていた。

 李を探さないと。でも、どうやって見つけ出せば良いんだ。


 頭を捻る中で、ある考えが浮かんだ。


 ……部室に行けば、何か分かるかもしれない。

 あの時だってそうだった。

 3月32日。そんな奇妙な日付を見た俺は動転したまま、部室に向かっていた。そこで“バグ”に殺されかけ、気が付けば部室にいた。そして、李がいた。


 すなわち、部室が鍵なのではないだろうか。俺がいつだって戻った場所……そこに何かヒントがあるのではないか。

 一縷の希望を胸に、俺はショルダーバッグを肩に掛けて、家を飛び出した。

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